魔法とは?
生徒達は少し騒めき、後方に立っていた教員達は見下すようにニヤニヤしている。
いくら辺境な国だとしてもリーベル学院はソドム王国で一番魔法のランクが高い学校。その初歩的な質問は、周りの教師を嘲笑させ、生徒に困惑の表情を持たせたのだ。
しかし直接相対したシャルバだけは、リッチの実力を理解し熱い視線を向ける。
疑念と軽視に満ちた空気の中、茶髪の子綺麗な男子がヒッソリと手を上げた。
「 魔法とは自分の魔力を放出することです 」
少年が回答すると、半数の生徒が何食わぬ顔を表に出し空気が一変した。(ザワ…ザワ..ザワ…ザワ…)
確かに少年の言っていることは間違いではないが……同時に正解でも無い。
魔力とは才能のある人間なら誰しも持っている力、それを外に出すだけなら杖が無くても可能。
──では何故、以前の世界では杖が必要だったのか?
それは発動出来てもコントロールは出来ないから。勿論、魔力の量が桁違いに多ければ威力も範囲も違う為、問題は無いだろう。
でもそんな魔力量に人間が耐えられる筈が無く、それ故にエルフや人間以外の種族は杖を持たずとも常人以上の力を保持できた。
その証拠に、生徒達の中で正しく魔法を扱えて居る者は何処にも居らず、明後日の方向に魔法を放つ姿を数刻前に窓から確認している。
──そんなもの、魔法でも何でも無い
魔法使いにとって杖は、魔力を操作する補助的な役割を担い、第二の心臓と云っても過言では無いのだ。
だからこそ、杖を持たずに魔力を放出する行為を良しとしている生徒の発言は、真の意味で魔法に精通している者からすれば冒涜であり、魔力を撒き散らしている粗悪な技に過ぎない。
生徒の回答に否定も肯定もせず、リッチは持論を展開し始める。
「 魔法とは、魔力を使役する事。 即ち理想を現実にする『非科学』である! 」
自分の想像を超える事象に人間はロマンを感じ、縋りたくなる。
誰しも始まりはファンタジーだったように……今喋っている老体も、自分の在り方を変えたくて魔法という幻想に取り憑かれた者の一人。
──だが生徒は、その発言の意味が理解出来ないのだろう
釈然としない顔を一同並べ、弟子であるリベルは心配そうな表情を浮かべながら、目線を此方に向けている。
その後方では山の頂上で仁王立ちする王様のように腕を組み、気味の悪い口角を上げながら凝視してくるコールマンが居た。
「 何を言うかと思えば、妄想も甚だしい。本当だったら今、此処でその魔法とやらを証明して見せろ! 」
その怒号は紫色の唇から飛び交い、生徒達はビクンと身体を震わせた。
理想を現実に…等と云う、薄っぺらい陳腐な物言いに呆れたのだろう。
コールマンの怒りと蔑みに満ちた意見に賛成するように沈黙が流れ...カチ..カチ..カチ..カチ..と秒針だけが鳴り響いた。
その音が続けば続く程、コールマンの発言の信憑性が増し、教師達の目には古い玩具を捨て去る子供のような眼光が宿り始めている。
そして半数以上の者が興味を失くし、その幼稚で早計な感情に肉体の主導権を委ね、教室から立ち去ろうとしていた。
─仕方ない…ならば証明しよう…
「 皆さん!待って下さい!」
そのシャルバの静止は、同情心によるものでは無い。彼女だけが、その違和感を感じ取り行動したのだ。
ミシ......ミシ....ミシッ..ミシッ..ミシッ..ガタッ..ガタッ..ガタッ..ガタッ!.ガタッ!
小刻みに揺れる教室は、次第に音を大きく反響させ、その場にいる全員を恐怖に誘い込ませる。
そして揺れが最高潮に達した時、教室の空間にノイズが走りだし、生徒と教員達はこれから起きる事象を静観するしか無かった。
─名付けるなら『巨人の足跡』とでも云おう…
これは『神もどき』と会った時、初めて遭遇した未知の魔法。(だが、あの時と今では違う)
あの技を受けた時から体内に有るサークルは、その魔法を学習し成長を繰り返していた。
──未だ七サークルに過ぎないが、どうやら成功したようだな…
先程までの暑苦しい教室とは違い、生徒・教師達は広大な学院の校庭に佇んでいる。
「 一体..な..何だコレは!?詠唱もせずに発動したと言うのか?! 」
目の前のあり得ない事象に余程驚いたのか……先程まで詰め寄っていたコールマンの顔は、余裕を無くし、冷や汗を垂らしている。
──無詠唱とは詠唱を思念にすれば良いだけ…
原理さえ理解出来れば簡単なものだが、生徒達に取っては当たり前では無かったのだろう。目の前の少年少女は未知の魔法に興奮し、顔色を変えて注目している。
現地民にとって空間を変えるなど、正に神の業……人間のようで人間では無い魔法を繰り出す老人にコールマンは或る疑いをかけ始めた。
「 貴様!..に.に..人間では無い!魔物だろう! そんな魔法、人間が出せる筈ない! 」
──何処からどう見ても普通の人間
学院の周りには魔物を退ける特殊な壁が周りを囲んでおり、モンスターが侵入できる手段は存在し得なかった。
そんな側から観れば言い掛かりに等しい物言いにコールマン側の教師は呆れたのか……彼を視る大人の表情は、まるでジタバタする蟻を覗き見るように残酷で冷たかった。
そして殆どの教師は既にリッチの力を認め、誰もコールマンの発言を信じようとはしない。
だがそれでも【あの人】にとっては我慢の限界だったのだろう。
「 それ以上言い掛かりを付けるなら…コールマン!貴方を教師の座から外します! 」
その声の主はシャルバであり、顔を赤く染めながら、厳しい目つきでコールマンに詰め寄る。
突然の宣告にコールマンは暫く黙り込んだが、その抑制が身体の反応を浮き彫りし、力強く拳を握らせた。それは心の声を具現化するように怒りを溜め、赤い血を地面にポツポツと垂らす。
そして不機嫌な格好を最後まで憑依させながら、去り際に『チッ』と云う舌打ちを言い残し、嵐のようにその場を去った。
相対してシャルバは、自分の兄を追放することに少し抵抗があったのだろう……涙腺は緩み、透明な水が瞼の奥に溜まっている。
血の繋がりがないと云っても一緒に育った兄妹には変わりなかったのだ。
その出来事に空気は張り詰め、講義など出来る状況ではなかったが、生徒達の目は相変わらず期待に満ちている。その熱意ある姿が、身体に鞭を打ち催促させたのだろう。
──しょうがない
「 ふぅ……色々あったが…話の続きをしよう〜
」
重い腰を上げながらも講義を再開し、培ってきた残りの知識を披露する。
すると教師達は賞賛の声をパチパチと云う拍手にして届けた。
両手を合わせる事で発生する成功の音が止むと生徒は留まることを知らず、集中砲火のように次々と質問を投げる。その騒ぎは他の教室の人間にも感染し、学院に滞在している全ての存在を誘惑した。
──リッチは騒がしい歓迎会を着実に紐解き、指導者としての地位を掴みながら、削りに削った心身をやっとの想いで椅子に休めた。しかし身体の疲れを取るように客間の一室で吐いた一息は、また次の問題を頭に抱えさせる。
──大会のメンバーは三人。
既に二人決まっているが、三人目が中々決まらない……しかも大会に出れるのは生徒のみ。
一体どうしたらいいものか…
「 あの…リッチさんですよね? 」




