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未来から来た双子の兄が俺を離してくれない日常  作者: 西海子


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3.2025年9月8日

 極夜に厳命されて、寝る時にもクーラーをつけっ放しにしているからか、一週間前では考えられないほど快適な睡眠時間を送れている。


 電気代が気になっていたのはほんの二日ほど。

 「お兄ちゃんに任せなさい」という極夜の一言で、じゃあもうそれでいいや、と一瞬にして現状を受け入れた。


 それだけ、涼しい部屋が快適だったというのは精神的な安定に大きく寄与していたんだろう。



 そんな深夜。

 傍らの存在がベッドを出る振動で眠りから引き戻された。


「……ん……?」

「あぁ、起こしたか、白夜? 気にしないで寝てていいぞ」


 極夜はそのまま部屋に設えられている窓の方へ歩いて行った。

 ゴロリと寝返りを打って、極夜の方を眺める。


「なにしてんの……?」


 寝惚けているのが自分でも分かる、ゆるゆるな声。

 そんな俺を振り向いて、極夜は少し笑ったように見えた。尤も、裸眼なのでちゃんと見えた訳ではないが――なんというか、雰囲気だ、笑ったような気配。

 極夜は再び窓の方へ向き直って、ポツンと呟いた。


「ここからは見えないな」

「ん……?」

「月だよ。ちょうど今、皆既月食の時間なんだ」

「……げっしょく……」

「お前、寝惚けてるだろ?」


 少し顔を上げて窓越しに空を眺めている極夜の横顔がわずかに見える。

 俺が聞いているのを分かっていて、極夜の言葉がふわふわと夜に溶けていく。


「俺が拉致された異世界には、月が無かったんだ。あれがどういう世界なのか、天文学が発達していなかったから実情は不明なんだが、空に星はあっても月は無かった。つまりは、あの世界……あれが惑星だとしたら、衛星を持たない惑星だったんだろうな」

「……うん……」


 極夜の声が耳から入って来て、子守唄と化す。

 落ち着いた声で淡々と話されると、意識がぼうっとしてくる。ただでさえ眠いから効果は覿面だ。


「だから月が見えると、安心するんだ。戻ってきた、白夜のいる世界に帰って来られたと」

「…………うん……」

「残念だな、今日はブラッドムーン……赤銅色の月が見られるらしいのに。ピンポイントでここからは見えないってのも因果なものだ」

「……ん……」


 眠りに落ちていく。

 極夜の言葉が、声が遠くなっていく。


「ま、ここには白夜がいるからそれ以上は贅沢な望みってことだな。なぁ、白夜?」

「…………ぅん……」

「――相槌打ってるから起きてるのかと思ったら寝てるのか、返事だけはするとか本当にお前は昔から変わってないよ、白夜」


 ベッドが沈む。

 ゴロン、と寝返りを打った。

 横にある体温にくっ付いて安堵する。


「――おやすみ、白夜」

「……ん……」

「……声掛けると返事だけするの、面白可愛いな……」

「……ん……」


 トントンと、背中を優しく叩かれた。

 子供をあやすように。

 それがとどめだった。

 一気に眠りの手に捕らえられる。


 涼しい部屋で、慣れた体温と心音にひどく安心して、俺は気持ちの良い闇の中に落ちていった。



 起きた時、深夜に何があったのか、俺は全く憶えていなかった。

 なので、朝食に目玉焼きを出してドヤ顔をしている極夜が何を思ってそんなことをしているのか、全く理解できなかった。


「なんで目玉焼き一つでそんな顔を?」


 そう問いかける俺に、兄は笑う。


「見れなかった月の代わりだ」

「目玉焼きって、太陽に喩えないか?」

「いいんだよ、今日は月で」

「ふーん……?」


 意味は分からないが、極夜がご機嫌なようなので……まぁ、いいか。


 いつも通り、ほんの少しの休息時間となっている月曜日の午前中は兄と二人でゆっくりと過ごして、午後のお勤めへと向かうことになった。


 俺にとって本当に何でもない月曜日は、極夜にとっては特別な一日なのかな、なんて考えながら。

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