これからのこと、いままでのこと
儀式の前に打たれていた滝の元で、レキは全身に浴びていた血を洗い流していた。
先に皆の遺体を埋葬させて欲しいと頼んだものの、闇色の青年に「その姿で見送るより綺麗な姿で見送ってやったほうがいい」と告げられ、ここまで足を運んできたという訳だ。
また何があるか分からないと青年も一緒に同行し、今は滝の側にある大木に背を向けて寄り掛かっている。
そして、青年の隣には銀色の少年の姿もあり、彼は律儀にレキの着替えを持って、水浴びが終わるのを青年と共に待っていた。
少年が何者なのか、まだ彼の口から聞いてはいない。
しかし、とても見覚えのあるルディ鉱石の首飾りを差し出された時、彼が何者なのか分かった気がした。
何故その姿なのかなど聞きたいことはいくつもあるけれど、今は頭を整理させたいのもあり、グロスの提案を受け入れたのだった。
水は相変わらず冷たい。
赤く濁った染料のようなものが水に溶け込んでは、水流に押され、流れ落ちる先から消えてなくなっていく。
もう夕刻を過ぎ始め空は段々と闇色に染まりつつあり、肌寒さも深まってきたように思えた。
髪に滴る雫を払いゆっくりと水辺から体をあげると、少年はそっとタオルを差し出してきてにこりと微笑む。
有難うと礼を告げつつタオルを受け取り体を伝う水分を柔らかな布で拭き取とると、いつもの私服ではなく、呪いの催事に纏う儀式用の服を差し出されて。
新しさからこの服は普段着と別に保管してあったスペアだと気付くと、先程から感じていた彼の正体が恐らくという予想から確信へと変わっていった。
「……レクシオン、だね?」
自分より一回り小さく顔付きも幼い銀色の少年に静かに問い掛けると、少し困った微笑みを浮かべて頷く。
ただ、今此処で詮索するのは賢明ではないと悟り、手慣れた手つきで着替えを済ませると青年に声をかけた。
大木の陰から姿を現すと、村人を埋葬した後に落ち着ける場所で伝えていなかった事情を話すと告げ、彼を先頭にもう月明かりも届かないほど鬱蒼とした森を抜けてシュレイ村へと足を運んだ。
誰一人として居ない村は静まり返り、カツリ、カツリと三人の靴音だけが響いていて。
改めて村の惨状を目の当たりにすると悲しさや虚しさに合わせやりきれない怒りが込み上げては、それを制す為にきつく拳を握る。
レクシオンは此方の心情を察したのか隣に並び、力を込めている拳に手を添えて大丈夫、と優しく声をかけてくれた。
首のない体をいつも皆が集まっていた広場に運び、土を掘り返して体が収まる程度の穴を作って、一人一人、丁寧に横たえていく。
いつも仲良くしてくれてた人達はまるで糸が切れた人形のように色白く、冷たいまま動かない。
皆で世話をしていた花壇の一部は炎に巻かれることがなく綺麗な状態で生き抜いていたので丁寧に一輪一輪摘み取り、土を被せる前に添えて、埋葬した。
別れの言葉を告げた後、話が出来る落ち着いた場所として村から少し離れた場所に在る小屋へと歩いて向かった。
この小屋は薪を作ったり鉱石を加工したりする作業場の傍にあるため、簡易的なベッドや食事をとるための机や椅子の用意があり、中にある椅子にそれぞれ腰を掛ける。
「…さて、何から話すべきか。」
そう黒の青年が溜め息を吐きつつ小さく呟いて、ゆっくりと事のあらましを話し始めた。
この世界は、理という魂を循環させる機能があるらしい。
死んだものはその理に導かれ、大気や大地に還り、また生まれ落ちる。
理が正常に機能するかを監理する者達は聖霊と呼ばれ、彼らはこの地よりも遥か上空に存在する聖界に住まうのだという。
しかし、その聖界は今は存在しない。
サウスという女王を最後に聖界は崩壊し、理は正常に作動しなくなった。
しかし、完全に崩壊する前にとある人物を媒体に楔を打ち込み、半ば強制的に止めている状態なのだと彼は告げた。
