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夏蟲

2時間ほどで勢いに任せて書いたものです。


最後まで読んで頂ければ幸いです。

 あの頃、僕は朝が弱くて。だから毎朝、起きるとまず水を飲むんだ。壊れた冷蔵庫に入ってキンキンに冷えたやつを。

 喉を冷たいものが通ると、目が覚めたんだ。なんとかね。

 ていうのも、朝は何だかやる気が起きなくて。低血圧ってやつ?そこら辺はよく知らないんだけど。朝から蝉が煩いのに、目覚めが悪いのは高橋も一緒で、僕たちが一緒に寝るといつも寝坊なんだ。

 まあ二人そろって寝坊は不味いっていうんで、いつも先に起きる僕が水で無理矢理に目を覚ますわけなんだ。

 高橋は彼の事もあるからね。噂になるのは特に不味いんだよ。

 できるだけ優しく彼女を揺すって起こすと、嫌な顔をしてむくっと上半身だけ起こすんだ。その時、いつもの事ながらこいつってこんな顔だったか?って思ってしまう。

 化粧ってのは怖いもので、寝汗やなんやでぐずぐずに崩れた寝起きの顔も慣れた手つきでパパッと治ってしまう。治るってのも失礼かな?

 化粧が終わるのをタバコくわえてぼけっと見ている僕に、どうだって表情を向けて、そこで初めておはようって言ってくれるんだ。

 その顔はもう完璧にいつもの顔で、僕は思わず笑ってしまう。


 僕と高橋は同じ大学で同じ学部、それでもって同じ学科ときたら当然、学校でも嫌ってほど顔をあわせる。高橋は学校にいるあいだ、馬鹿みたいに山口にべったり。

 山口は顔もよくて、性格もよくて、学科の中ではちょっとは騒がれる美男子だったんだ。車もいいのに乗ってる。育ちもよかったんだ。

 そのとき僕といえば、相手にもされない。目が合ってもすぐにそらされる。高橋にも後ろめたさがあったんだろ。多分ね。

 それでも僕はちょっとした優越感に浸っていた。あいつの見せる、寝起きの嫌な顔をお前は知らないだろって。嫌な奴だよな。

 彼は知らなかったんだ。僕との事を。そりゃあ、当たり前だ。

 知らせていたら少しは違ってたかもな。これも多分。

 山口は、男から言わせれば嫌なぐらいにいい奴で、知ったとしてもどうってこと無かったかも。まあ、これも多分だけど。

 山口の話になると、なんで僕なんかがって事になるけど、高橋は、そうだな。たまたま僕だったんだろう。大学に入って初めに話したのがたまたま僕で、事あるごとに彼女の相談に乗ったのがたまたま僕で、酔っ払ったあの日、一緒にいたのがたまたま僕だっただけだ。

ほんと、たまたまだったんだよ。


 僕の家からすぐのところに居酒屋があって、よく行ってたんだ。駅も大学も近くて、いわゆる学生街だった訳だ。

 でも高橋と行くのはそこに行くのは初めてで。酒の席になると、なんか饒舌になるじゃない。それで同級生の悪口だったり、彼女の実家で飼っている犬の話だったり、どうしようもない様な話で盛り上がったんだ。まあ、酒の肴にはなる。

