偽りのない過去
覇気のある声が一室に侵入する。
それは学院の生徒であり、数刻前に開いた講義で唯一右手を挙げ最初の質問に回答した青年だった。
整っている容姿に、茶髪で小柄な顔立ち。
黄土色の瞳は真っ直ぐな視線を送り、関係を築かずとも勤勉で真面目な性格である事を気付かせる。
…………!(この身体は…)
講義の時に映らなかったそれは、間近で観察するとより一層際立ち、怠惰と云う二文字を投げ出している…正に努力の結晶。
生物が持っている当たり前な機能は、勇敢な硬い肌を極限まで高め、筋肉という枠組みから外れているようにも視えたのだ。(しかし魔力は少ない)
「 大会のメンバー…未だ決まってないと聞いて……お願いします、僕を出場させて下さい ! 」
その切実な願いは、悩みの種を刈り取る素敵な提案にも想える。しかし再び此方の頭を悩ませる難しい問題でもあった。
参加するのであれば優勝が大前提、それに指導すると云っても事が済めばすぐ弟子と共に此処を去る。だから可能な限り功績は遺しておきたかった。
青年の魔力は低いし、どちらかと云えば肉弾戦のタイプ。
……何故、魔法を習っているのか?
その疑問が真っ先に言語を奪い去り、問答したくなるほど青年の体格は大きく、細胞一つ一つが役割を持っていた。
青年の能力を一通り分析し、何度も脳内でシュミレーションを試みる…たが勝利は想像出来ても、優秀のビジョンが訪れる事はない。
青年の勤勉さを知ってしまったが故に──その幻界は歯痒かった。(だからか…)
「 すまない…少し時間をくれないか? その代わり学院の授業が終わり次第、練習場に集まってくれ 」
最大限の計らいを付け加えた言葉は、青年に『あうりがとうございます!』と元気な返事を叫ばせる。
そして勇ましい背中を抱えながら二足の脚を伸ばし、その場を去っていった。
無論、それは慈悲にも捉える事が出来るだろう……しかし理由はそれだけでは無い。
──もし校長が言っていた『もう一つ』のお願いに該当するのが彼だとすれば…
それに直接実力を測らないで決め付けるのは些か早計だった。
昇っていた朝日は、時間を掛けてゆったりと下がり、有り余った体力を吸収する。そしてリッチのお眼鏡に適った二人が、知識の入り口である眠い目を擦り、授業終わりの背中を半分曲げながら一箇所に集い始めた。
最初に着たのはリベル、次にやって来たのはマシル。
──何故、二人を選んだのか…
それは実力だけで無く【スキル】を所持しているから。
リベルは纏う雰囲気で何となく把握出来てはいたが……マシルまでスキルを持っているとは勘付かなかった。『類は友を呼ぶ』とはこう云う事なのだろう。
二人は早く到着したが、三人目の青年は遅れてやってきた。
「 え、あの子が参加するの?! 」
マシルの発言は、活気に満ちた青年の顔を少し歪ませ、バツが悪そうな表情に移し替える。
只らない奥床さを抱える面影は集中力を遮り、身体の奥をむず痒くさせる。それを排斥しようとするのは失礼であっても不自然な事では無い。
深い闇の中でライトを照らすように、自然な態度を持ち合わせ、青年の顔を曇らせた張本人に舌を動かす。
すると気不味い顔を魅せながらも、先の発言の意図をマシルは細かく語った。
──少年の名前は【ガイア】と云い、莫大な権力を持つ名家に生まれた一人息子。
それは貴族すら恐れ敬う程に、各地に名声を轟かせた。
しかし父親の死を境に、その力は滝のように全て流れ堕ち、地位も名誉も全て失う事になった。
行き場を失ったガイアの家族は、自分達の素性が知り渡っていない依り所を求め、この地を見つけた。
どうして父親が死んだのか…何があったか……それは本人しか知り得ない。
だが知られていない筈の噂は霧のように広がり、周りからは『牙をなくした獣』と揶揄され、ガイアが学院生活に馴染むことは無かった。
ガイアの過去を耳に入れ普通なら悲観するべき顛末に、何処か確信に満ちた表情が表に広がる。
──シャルバが云っていたのはやはり…
勝手に納得し、ガイアの身の丈を知ったせいか……まるで切れた糸が再び繋ぎ合わさる神秘的な感覚が身体を巡る。
しかし、その冴え渡る快感に浸る前に現実のシナリオは休む事を知らず、割り込みように時間が流れる。
「 た..確かにあの子が言っていた事は本当です………でも今の事実を真実にしたくない!死んだ"父親の為にも…大会に出て証明しないといけないんです!!お願いします 」
綺麗な顔をくしゃりと歪ませ、涙を流しながら頭を下げるガイア。その雰囲気に先の感覚は遠く彼方に消え去り、脳内は空っぽになる。
─何か深い事情があるのだろう
その激情に詳しく事情を聞くことは叶わなかったが、彼の目の奥にはそれを凌駕する鋭い獣の眼光が息を潜めていた。
その本気の眼に蹴落とされた所為か……『分かった』と云う言葉をガイアに差し伸べ、正式に三人目のメンバーとして向かい入れる。
──別に情に流された訳ではない…
ガイアの目は諦めを知らない目つきをしていた、だからこそ身体を鍛えていたのだろう。
何がなんでも目的を果たす……そんな思想に心が惹かれたのだ。