「女王サウスはレキ、お前の前世だ。…そして俺は、崩壊を止める為の楔として申し出た人物なんだ。」
「貴方が…?」
「あぁ……しかしある日突然解放されたんだ。白龍によって。」
ちらりと彼が目配せした先には銀の少年が苦笑を浮かべており、ここから先は自分が話すと、レクシオンは静かに口を開いた。
「僕は女王サウスに仕えていたんだ。だからレキ、君を見つけた時は彼女の生まれ変わりだとすぐに分かったよ。君は彼女にとても似ている。」
レクシオンは昔を懐かしむような表情で微笑みかけては、懐からルディ鉱石の首飾りを出してレキに差し出す。
銀の美しい装飾で大きな石が埋め込まれたその首飾りは間違いなく龍のレクシオンが着けていたもので、石は縦に亀裂が入っていた。
「理は楔によって正常に“動かされていた”んだ。でもそれはあくまで一時的に凌いでいたにすぎない。もう彼…グロスでは支えきれない程に崩壊が始まっている。あのままでは彼自身も崩壊に巻き込まれていたと思う。」
「…だから起こした、ってこと?」
「理を正すには彼の力が必要だった。レキ、君の
力も。」
レクシオン真剣な表情でレキを見つめて手を取ると、首飾りを掌に収めて包ませる。
「この石が完全に砕けてしまえば、もう間に合わない。だからレキ…君の力で助けて欲しい。」
「……俺じゃなきゃ出来ないんだよね?」
此方の問い掛けにこくりと小さく頷き、君にしか出来ないと言葉を返される。
受け取った首飾りを握り締めて大きく息を吐き、レキは大きく背伸びをして笑った。
「考えても今は仕方ないか。いいよ、一緒に行く。具体的に何をすればいい?」
「取り合えず一晩此処で明かそう。明日からは中央の聖都サンティラスに向かう。」
「サンティラスに?」
「理の修復に詳しい人がいるんだ。だから彼女に会いに行こうと思う。レキも会ったことあるよね?霊術師のメナスおばあちゃん。」
メナス=リンナは霊術師で一番高い位を持ち、新しく霊術師になった者達に祝福を与え、世の巡りを乱さないよう先を占う呪い師でもある。
レキ自身も新たな霊術師としてメナスに祝福を受けた事もあり、一度きりではあるがとても優しく微笑みかける人だと覚えていた。
――――――そして、祝福の際に手が触れたほんの一瞬だけ、酷く驚いていたことも。
「此処からサンティラスまでは距離がある、途中の小さな町を辿って向かうつもりだ。長旅になるから今日はもう休め。」
ベッドで寝ろと視線で促すグロスにレキは戸惑いながらも椅子から立ち上がり、上着に付いている装飾とを取って腰に巻いているベルトも外し、ベッドへと腰掛けた。
「えっと…グロスさんとレクは何処で寝るの?」
「明日のルートを決めていないからな、気にせず寝ろ。…それと、敬称は要らない。グロスでいい。」
「んー、僕は折角だからレキと一緒に寝ようかな。お邪魔してもいい?」
「勿論!じゃあ一緒に寝よっか。」
嬉しそうに微笑みながらレクシオンもベッドへと歩いて壁側のスペースに体を横にし、そしてレキも同じく隣へ体を寝かせると、互いに手を繋いでおやすみなさい、と一言告げて向き合うとすぐレキは眠りにつたく。
これには流石のレクシオンも驚いたようだが小さく笑った後すぐに瞼を閉じ、二人分の寝息が聞こえてくるまでに然程時間はかからなかった。
(17歳……か)
レクシオンに最初に邂逅した時に、レキの年齢は聞いていた。
しかし、いくら強い力を持っていても、彼女の生まれ変わりだったとしても、まだ大人になりきれていない子供なのだ、あれだけの惨劇に巻き込まれれば疲れているのも無理もなく、そっと席を立ち、近くの棚にあったブランケットを取り二人にかけてやった。
目の前で妹や親しい人を亡くし深い傷を負っている筈なのに、それでも気丈に振る舞う姿を見ているとずきりと心が痛む。
ただ、今更巻き込むつもりはなかったなどど言える筈もなく、溜め息を吐いて明日からのルートを決めるべく筆を進めた。