前編
明日は大晦日。
このまま一年が終わってしまう。
ほんとにそれでいいのか?
目の前はほとんどかすんで見えない。
窓の外は雪かもしれないな。
でも、目を閉じると思い浮かんでくるのはちせの姿。
彼女の笑顔を思い描きたいが、いま浮かぶのは寂しく苦しそうなちせの顔だけ。
その顔をおれにはもう笑顔にできない。
自分から去ったんだから。いや、おれは逃げただけ。
その結果、彼女を苦しめている。
ぜんぶおれのせい。
でも、あのままおれは彼女と一緒にいてよかったんだろうか?
付き合って二人でいるとき、彼女は笑いながらも、ときおり戸惑った様子だった。気をつかっていたのか、すでに見えてないことがばれていたのか…
一緒にいて彼女を楽しませられない男に彼氏でいる資格は、ない。
告白しないほうが彼女のためだった?
でも我慢できなかった。
高校で再会し、ちせを見たとき、彼女はあのときの写真のままだった。
引っ越す前日に一緒に撮った写真のまま。
おれのほうが背も低く、どう見ても弟。
彼女はおれのお姉さんみたいで…
実際に小さいって、からかわれてたとき彼女に助けられたこともあったかな。
そんな昔と変わってない姿を見たとき、胸がざわついた。
引っ越しのときに見送られているときに感じたのと同じざわめき。
あのときは、その気持ちが何なのかわからなかった。
引っ越してからも両親は連絡を取り合っていた。
中学三年のとき、ちせが受験する高校を耳にした。
懐かしいざわめきがまた心にわきあがる。
同じ高校に行けばまた、彼女に会える。
それを希望に頑張って勉強した。
そして彼女にまた出会えた。
久しぶりの再会。
だけど、彼女はすれ違っても頭を少し下げるだけ。
昔みたいに楽しく話すことはない。
好きな相手か、彼氏がいるのだろうか。いても当たり前の年齢だ。
おれもただ頭を下げるだけ。
そんなやり取りばかり繰り返し、気がつくとお互いに受験生。
おれは何をしてるんだ?
何とかしたい、思いを伝えたい。
でも、お辞儀だけがふたりのお決まりになった。今さら何ができる。
流れる時間にこのままでは負けてしまう。
そんなおれに神様がきっかけを与えてくれた。
ある日、めまいを感じた。
目の前がかすむ。
うまく歩けない。
その場に座り込んだ。
一緒に歩いていた母親がそれに気づき、声をかける。
大丈夫?
母親の顔が歪んで見えて、しばらくして目の前が真っ暗になった。
おれは気づいたら病院のベッドにいた。
はっきり見えないが母親が入ってきたようだ。
しばらくして白衣を着た人物が入ってきた。
いまは、目は大丈夫かい?
すこしぼやけますが大丈夫です。
母親が言う。
ちゃんと正直に言いなさいよ。
たしかに少しではない。
だけどなんとか相手の区別はつく。
医師は入院するように薦めた。
できれば早い方がいい。
このまま放ったままでは目が見えなくなると。
医師に言った。
少しだけ入院を待ってもらえませんか?
テレビもみないしなるべく目を閉じながら負担かけないようにします。
医師は困った表情をした。
まだ、おれにはやり残したことがあるんです、お願いです!
それが叶わないまま目が見えなくなるくらいなら、そのまま死んだほうがまし。
後悔したくないんです。
高校で再会してやっと気づいた、この気持ち。
それを伝えたい。
伝えることさえ叶うなら、見えなくなっても後悔はしない。
医師は、仕方ないね、なら二週間だけだよ。
あと何かあったら必ずすぐに連絡するように、と言い残し病室を出ていった。