招かれざる嵐
そこには黒いローブを苺みたいに摘み、パチッとした綺麗なまつ毛をユラユラと風に揺らしているリベルが居た。ご自慢のポニーテールは腰まで伸び、床に手を伸ばそうとしている。
既に帰っていると思っていたが……予想外の待ち人に目は点になり、誠実な少女を目線の先にある“視界”と云うケースに納めた。
「…師匠、ま..ってた… 」(その声帯は若干震え、長く待機していた事を如実に表現している)
待つ……待つとは一体 ──まさか今までずっと此処に居たのか…
尻の辺りには、星の肌艶、人間の業とも感じ取れる大地の砂汚れが摂理に従ってビッシリ張り付いている。
先程まで座り地面に擦り合わせていた下半身の碧い衣服は、少女の未熟な身体を細部まで保護し、支えていたのだ。
きっと…それほど大事な用件が彼女にはあったのだろう。
漆黒の衣であるローブを痕が残るぐらい力強く掴むリベル。それを横目に暫く考え込んでいたが、幾ら考えても心当たりが見つからない。
「…師匠と弟子は….一緒..だから」
時間切れと云わんばかりに、出された答えの所在は何処か儚く..淋しそうに目を細めている。だが余り表情を表に出さないリベルにとって、その顔つきはより一層美しく見えた。
『師匠と弟子は一緒に居ないといけない』…なんて教えた覚えは勿論無い。
もしかするとリベルを作った者がそう教えたのか……“普通のゴーレム”は言葉を発せず、意思を持つことは出来ない。
しかしリベルは違う、見た目は一般の女の子と変わらず、感情の起伏も薄いが存在する。
それを実現するには神秘的な才覚に加え、奇跡を定石に換える身技を習得しなければならない。
──リベルを創造した者は…神に等しい頭脳を持ち合わせているだろう
目の前の偉業に感嘆していると、逸らしていた事実が少女の一言で翼を広げる。
「…それより師匠は..何してるの? 」
リベルの問答に自分が家亡き子であることを自覚し、怠さと云う悪魔が再び身体を襲った。
腰を極限まで曲げ、肩は急斜面の如く削ぎ落ちる…その様子を間近で観たリベルは自責の念に駆られたのだろう。
『どうしよう』と不安な顔を露出し、緊張の糸を蜘蛛の巣のように何本も張り巡らせていた。
「..お主のせいでは無い……実はなぁ〜…」
リッチはリベルを落ち着かせる為、腑抜けた声で自分の現状を赤裸々に説明したが、それは素敵な提案と慚愧に堪えない返答を生み出す。
「..じゃ..じゃあ、リベルの家に来れば?//……広いしずっと一緒にいれる… 」
確かに弟子であるリベルの家に泊まれば、師匠として教える事も出来るし、一石二鳥ではある。
しかし幾ら歳が離れていようと異性、尚且つ弟子である少女の家でお世話になるのは格好がつかない…と云うか精神的に刺さるものがあった。
その提案に渋っているとリベルは星のように目をキラキラさせながら此方を見つめてくる。
…おそらく誰もリベルの家に招かれた事は無いのだろう。期待に満ちた純粋な目に成す術はなかった。
ハァーとため息をつき、背中を押される形でリベルの要求を呑む。すると余程嬉しかったのか……道中リベルの足は浮き足立っており、その姿は夕焼けの光に照らされ、赤子のように可憐で無邪気だった。
──これでは本当に孫の様だな…
授業中も観察していたが、こう云う一面はシャルバにすら魅せない。
師匠だからと云って過度に信頼を寄せるリベルが不思議で堪らなかったが、そんな事は身を隠す夕陽と共に消え失せていった。
一定の歩幅を保っていた脚が進歩を止め、地面と足裏が手を繋ぎ出すのは短い出来事だった。
しかし周りの景色は時の流れをしっかり収めており、煌びやかな太陽が星から背を向け、人に貼り付いていた影は力を取り戻したように世界を覆う。
そして暗転した視野は、学院を半分にしたような大きい家を目の前に映した。
「…広いと聞いてはいたが……これは規格外」
壁は朱色の長方形の石で構成され、何段にも積み上げられている。その姿形は、まるでおとぎ話に出てくるような一軒家。
表面には魔法で強化された薄い膜がコーティングされ、並み大抵の事では壊れない事を暗示していた。
──だが違和感がある
これほど豪華な家なのに…外観には埃や土の汚れが酷く付着して、雰囲気は幽霊屋敷のようにドンヨリしていた。
まるで時が止まっているかのように世界に取り遺された家。
現実と妄想の境界線がチグハグする感覚に『一体何年、此処に住んでいるのか?』と云う疑問が喉を通過し、否応なくリベル差し向けられる。
「..百年?..は超えてると思う。数字を数えるのは嫌いだから…どのぐらい住んでるか数えてない.. 」
さらっと…しかし驚愕な事実でもある言葉は、此方の身体を少し硬直させた。
ゴーレムだから長生きとは分かっていたが……流石に百歳を超えているとは思わない。
