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LEKI  作者: 或葉
第一章「緋色の夢」
3/7

緋色の夢 3




姿を見て言葉を失っている俺を、冷たくも感じる美しい金色の瞳が捉えた。

瞳は勿論の事、腰まである漆黒の長い髪に色素の薄い肌、黒を基調とした服装すらも本当に夢のままの容貌で、まるでここが現実ではないのではないかと思える程、その青年はそこに存在している。

瞳の色素が薄いせいなのかは分からないが、まるで暗闇でも光を放つような、そんな異質感があった。

何よりも、彼が持つその色は明らかに人間のそれとは違いすぎて、それだけで十分な程の威圧を与えているように思える。



「………お前がレキか?」



二人が対峙して暫くの沈黙の後、彼は低く重い音色で自分の名前を口にして、その問い掛けに無言でゆっくり頷くと、少し眼を細めると静かにこう告げた。



「お前は…“緋色の夢”を見たのだろう?」















徐々に準備が整いつつあり、キアは一度一息つこうと大きく背を伸ばした。

背の高いカーライドがいたからか思った以上に作業が進み、いつもより早く自宅に帰れそうだと感じる。

散らかしてしまった装飾品などを一つ一つ手に取りつつ篭にしまって、ぱたぱたと服についた埃を丁寧に払った。



「ねぇ、キアちゃん。」



そろそろ休憩しませんか、と声をかけようとした時に、皺が寄った部分を手で直しているカーライドに名前を呼ばれて、背をこちらに向けたまま、いつもの声色で彼は言った。



「レキ君を訪ねてきたお客様って、どんな人?」



いつも通り気軽に聞いてきた筈なのに、先程と同じような棘が含まれているように思えて、何気ないその言葉に、何故かぎゅっと喉が詰まる。



「えっと…黒い長髪で、金色の目をした長身の人…です、けど。」



分かりやすい容姿をと思い辿々しく答えれば、皺を直していた手がぴたりと止まった。



「……あぁ、なるほどね。そういう事か。」

「…カーライド、さん?」

「キアちゃん、その人ってさ、男じゃないかな?」

「あ、はい。もしかしてカーライドさんの友達…なんですか?」



すると青年はこちらに振り向き、笑いながら首を振って否定する。



「あはは。そんなまさか。」



にこりと笑っていても華がある笑い方でなく、とても冷たい微笑みで。

まるで殺意すら感じさせるその表情に、キアは背筋がぞくりと震えた。

心臓の鼓動が全身を揺らすほど強く打ちつけ、これ以上彼の深層に踏み込んではならないと本能が警告をならしている。

しかしその場から立ち去ろうとしたくても、足は不可思議な恐怖に震え、上手く動いてもくれない。



「準備が早く終わって、本当に良かったよ。」



言い知れぬ恐怖の最中、ただ一つだけ解ることは、



「君も私の役に立てるのなら本望だろう?」



カーライドという青年が三年前からずっと二人を気に掛けていてくれたのは、純粋な善意から始まったものなんかじゃない。



「……なぁ、キリク=ノキア。」



善良な商人の皮を被った、狡猾な悪魔だという事だ。























「この村に力のある素晴らしい霊術師がいると聞いた時、間違いないと思った。」

「何が、ですか?」

「霊術など、本来人間が持てるような力ではなかったからだ。」



唐突な話の内容に頭が理解を拒んでいるのか、簡単な単語を返すのがやっとな程で。

そして彼の言葉に信憑性はない筈なのに頭ごなしに否定する事さえ許されないような、そんな雰囲気すらある。

何故?どうして?と疑問符は並べど、どれから聞けばいいのか、何を言えばいいのかが、分からない。



「…混乱する気持ちも分かるが話を聞け。そうすれば答えが分かる。」



こちらの様子を察してか、彼はそう一言告げた。

喉まで上がってきていた言葉を飲み込み、目の前の青年の話に耳を傾ける。



「お前は性別がないそうだな。ではそれは何故か。」



まずはそれが一つ目だと、人差し指を一本立てて。



「次に両親が“何故死んだのか”。」



もう一本指を立て、それが二つ目だと付け加える。そして、



「最後に…“何故お前だけが緋色の夢を見るのか”だな。」



淡々と告げるその口振りに、自らの心を見透かされている印象を受けてしまう。

そんな事まで何故この人が知っているのだろうか。