本腰を入れ模擬練習をしていると、三人の潜在能力に改めて驚かされる。
それはガイアの肉体、魔力量は大幅に低いが身体である器は人外に等しい……これだったら『あの方法』で化ける。
鍛練の成果も然り…遺伝も関係しているのか……知れば知るほど肉体の遺伝子を刻み込んだ父親に感心が増すが、目を留めるのはガイアだけでは無かった。
魔力量が極端に多いにも関わらず、杖を使用しないで正確に魔法を操作しているマシル。その不条理を言葉に表すなら『落ち葉でダイヤモンドの塊を打ち砕いている』と云っても差し支えない。
最初は【スキル】に因るものだと思ったが……違う──あれは素の能力。
余り詳細は話さなかったがマシルのスキルは観察系のスキルであり、相手の魔力量や力量を把握する事が可能。
この世界でスキルを明かさないのは、珍しいことでは無い。むしろ過度な詮索は邪険にされる。シャルバもスキル持ちだが詳しくは告げなかった。
──それはゴーレムであるリベルも同じ
最も彼女の場合…スキルを使う必要がないだろう。
リベルは自分の性質上、ゴーレムとしての機能で周りの空気を微力ながら自身の魔力に変換する事が出来る。
余程の事が無い限り無尽蔵に魔法を繰り出し、体力も消費しない身体──正に理不尽な存在。
各々の能力を読み取っていると、後方から一人の女性が身を丸くし、此方の状況を伺っている。
──何か話したい事でもあるのか…
既に太陽は朝日の輝きを失くし、最期の灯火のような紅い夕陽が学院に差し込んでいる。
その天のお告げに誘導されるように、グループを解散し三人を帰路に着かせた。
そして終わりの合図に従って『ふぁ〜』と欠伸を漏らし、少し暇そうに演じる。すると偶然を装ったシャルバが頬を朱くしながら此方に走ってきた。
「 ♪ふぅ〜ん……ッ!..あれ!ぐ..偶然ですね〜リッチさん、べ..別にずっと待ち構えてた訳じゃないですよ?!/// 」
溶け込むように鼻歌を鳴らし、上品な振る舞いを観せる女性。(正直バレバレであったがシャルバの名誉を守る為、今は口を閉じておこう)
お互いにわざとらしく挨拶を済ませ、他愛もない雑談を投げ合う。
しかし何やら大事な話が有るのか……妙に口元を濁し、場所を移すように身体を無意識に誘導するシャルバ。それは口頭では無い、纏う空気だけで察知し判断しなければならなかった。
先導している女性から出る暗黙の煙を振り払わないよう、ゆっくりと脚を動かし、その背中に奔流されながら目的地に身を流す。
そして校長室に入ると、先のシャルバの柔らい表情とドジっ子の様な雰囲気は霧のように薄れた。
「…もう一つのお願いについて…話したい事があります… 」
美人な顔には似合わない、険しい表情を創りながらピンク色の唇を動かすシャルバに呼応して、真剣な眼差しが瞳に宿る。
元々シャルバのお願いとは、『クラスに馴染めない一人の生徒を支えてほしい』そんな願いだった。
そして予想通り──それはガイアの事で合っていた…しかし答え合わせをするだけなら態々呼び出さない。
根本は、その事象が人為的に引き起こされたかもしれないという事に起因する。
ガイアは元々王都に住んでいたが、父の死が原因で此処にやって来た……そこに偽りは無い。
しかし付け加える真実は、『貴族の圧力により追いだされた』の方が正しい。
尚且つ、それと同時期に戻って来たコールマン。
シャルバは最悪な結末を予測したのか……唯一学院とは無縁のリッチに相談するしかなかった。
「 一体、この学院で何が起きてるのか…… 。リッチさん…もし私の身に何かあればリベルを……いや..学院の生徒を守ってくれますか? 」
悲劇的で寂しいお願いに、返事を返す事は無かった。きっと言葉を返せば、それは真になるだろう。
──前者を否定し、後者を肯定する…(その最適解が今の答え)
そんな静かな頷きと無言の承諾をシャルバは理解したのか…張り詰めていた顔に笑顔が溢れる。
そして部屋を出る最後まで彼女は安心した表情を送り、去り際の扉を閉めるまで何一つ変化を魅せなかった。
……焦らなくて良い
どんな奴が潜んでいようと、見当違いで無ければソイツは魔剣大会で全て明らかになるだろう。
思惑に思惑を重ねるように頭脳の奥にある記憶の図書館を捌きながら、学院の門を掻い潜る。そして頭の中に小さい余白が生まれた頃、それは看過出来ない重大な事実に成長し、そこで初めて発見することが出来た。
──寝床がない─住む場所もない
三大欲求を持つ人間であるからこそ、その現実は冷たく、空から見放されているような無力感を味わせた。
寝ようと思えば草の上でも寝れる……しかし大魔法使いと宣う人間が野宿とは…聞いて呆れるだろう。
学院の壁際に身を預けながら、紅色の太陽が漆黒に染まるのを呆然と見つめていると、虚無感が頭皮を揺さぶってくる。
冷たい………寒い…寂しい…
リッチは黄昏れるように身体から覇気を失くし、今にも倒れ込む勢いだったが、それを救う暖かい温もりが彼のローブを力強く掴み出した。
「…こんな時に…一体誰じゃ… いくら子供だろうと許しは……お、お主は!? 」




