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未来から来た双子の兄が俺を離してくれない日常  作者: 西海子


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2.2025年8月30日

 朝、いつも通りのルーティンが終わってキッチンに向かうと、極夜が待ち構えていて即座にタオルで汗を拭われ、きちっと着ていたキャソックを脱がされた。


「……脱がすな」

「食事の間は脱げ。ただでさえ今日も熱中症警戒アラートが出てるんだから」

「はぁ……」


 大きなため息を吐く俺に、それでも極夜はさっさと朝食を並べていく。

 諦めて椅子に腰かけると、極夜が座るのを待って食前の祈りを主とラディクルディ神に捧げた。


「アーメン」

「アーメン。ところで、白夜」

「ん?」


 極夜はなんでも無い事のように通達してくる。


「今日、九時から工事の人が来るから」

「は?」


 聞いてない。なぜそんなことを一時間前になって言うのか、この兄は。


「なんの工事?」

「エアコンの設置、及び電気容量の変更に伴う設備の更新」


 そう言えば、先日極夜がエアコンを入れ替えると言っていた。

 この時期は業者も混み合っているからもう少しかかるだろうと思っていたんだが……まさか今月中に間に合わせるとは。


 もしゃりとレタスを食べてから、俺は少し首を傾げた。


「午前中で終わる感じか?」

「午前中は聖堂のエアコンの入れ替え、昼休憩を取ってもらってから生活スペースのエアコンの設置」

「……聞いて、ない」


「言ってないからな。この暑さで、エアコンが無いのは致命的だ。扇風機でどうにかなる気候じゃない。キッチンと、寝室にエアコンを入れる。これまでの契約アンペアだと稼働させられないから、そっちの契約も更新した。ブレーカー周りの設備も入れ替えることになるから、業者は一日仕事だな」


 立て板に水を流すような、とはこのことだ。

 次から次に理由と決定事項を口にした極夜は、しっかりと朝食を食べつつ俺を眺めた。


「そんなわけで、今日はクッキーを作っている時間がない。明日のミサで子供達に配る菓子は夕方に俺が買って来るから、お前はいつも通りにミサの支度だけしておくといい」

「…………極夜?」

「ん?」


 言っておいた方がいい。

 今後もこのようなことが続くのだとすると、俺の精神がもたない。


「極夜がなんでも先回りして対処するのはありがたいんだけど、決定する前に一言打診してくれ……」

「お前はそうすると、上に言い訳するのが面倒でごちゃごちゃ言うだろう? だったら決定して全て手配が終わってから通達するのが合理的だ」


 この兄はぁ!


 極夜の頭が切れるのも、俺なんかには考えつかないほど思考が先回りしてるのも、理解はしているつもりだ。

 それでも、こうして一緒に暮らす以上、事前の相談は合理性を越えた“信頼”の問題だろう!?


「……俺を信用してないわけか、お兄ちゃんは?」


 俺がわざと“お兄ちゃん”と言ったことに、極夜が目に見えて動揺した。


「白夜?――あー、その、俺は……」

「俺には話す必要なんてないと、そう言いたいんだろう? ここは、俺の職場兼住居なのに」


 瞬間、極夜の黒目が細かく動いた。

 ほんのわずかな時間だ。ちゃんと見ていなければ気付くことはない。


 それでも、俺は見逃さなかった。

 ――今の極夜は、俺へどう返答するべきか、正解を選び取るために脳内で大会議を開いているんだ。


 五秒後、極夜は頭を下げた。


「お兄ちゃんが悪かった。次からはお前の生活を大掛かりに変えることになる時は、ちゃんと事前に相談する」


 ――うん、まぁ、それが最適解だと思う。

 結果としては極夜は俺の為にと動いているんだから、そこまで責めることではない。


 それでも俺達は双子であって、別の人間なんだ。

 極夜が二人いるわけじゃない。

 だから、そこは理解してもらわないといけない。


 ……俺は、環境が急激に変わることが苦手なんだよ。


「分かればいい。業者の人の対応は」

「俺が全部やるから気にするな。あと、今回の俺の行動の詫びに白夜が好きなものを買って来てやろう」


 こんな風に極夜が露骨にご機嫌取りに走るのは珍しい。

 なので、弟としてはわがままを言って試し行動をしたくなるのだ。


「ウィークエンドシトロン」

「ん?」

「いつものお菓子屋さんに夏だけ売ってるんだ。あれが食べたい。週末だけの数量限定品だけど」


 即座に極夜がスマートフォンを取り出した。

 そのまま電話をかけ始める。


「――あぁ、お世話になっております、三冬です。はい、夕方にいつもの……はい、アレルゲンフリーのクッキーと、今日の分のウィークエンドシトロンは? あぁ、では取り置きをお願いできますか?」


 す、素早い……この判断力と決断力は本当にこの兄が苦労してきた証明なんだろうな。


 俺は冷たいパンプキンポタージュを胃に流し込むと、「ご馳走様」と伝えて席を立った。極夜は電話しながらも俺の方を見てヒラヒラと手を振っている。

 それを確認してから、俺はキャソックを再び纏い、洗面所で歯を磨いてから聖堂へ向かった。


 やれやれ、この暑い聖堂とも今日でお別れか。

 明日のミサで信徒達に暑い思いをさせないで済みそうなのは良いことだが。


 ほぼ義務感とは言え、腐っても神父な自分を認識してしまい、俺は小さく苦笑いを零して眼鏡を押し上げると今日のお勤めを始めたのだった。



 ちなみに、入れ替えが完了した大型エアコンはしっかり聖堂を快適な温度に冷やしてくれたし、寝室とキッチンに新設されたエアコンも大変ありがたかったし、何よりウィークエンドシトロンが美味しかったので、俺はご機嫌でこの日を終えることになった。

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