もしも調べたというのならば、何故自分の事をここまで調べているのだろうかと。

もやりもやりとしている気持ちを抑えつつ、次の言葉を待った。



「これらは一つの要因が原因で起こった…言わば事故のようなものだ。」

「事故?」

「そうだ。あの緋色の夢はただの夢ではない。あれはいつの間にか昔話にもなってしまった、御伽噺のような現実なんだ。」

「あの夢が…現実…?」



幼い頃から見続けてた夢が現実だったなどと、簡単に信じられる内容ではない。

しかし、逆に彼がそんな嘘をついて何になるのだ。

むしろこの話をして見ず知らずの自身の印象を下げるような真似をする意味すらないとも言える。

つまり、彼が言っているこの話は、



「冗談だと思うか?」



思考が纏まってきたところで、静かに青年はそう問いかける。

ゆっくりと首を左右に振って否定の意思を伝えると、そうか、と小さく息を吐いた。



「仮にその話が嘘だったとしても、貴方が得する事は何一つない。そう考えれば…本当の事なんでしょう。」

「そうだな。それにもし嘘だったとしてもお前しか見ていない夢なのだから、俺には知るよしもない。…どうせ身内にもその話はしていないんだろう。」



身内、という言葉はキアのことを指しているのか、彼女が向かった先に視線を流しながら彼は呟く。

それに対して苦笑いしながら頷くと、青年も同様に苦笑して「お前らしいな」と告げた。



「さて、本題だが。霊術が使えるのも、緋色の夢を見るのも、その緋色の夢で見たとある出来事が原因だ。ここまでは分かるな?」

「はい。」

「そしてお前はその夢の中にいる一人の女の視点で出来事を見ている筈だ。……俺の姿もな。」

「ええ…貴方は今と変わらない、そのままの姿だった。何故なのかという話は長くなりそうなので、今はやめておきますけど。」



肩を竦めながらそう伝えると、済まないなと一言告げて、彼は真っ直ぐにこちらを見つめる。



「結論から言おう。」




















「彼女は昔のお前だ。」



















真っ黒の世界が、淡い白に侵食されていく。

次第に色付き始めたその景色は、土気色の地面が鮮やかな紅で染められていて、一体何なのかと横たわっていた体を起こそうとすると、鋭い痛みが腹部に走った。

咄嗟に手のひらをその箇所に当てれば、ぬるりと生暖かい液体が大量にこびりついている。



「な…んで…?」



よく目を凝らすと腹部から流れ出した赤い液体が地面をも濡らし、自分を中心に染み渡っていた。

慎重に探っても刺さっているであろうと思った凶器はどこにもなく、代わりに栓をなくした傷口は止めどなく命の証を垂れ流していて。

歯を食いしばり壁に手を付き立ち上がると、足元に何かの影が映りこんだ。



「気分はどうだい?まぁ…その傷では良好ではない筈だけどね。」



聞き覚えがある声が洞穴に響き視線を上げると、そこには見知った人物が短剣を構えて佇んでいた。

金色の髪に瞳を持ち合わせた―――カーライドが。



「カーライド…さん、」

「傷の手当てもなしにこんなところに放り込んで御免ね。でも、この方が君も思い出せるだろう?」

「なに、を…?」

「昔の事をだよ、キリク=ノキア。腹を切りつけられ、僕がこうして目の前に立っている……そんな景色を君は覚えている筈だ。」



彼が呼ぶ“キリク=ノキア”とは、自分の事なのだろうか。

それは一体誰なのかと尋ねようにも、腹部の傷が原因で上手く言葉が紡げない。



「君はあの人の付き人だった。…そして、君が全ての原因だった。」



言葉の棘を隠そうともせず、彼はそう言い放つ。

親の仇を見るかのような、そんな冷たい眼を向けて。



「お前には今度こそ役に立ってもらう。恨むなら、過去の自らを恨むがいい。」



暗い洞穴に二つの月色の瞳が鈍く光る。

それはまるで双子の三日月のように、暗闇に細く浮かび上がっていた。



















「昔の、俺?」

「そうだ。彼女は…レキ、お前の前世の姿だ。そして彼女の力により、お前の今の姿がある。」

「性別がない事があの人が原因、だと?」

「ああ、その通りだ。」

「…それこそ、ああそんなんですかって頷けない内容だな。」



唐突に告げられた内容が噛み砕けず、思わずまた苦笑いを浮かべてしまう。

もしその話も嘘偽りがないと言うのであれば、では何故彼はそんな昔の事を知っているのか。

