緋色の夢 1
この世界には、「緋色の魔女」という御伽噺がある。
御伽噺なだけあって、内容は至ってシンプル。
緋色の魔女は大勢の僕を従え、世界を破壊に導き、漆黒の騎士に打ち倒されて世界の柱に封印された。
しかし、彼も魔女に与えられた傷が深く、世界が光を取り戻したと同時に、息を引き取ってしまった。
漆黒の騎士の死を悼んだ住民たちは、彼の遺体を丁重に葬り、石碑を建てて彼の栄光を讃えたのでした。
世界の平和はこうして守られたのです。
めでたし、めでたし。
よく在る、よく聞く、どこにでもあるような御伽噺。
だから子供の時に教えてもらった時から。
ああ、またそういう話か、なんて思った事もある。
そう、それは只の御伽噺なんだ。
―――――御伽噺だったはず、なんだ。
赤い、紅い、世界が広がっていた。
最早肉片と化した人型だったモノの血肉と、全てを飲み込もうとする、猛る炎が埋め尽くしていた。
視線の先には白化した何かの物体。
遠目からでは人の形の様なもの、とまでしか分からないが、しかしそれを見つめている“自分”は何故か悲しかった。
ここが何処かも知らない。
白化しているモノすら分からない。
それでも、それでもどうしてか。
涙が、溢れて止まらないのだ。
拭おうと手を顔に近づけると、その手すら赤に塗れていて。
だが、自らの手や腕、勿論体にも、傷一つ負っていない。
それならばこの真紅の液体は一体誰のモノなのだろう。
立ち尽くす“自分”の傍に、誰かが跪いた。
そちらを向こうとするも、先程と違い、体が自由に動かない。
「――――様。」
名前を呼ばれた気がしたが、燃え盛る轟音に掻き消されてしまう。
何を言ったか問いかけようと思っても、唇さえ、動かなくて。
ふらりと、踏み出した足は明後日の方向を歩みだす。
静止の声が響いても、歩みを止める気配すらない。
まるで、遠くから“自分”を見つめているかのような感覚だ。
「お待ち下さい!貴女は…一体何をしようとしているのですか!?」
声の主に強く腕を掴まれ振り返ると、金髪の青年が怪訝な表情をしている。
騎士の甲冑を身に纏い、背中には白い翼のようなものがあって、明らかに人間とは呼べない風貌をしていた。
そんな彼を従えてるこの“自分”は、彼より上位の人物なのだろうか。
腕を掴まれているのにも関わらず表情一つ変えないまま、ただただ虚ろな瞳が、彼の瞳の中に描かれていた。
「何の為に我々は戦ったのですか。」
「……。」
「それなのに、貴女は何をしようとしているのか!」
骨が軋む程の圧力が、細い腕に負荷をかける。
ようやくその痛みで眉を顰めるも、腕を振り払おうとはしなかった。
「……これは…私の罪、だから。」
ぽつりと呟かれたその言葉はとても澄んでいて、周囲の音に掻き消される事はなく、彼の鼓膜を静かに震わせる。
青年は反論しようと口を開けるが、その唇は言葉を紡ぐのをやめた。
否、彼は、紡ぐことができなかった。
見えない紐の様なものが、彼の首をきつく絞めていたからだ。
「ごめんなさい…ディセンダ、」
今にも泣きそうな表情を浮かべ、ゆっくりと傍を離れていく。
どうしてそこまで駆り立てられているのか分からない。
けれど、一つだけ分かる事があった。
この“自分”は、今すぐその場に崩れ落ちてしまいそうな程。
深い哀しみに包まれているという事を。
それから“自分”は何かの呪文を唱え始めて。
召喚された者にそっと、自身の悲願を告げた。
―――私を、殺して。
「―――っ!」
思わず飛び起きるように体を起こすと、いつもと同じ景色が視界に入り込んできた。
嫌な汗が頬を、背筋を、まるで蛇が這うように流れていく。
視線を落とすと何も汚れていない両の手の平があって、ああ、汚れていないんだと、妙にほっとしてしまう。
“アレ”は、いつも見ていた“ただの夢”なのに。
年を重ねる度により鮮明に、より生々しくなっていく気がする。
先程だってそうだ。
炎の熱さなどは今までと同じように、一切感じなかった筈なのに。
腕を掴まれた感覚だけは、現実に戻ってきた今でも残っていて。
会話の内容だって、こんなにも事細かになんか出てきたことはなかった。
「一体誰なんだ、あの人達は…。」
いつも通りの風景。
いつも通りの朝。
けれど、いつも通りとは何なのかも分からないくらいに。
俺の頭の中は、夢に浸食され始めていた。