少女だと思っていた子が、よもや自分よりも歳上だった事に泡を吹く感覚が神経をなぞったのだ。
ハッと我に帰り、本当の年齢を聞こうと舌を動かし始めたが、すぐに口を施錠する。
女性に年齢を聞くのは失礼──それに本当の歳を知ってしまったら、その後どう接したら良いか分からない。
自分よりも年上な弟子…少し複雑だが大魔法使いの愛弟子であれば寧ろ面白い。
気を取り直し、自分よりも一回り大きい扉の前に足を直立させながら、リベルの安息地に通じるドアの部をゆっくり捻る。
カチャと音を鳴らす扉の先には、外観と打って変わる綺麗でピカピカな床が敷かれていた。(しかも整理整頓も施されている)
写し出された現実に『リベルにも女の子な一面があった』と安心を覚えたが、よく目を凝らして診ると床にも埃が付き、家具は使用された形跡なく放置されている。
──考えてみたらゴーレムには食事も休みも必要ない……
それは合理性のみを追求した完璧な存在であると同時に、隣で立っている少女は人では無く“ゴーレム”である事を酷く痛感させた。
受けた心傷によって、リベルを見つめる眼差しは何処か…憐憫にも同情にも似た感情を孕み、感慨深い気持ちが心と身体を支配する。
やがてそれは少女の存在を全肯定するような優しい一方的な気遣いに切り替わり、一つの妙案を脳に造り出した。
ただで住むのも凌ぎない、ならばその代わりリベルの身の回りの世話をすれば良いのではないか…そんなやる気を内に流しながら、薄暗く無人な部屋とは真逆に明るい笑みを浮かべる。
──『人類の理想郷…異界の扉を以って…』
「…従王の呼び声に応えよ!..千差万別の身を宿す・全ての穢れを祓う!…来い!、 【個体名】“ドンスライム” !! 」
パキッ!..メキッ!.......
ガラスを割ったような次元の裂け目が物静かな闇の一室に差し込み、枝分かれを繰り返す。それは1m弱まで伸びると成長するのを止め、ドロドロとした黒い液体を亀裂の隙間から垂れさせた。
無の空間から排出される謎の液体は一箇所に集まり沸騰した鍋のようにグツグツと蒸発を始める。そして暗雲に変化し、嵐の渦を巻き起こした。
家具はグラグラと揺れ、外界で唸るべき雷の音がバチンッと部屋中に鳴り響くと、底すらない闇を感じさせる楕円形の者が姿を現した。
激しい召喚音にビクッと畏れ抱いたリベルは、再びローブを掴みながら背後に隠れている。
しかし招待されたであろう者の姿を、後方の安全圏から目視した瞬間、避けていたリベルの背中は押し出されるように前進した。
「すごい、モチモチしてる♪ 」
呼び出された存在は、綺麗な真ん丸を描き、恐怖とは正反対に位置する可愛らしいフォルムをしている……その見た目に魅了されたのだろう。
ビクついていたリベルの身体は見る影もなく、召喚されたスライムに抱きついてる。平然な顔で隠しているが、楽しんでいるのは明白。
──何百年生きようと…まだ子供
スライムに自分の頬をスリスリするリベルの姿は、間違いなく一人の血の通った少女であった。
そんな幸のある情景は自らの承認欲求を擽り、少女の喜ぶ顔を求め無意識に魔力を練る。そして先と同じ物体を四体召喚し、得意げな表情を作った。
案の定、リベルは玩具を買ってもらった子供のように目を輝かせ、その眩しさは孤独しか味合わなかった老体を更に飛躍させる。
「ち...因みにこのスライムは家の汚れを隅々まで吸い取り、家事・洗濯も熟す~~極めつけは物理攻撃が全く効かない! …即ち守護者としても有能なのだよ!ハッハッハ ~」
鼓舞された感情のままにスライムの性能を熱弁していると、リベルはそれを背にして気持ちよさそうに寝ている。
それは湧き上がった噴水を塞き止め、徐々に落ち着きを取り戻させた。
気が付くと十字に線を敷いた窓に月明かりが差し掛かり、闇に誘われた住人は付き従うように眠りを深めている。
安らかな顔で夢の世界に入り込んでいるリベルにそっと毛布をかけると、一仕事終えた肉体に休眠の合図が上がり、腰が椅子に着地した。
魔法で体力が若返っていても──流石に今回はばかりは疲れたな…
神の存在に、新しい世界、未知の体験の連続。しかもまだこれは序章に過ぎないのだろう。
これから迫り来る災難を考えながら、リッチはベッドにも入らず、椅子に腰を座らせた状態で寝に入った。
翌朝、キィーキィーと鳥の鳴く音で目が覚める。
知らない天井が目に映り、硬い木製の椅子に長時間浸かったせいなのだろう……立とうとすると腰が痛い。ボキボキと身体を鳴らし、勢いよく腕を伸ばすと綺麗な朝日が差し込んでいる。
目覚まし代わりの光景を見て、昨日の出来事が夢では無かったことを其処で改めて悟った。
「…なんとも気持ち良さそうにスヤスヤしておるな、そうじゃ...此処は一つ……」
召喚物であるスライムに身体を沈めて熟睡しているリベルを確認し、一つの思惑が閃く。