いや、そもそも何故彼は何一つ変わりないまま 、今ここに存在しているのか。

ただ悪戯に混乱させようとしているようには見えないからこその、疑問だった。



「……貴方は何者なんだ?どうして俺が彼女だと思った?」

「また、随分な質問攻めだな。」

「信じて欲しいと思っているのなら答えて欲しい。貴方は…一体何なんだ。」



緋色の夢を思い返せば、今よりも遥か昔の時系列だった筈。

寿命が長いと言われている獣人や有翼人だったとしても、このような長い時を生きられるわけがない。

しかも同じ姿のままなど、この世の生物には決して有り得ない現象だ。

訝しげな視線を青年に送れば、彼は観念したような表情を浮かべて小さく笑った。



「そういう顔をすると本当に似ているな。しかし、今は話してやる時間はないようだ。」

「時間なんてまだいくらでも、っ!」



不意に近付いてきた彼に口元を押さえられ、言葉の先を制止する。

指を当てて喋るなという仕草した後、青年は静かに辺りを見回した。



「…妙だな。」

「………?」

「血の、臭いだ。」



そう呟くと、レキから離れて机に立て掛けていた剣を素早く手にし、腰のベルトに鞘を挿して携える。

一体何の事なのかと混乱しているレキの手を取れば、彼は足早に玄関へと歩を進めて。

引かれるがまま連れて行かれて玄関の扉が乱暴に放たれると、そこには首を刈り取られた人の肉体が至るところに転がっていた。



「…な……、」



見慣れていた筈の村の景観など、一欠片もそこには存在していない。

赤い液体が無数に散りばめられた目の前の風景は、それこそ作り話にでてくるような、そんな惨劇だった。

がたがたと、全身が無意識に震え始める。

それを知ってか、未だ手を握ったままの青年の手に、ぐっと力が込められた。



「レキ、息をしろ。」



そう投げ掛けられた言葉を聞き、自らが上手く呼吸が出来ていない事に気が付いて。

過呼吸にならぬよう、出来るだけゆっくりと息を吸って、吐いて、を繰り返す。

呼吸をすればするほど血生臭い空気が口内に広がって、胃液が上がりそうになりとても気持ちが悪い。

しかしこれが現実に起こっている事なのだと、その気持ち悪さが物語っていた。



「辺りを確認しよう。俺から離れるなよ。」

「……、」



俺が無言で頷くと、彼は繋いでいる手をそのままに、辺りに気を配りながら慎重に歩み出す。

地面に転がっている人々は皆、首から先がなく、身に付けている服装か、アクセサリーでしか判断が出来ない。

けれど小さな村だったからこそ、アレが誰で、などという判断は俺には容易だった。

そんな人々の姿を見て涙が込み上げてくるのを、唇を噛んで必死に堪える。

我慢するためにぐっと手に力を込めれば、彼も強く手を握り返してくれて、ただ、ただそれだけの行為だったけれど、どこか彼なりの優しさを感じた。



「レキ!」



不意に名を呼ばれ、声のした方向に視界を移動させれば、そこには俺達兄妹の保護者である村長のロウドさんが立っていて。

慌ててこちらに駆け寄ってくると息を整えることもせず、肩を強く掴んできた。



「早く…早く逃げなさい!」

「ロウドさん落ち着いて下さい、一体何が、 」

「いいから早く逃げるんだ!お前だけでも早く!!」



言葉を遮り、凄まじい剣幕でロウドはレキに強く訴える。

普通に考えれば自らに被害が及ばないよう身を案じての訴えなのだろうが。

しかしそれ以外の意思も含まれている気がして、レキは素直に頷くことが出来ない。



「…今は彼の意見を尊重するべきだ。行こう。」



二人のやり取りを見ていた彼が、また手を引いていこうと力を込める。

だが、どうしても納得できない俺は手を振り払い、彼に向き直った。



「生まれ育った村を、今まで育ててくれた親のようなロウドさんを、あんたは見捨てろって言うのか!?」



もどかしい気持ちを言葉に変え、闇色の彼に勢いのまま吐き捨てる。

まるで八つ当たりのようだなんて、そんな事は冷静じゃない頭でも十分な程に理解していた。

けれど、出来る筈なんてないのだ。


家族と共に暮らした思い出がある、この故郷を。

二人を亡くした後に支えてくれた皆が住んでいる、このシュレイ村を。

何も真実を知らないまま逃げて、全てを捨てていくなんて、出来る訳がないのに。



「お前だけは生き延びなければ駄目だ……頼む、分かってくれ。」



子供を宥めるような口調で優しく話し掛けてくる村長は、それでも俺に早く逃げろと告げる。