 でも二人ともあんまり飲める方じゃないから、すぐに酔っ払っちゃって、ぎゃあぎゃあ喚き始める。そうなると酔っ払い二人でテンションは上がる一方。

 帰りはもうふらふらで肩なんか組んじゃって、完全に出来上がってた。

 もう帰るのも面倒くさいっていうんで、結果、二人で僕の家に行くことになったんだ。

 あ。それと。言い訳とかそういうのじゃないけど。これは高橋が山口と付き合う前の話だから。付き合っていたら、流石のあいつでも行くなんて言わなかっただろう。

 高橋は部屋に入ると汚いだの、臭いだの言いたい放題。実際、汚いんだけど臭くは無かったと思うんだけどな。

 それで懲りもせずにまた缶ビールで乾杯。

 そこからはもう言わなくても分かるだろ。酔っ払いの若い男と女だ。その夜のことは、変に興奮していて、汗のにおいと、酒で赤くなった高橋の顔しか覚えてない。本当だよ。

 僕も高橋も予想以上に酔ってたんだ。

 次の日、目が覚めたのは昼過ぎでさ、学校はもうサボっちゃおうかって高橋が言うから、そのまま僕たちは、またしたんだ。

 僕も、多分だけど高橋も、恋人になろうとか、そういうことは思わなかった。そういった印しをつけて、自分のものだ。って見せびらかすのが嫌だったんだ。

 なんかそういうのにいまいち重要性を感じなくて。ましては高橋を独占したいなんて考えもしなかった。


 しばらくして山口と付き合うことになった高橋は、それでも僕の家に来ていた。なんで付き合い始めたのかは知らない。聞かなかったから。

 まあ、でも僕じゃなくて、山口に印しを付けたい気持ちは、分からない訳じゃなかった。

 高橋はあまり物事を深く考えない人だった。無邪気というか、馬鹿というか。その馬鹿に、まあ、いろんな意味で乗っかっちゃてたんだから、僕も馬鹿だよね。

 山口と付き合い始めてから、高橋はよく喋るようになっていた。内容はやっぱり山口の話。彼のここが嫌だとか、いくら話しても分かってくれないだとか。文句ばっかり。

 じゃあ別れればいいだろ。って何度も言ってやろうかと思ったけど止めといた。高橋が僕に気を使っているのが分かってたから。馬鹿のくせにさ。

 それでさ。ついに言われてさ、もう終わりにしようって。なんか安っぽいドラマみたいな台詞だろ。山口と付き合ってるから、僕とこうして会うのは良くないと思う。だからもう終わりにしよう。だってさ。

 初めから今日は何か変だって思ってたんだ。その日に限って高橋が変にはしゃいでて、何かあるのは分かってた。内容の予想もついてた。だから僕も冷静にさ、分かったって言ったんだ。

 それだけ?って言われた。僕が何も言わないでいると急に立ち上がって、あいつも何も言わずに出て行った。

 なにを怒ってるか分からなかった。何を期待しているんだ。そっちから言い出したんだ。ってね。


 高橋が帰ったあと、僕はその日することが無くなった。テレビも特に面白くはないし、仕方ないから、ペニスを握った。

 マスターベーションでもして、疲れて寝てしまおうって思ったんだ。

 でも頭の中に高橋が出てきてしまって、他のことを考えようとしても全然追い出せなかった。 僕の妄想はどんどん膨らむ。

 僕のベッドの上、裸で抱き合う高橋と。山口。

 彼女は声を上げ、僕は山口の勝誇った様なふざけた顔と目が合ってしまう。僕のペニスは小さいままだ。

 なんだってんだ!

 怒りとも悲しみともいえない思いが腹の中をぐにゃぐにゃ蠢いた。これが後悔って奴なんだって思ったね。


 僕は山口の家に向かった。彼の家は高橋の話に聞いて知ってたからね。山口を殺してやろうって思ってた。ポケットにナイフを入れて、もう殺す気満々。

 山口のマンションが見える電柱から待ち伏せて、待ってる間、頭の中で何度も何度も山口をナイフで刺した。ナイフが山口から抜かれる度に血が弾ける。その血は僕の顔にかかり、僕は勝誇った様なふざけた顔をする。

 もう狂ってるよね。僕の荒い息遣いは、虫の声に掻き消された。

 ナイフが僕の手の熱を吸い取って、温かくなって来たぐらいかな、部屋の電気が消えて、しばらくすると山口がマンションから出てきた。

 高橋と一緒に。あろう事か手をつないで。

 僕の嫉妬は最高潮に高まって、ナイフを取り出し、山口に近づいた。

 僕のナイフが山口のわき腹に届く前に、僕は山口に話しかける高橋の横顔を見てしまった。

笑ってた。

 それを見て僕は、怖気づいてしまった。あと数メートルで僕のナイフは山口を刺していたのに。急に冷静になってしまったんだ。

 かわいそうな高橋。僕は彼を殺せなかった。

 二人は僕に気づいてもいなかった。


 家に帰った僕はナイフをしまい、帰りに買ったエロ本で一発抜いて眠りについた。

 泣きはしなかったよ。変に冷静だったから。

 それになんか格好悪いだろ。女に振られてピーピー泣くの。

 それから高橋とは連絡を取っていない。正直言って、山口と手をつないで出てきたとき僕は高橋も殺してやろうと思っていたから、連絡なんか出来るわけない。それは虫が好すぎるって思ったから。

 学校で会っても目をそらされた。彼女にも後ろめたさがあったんだろ。多分。


 もういいだろ。これで僕と彼女の話はおしまい。




おわり



ありがとうございました。


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[一言] 深夜だと良作に出会える確率が高いのは何故だろう。とその時私は考えたんだ。 すみません、ちょっと真似してみました。他意はないのです(汗)読ませて頂きました。 短編ならではの勢いがあって、ぐ…
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