忘れさられた一族
今夜はやけに静かだった。焚火のはぜる音がいつもより大きく聞こえる。満天の空には満月が銀色に輝いている。
満月を見るのは今夜が最後になるだろう。あの月とともに私はこの世界から消えていくだろう。やるべきことはすべてやった。私のやるべきことはもうない。思い残すことは……。
傍らで眠る少女が寝返りをうった。私はその寝顔をじっと眺めた。
許されるのならばもっと長い時間、この娘のそばにいてやりたかった。せめてこの娘が、私が独り立ちした年齢くらいになるまでそばにいてやりたかった。
私が独り立ちした頃は世界中に仲間がいた。ひとりではあったがひとりではなかった。こうやって目を閉じれば、あちらこちらに仲間の気配を感じることができた。
その仲間たちの気配がひとつずつ消えはじめたのはどれくらい前のことだったのだろうか。仲間の気配を全く感じなくってからどれくらいの月日が流れたのだろうか。
世界は変わろうとしていた。いや、世界は変わってはいない。変わったのは人々のほうだ。人々の心は変わってしまった。
大地の息遣い、星々のささやき、風の歌声。それらを人々が聞かなくなってしまったのはいつのことだろうか。聞かなくなり、聞こえなくなり、そして聞き方を忘れてしまった。人々が忘れていくとともに私の仲間たちも消えていってしまった。私たちの存在も人々から忘れ去れらてしまうことだろう。
この娘は忘れられ行く一族の最後の一人。孤独で過酷な運命を背負わされた娘。
私に残された時間は残り少ない。私にできることはこの世から消えるその時まで、この娘のそばにいることだけだった。