昔両親を亡くした当時も彼がこんな風に言葉を掛けてきた事を思い出し、堪えていた筈の涙がぼろぼろと溢れ出してきた。



「………ッ…。」



悔しい。



「客人、あんたに頼んじゃいけないかもしれないが、彼を…レキを逃がしてやってくれないか。この通りだ。」



ただただ、悔しい。



「…彼は無事に逃がす。だから頭を上げてくれ。」

「ええ、お願いします。」



ロウドさんは安堵の表情を浮かべると、次に大きな手のひらで俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて。

そしてとても穏やかな音色で「幸せに生きなさい」と、微笑む。

まるで今生の別れのようで、怖くなった俺は思わず顔を上げて彼を見やった。






直後、












「………え…?」






ある筈の彼の顔が、






「レキ!!」






そこに、なかった。











ごとり、と、鈍い音が足元に響く。


視界は一気に真紅へと染まり、生温かい液体が空から大量に降り注いできて、訳が分からず立ち尽くしていると、俺を覆うように黒い影が全身を包んでいく。

その影の正体が青年だったと気付けたのは、抱かれている腕の力に痛みを感じた時だった。

身じろぎをすれば、ぬちゃりと粘りのある水が手に絡み付き、赤い、赤いその水は、髪も頬も、首も肩も、腕にも胸にも、何処もかしこにも、飛び散っている。

そして視線だけを少し横に向けると、彼の腕の陰に、何かが転がっていた。



「……う…………ぁ……。」



それは、さっきまで笑ってた大切な人の、



「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」



首のない、死体。



「レキ!!見るな!!!」



その後ろには子供が遊ぶ玩具みたいに、身体から離れてしまった頭も転がっていて、瞳孔が開いた光のない両目は、無気力にこちらを見つめていた。

口元は妙に歪んでいるが笑っているようにも感じてしまい、先程の表情と重なってより生々しく思える。



「ぁ、ああ、あ、っ。」



視線を外したくても目が釘付けになっていて、離れてくれない。

見れば見るほど人形のような“ソレ”は大地を紅く染め、足元まで色彩の広がりを見せていた。

右肩をまた包み込むように抱かれ、俺の視界は強制的に真っ暗な世界へと変えられる。

反射的に押し返そうとするも、強く強く抱き締める彼の腕は、どんなに力を入れてもびくともしない。


次第に響いてくるのは、青年の生命の音。

どくり、どくり、と定期的に奏でるその鼓動を聞いて、すっと、力が抜けた。



(このひとは、いきている。)



思考が働かない頭で分かるのは、それだけ。

縋るように背中に腕を回し、爪を食い込ませる程の力を込めて服を掴んだ。



「う…っぁ、ああああ……!!!」



嗚咽は、未だ止まることを知らない。

彼がとても温かくて、優しくて、それに安心して、絶望する。

あの人は二度と、温かい手のひらで頭を撫でてくれないのだから。











「あらぁ、折角逃げなさいと教えてもらったのに、どうして逃げないんですか?」



不意に頭上から女の声が響き、青年はレキを抱いたまま顔を上げる。

屋根の上に立っていたのはまだ幼い印象を受ける少女…だが、



「……お前は…。」



ふわりと花のように微笑む彼女の手には、とても細く美しい銀の糸。

だが、その糸に赤い雫が付着しているのを、青年は見逃さなかった。



「お久しぶりですわね、グロス=フォフレイド。まだしぶとく生きていらっしゃったなんて。」



彼女は青年のフルネームを忌々しそうに口にする。

しかし口調はどうであれ、表情は依然微笑んだまま崩れない。



「貴様もまだ生きていたとはな…ドルローチェ。」



彼…グロスに名を呼ばれた少女は、より一層愛らしい笑みを浮かべて。

各国の言語にも似つかぬ不思議な旋律を歌い出すと、周りの家々が炎に巻かれ始めた。

何処からともなく現れたその炎は生き物のように地面を這い、宙を泳ぎ、次へ次へと燃え移っていく。



「…さぁ、始めましょう。儀式を。」



愉しげに紡がれたその言葉は、燃え盛る炎の中でも良く響いた。







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