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未来から来た双子の兄が俺を離してくれない日常  作者: 西海子


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4.2025年9月13日

 朝から生憎の雨で、屋外の清掃をすることはできず、聖堂内の掃除だけを済ませた。

 気温が下がってくれたのはありがたいが、ここ数日の雨で若干気が滅入る。


「ラディクルディ神、暑さは和らげて晴れさせてくれませんか?」


 祈りを捧げるついでに、我が神へと頼んでみる。

 聞き届けてくれるかは分からないが、俺の信仰心を吸っているという話だからこの程度は叶えてくれたっていいだろう。


 戯言にため息を吐いて、生活スペースへと戻る。

 いつも通りに手を洗ってからキッチンへと入ると、極夜がスマホを眺めて渋い顔をしていた。

 どうしたんだろう、この兄は?


「極夜?」


 声を掛けると、ハッと極夜が顔を上げる。


「あぁ、今日は早いな……外の掃除ができないからか。今、ホットケーキ焼くから」


 どうやら朝食はホットケーキのようだ。

 なんか美味しいメイプルシロップを買ったとか昨夜言っていたから、それを出してくれるつもりなんだろう。


 椅子に座った俺を確認して極夜が席を立つ。

 すぐにフライパンをコンロにかけ始めた極夜は、俺に背を向けたまま話し始めた。


「白夜、あー、相談なんだが」

「うん」


 極夜は先日のエアコンの件からしっかり学んでいた。

 つまり、こういう言い方をするということは……何か俺の環境が変わるということだ。

 極夜が少し申し訳なさそうに伺いを立ててくる。


「これは完全に俺のストレス源を取り除くためなんだが、洗濯機を買い換えてもいいか?」

「うん? 洗濯機?」


 首を傾げる。

 何か問題でもあるんだろうか、確かに少し古いけど普通の全自動洗濯機なんだけど……。

 ところが、極夜は切々と訴え始めた。


「雨続きになって理解した。――日本は湿度が高くて部屋干しは良くない。外で干せないのがストレスだ。だから、乾燥機付きの最新洗濯機を導入したい」


 ……なる、ほど?

 あまり気にしたことが無かったんだが……言われてみれば、家事をしている極夜にとって、恙なく全てを進められないというのはストレスなのだろう。


 俺がルーティンを乱されるとストレスを感じるように、極夜は自分の想定通りに物事が進まないのが大きなストレスになるわけだ。


 だとしたら、別に断る理由はない。

 洗濯をしてくれているのは極夜だし、極夜が快適に生活を送る権利もある。


「それなら構わない。極夜が好きなものを買えばいいよ」


 瞬間、極夜はギュンと俺の方を振り向いて至極嬉しそうな顔をした。


「いいのか!? じゃあすぐに手配する!」


 ――そこまでのストレスだったのか、部屋干し……。

 ほんの少しの苦笑を零した俺に、極夜は照れ臭くなったのかわざとらしい咳払いを一つして再び背を向けた。


 ホットケーキを次々に焼いている極夜は鼻歌まで歌っている。

 まぁ、兄の機嫌が良いとこちらも悪い気はしない。

 ふと、思い付いたことがあった。


「極夜」

「ん?」

「今使ってる洗濯機は、どうするんだ?」

「あぁ、リサイクル業者に渡すか……処分だろうな」


 まだ使えるのにもったいない。

 となると、こちらの方が良さそうだ。


「それ、教会で預かって、欲しい人に譲ってもいいか?」

「――――なるほど、それも教会の一つの活動か。じゃあ、譲り渡すのに支障がないように内部の洗浄とかはやっておく。もし、欲しいって人が運んだり設置したりが難しいようなら俺が運んで、設置まではやるから」


 助かる。

 力の弱い人や、金銭的に余裕がない人もいる。

 そういう人に「自分で運んで設置して下さい」と伝えるのは心苦しい。

 物品を譲るだけでは善意も空回ってしまう。


「じゃあ、それで」

「了解。よし、焼けたぞ。バターとメイプルシロップでいいか?」

「うん」


 頷いた俺の前に、綺麗な色に焼けたホットケーキがデンと置かれた。

 極夜がバターを添えて、メイプルシロップの瓶を置く。


「飲み物は?」

「牛乳」

「――だろうな、冷たいのでいいか?」

「うん」


 何のこともないやり取り。

 そして、極夜の着席を待って食前の祈りを捧げる。


「私達の主イエス・キリストと、ラディクルディによって。アーメン」

「アーメン」


 極夜も祈りの言葉を口にして、ホットケーキを切り分けて、メイプルシロップを垂らして食べ始める。

 ――あ、本当に美味しい、このメイプルシロップ。

 香りからして、お手頃なものとは全然違うな。


 極夜はチラチラとテーブルに置かれたスマホを見ている。

 今すぐにでも洗濯機の手配をしたいんだろうな、これは。

 さすがにそれは行儀が悪い。


「食べ終わってから」

「ぅぐ、分かってるよ」


 パクパクと食べ進める極夜。

 食べるのも早いけど、俺よりも良く食べるんだよな、本当に。


 俺の前に小さめのが二枚、極夜の前に少し大きめのが三枚あるホットケーキを眺めて、双子でもこうまで違うんだな、なんて思った。



 食後の祈りを終えて、即座に食器を片付け、極夜はあっという間に最新の洗濯機を手配していた。

 明日のミサで配るクッキーを二人で作りながら、極夜が洗濯機の機能について「ドラム式」だの「ヒートポンプ式」だの話していたが、俺にはさっぱり分からなかった。

 ――改めて、兄が居ないと途端に俺は社会不適合な人間に堕しそうだと、自戒する羽目になった。


 そして、もう一つ。

 午後になって電話が鳴り響き、棚上げしていた問題が手の中に戻ってくることになった。



「白夜! 司教様にお休みは頂けたの!? 一体いつになったらお兄ちゃんと一緒にうちに顔を出すの!?」


 母親の若干ヒステリックな小言で、覚悟を決めなくてはいけなくなったわけだ。


「あー……月曜日なら、なんとか……」


 しどろもどろな俺に、母さんはきっちり念を押した。


「十五日! 必ず二人でいらっしゃい!!」

「……はい……」


 明後日、極夜と二人で実家に顔を出す……のか……。

 電話を切った俺を、極夜がひょいと覗き込む。


「母さんか?」

「――十五日、家に来いって」

「あー……まぁ、顔出せば満足するだろ、母さんも。記憶がうまく繋がってるか確認もしたいし」


 微妙に不穏なことを言っている兄に、胃がキリキリし始めたのは言うまでもないだろう。

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