教師
長い髪に隠れている左目。
片方の蒼い瞳には此方の様子が鮮明に映し出され、鏡のような透き通りを魅せるぐらい綺麗な眼だった。
しかし、そんな少女の目に魅力されること無くリベルは食事を続ける。
カチ……カチ…
カチ…カチ…カチ…カチ…カチ…カ…カチ
皿と箸の接触する音だけが鳴り、少しの間……と流れる沈黙。
「 君は…リベルとはどういう関係なのだ?」
気不味い静寂に耐えれず、会話の根っ子を握ろうと年季の入った唇が無意識に少女の素性を尋ねた。
「 私はリベルの唯一の友達【マシル】と言います。おじさんと校長の対決も観てましたよ 」
マシルが云うと、リベルは顔にシワを寄せて否定した。どうやらマシルが勝手に友達と称し、付きまとって来ているだけらしい。
静かな見た目とは裏腹にお転婆な性格なのか…沢山喋り温かい雰囲気があるマシルに影響され、静まり返った空気は暖炉のような熱気に変わった。
──どんな形であれ友達が居るのは良い
シャルバはリベルを気に留めて居たが、あれでは友と云うより親子の関係に近いだろう。
孤独に見えた少女にも、人との『繋がり』があった事に少し安心を感じた。
無鉄砲に会話を広げ、強引に話し続けるマシルに嫌々ながら付き合うリベル、その二人を見て微笑ましくなっていると昼食の時間はあっという間に過ぎた。
「 リッチさんこの後よろしくお願いします! 」
『この後』そんな心当たりの無い言葉をマシルが言い残すと、リベルも昼食を食べ終え、二人は次の授業に素早く移動した。
暇潰しに廊下を歩きながら、先ほどの言葉の意味を考えていると嗅ぎ馴染みのある香水の匂いが鼻を通り肺に侵入してくる。
そして視界の中心に見覚えのあるシルエットが近づいて来た。
「 リッチさ〜ん!ごめんなさい! 」
皮膚から滴る汗と一緒に頭を下げるシャルバ。
呼吸は激しく乱れ、顔は真っ赤、長い髪は集団行動を止め一本一本が自我を見せている。
その尋常では無い雰囲気は、瞬く間に空間を支配し、聞き手の神経すらも焦らせた。
その結果、互いの思考は溶け合い、会話が生まれる事は無く、シャルバの激しい息遣いだけが吐息混じりに漂う。
ハァア..ハァア..ゲホッ..ハァア..ハァア..
鈍った神経がその声によって我に帰り、目の前の女性を宥めようと身を近づけた瞬間、シャルバは張り手のように腕を突き出して大きく深呼吸をした。( スウゥ〜ハァアアァ〜)
「…ゴホン!もう大丈夫です………それよりもどうか怒らないで聞いて下さい……」
落ち着きを取り戻したかのように思えたシャルバの顔は、硬い表情に変化し数時間前に起きた出来事を映し出す。
──校長であるシャルバに勝利しても、信用する者は少数
見知らぬ老人が学院の生徒に介入すると云う事を、半数以上の教師達は反対し、異議を申し立てた。中でもコールマン側の意見に賛同するものが多数居た。
リーベル学院にはシャルバ派とコールマン派という二人の派閥がある。
シャルバ派はその通りシャルバの意思に付き従う者、コールマン派とは副校長であるコールマンに付き従う者。
コールマンは前校長の息子でありリーベル学院を継ぐ予定であったが、ある日【養子】として現れた小さな女の子によってそれは覆る。
──コールマンが子供の時、父親が小さい女の子を拾って家に帰ってきた。
最初は母親も驚き、素性も分からない女の子を家族として見ることは出来なかった。
だがその子は類い稀なる才能と愛嬌を持ち合わせ、次第に母親も家族として女の子を迎えていた。
時が経過し父親の持病が再発した頃、息子としてのコールマンの居場所は最早何処にも無かった。
唯一有ったのは、心の奥底で松明の残り火のように微かに灯る【野心と憎悪】だけ。
その数年後、父親は自分が亡くなる間際に『お前が成りなさい…』と養子に一言、遺言を残して校長の地位から身を下ろした。
その時、コールマンは涙を流したが、決して悲しみや喪失感によるものでは無い。
むしろその真逆、それは自分ではなく養子を選んだ事への薄汚い嫉妬の涙。
家族が感傷に浸り大粒の雫を垂らす中、ただ一人コールマンだけは自分の奥底に眠る【野心と憎悪】を烈火の如く燃やしていた。
─それから数年、コールマンは姿を消し行方を眩ませたが、最近なって再びこの地に戻ってきた。
肝心なのは、その【養子】と云うのがシャルバで有り、コールマンとは血の繋がりがない『兄妹』なのである。
何故コールマンがシャルバと対立しているのか…それは火を見るより明らかであろう。
一体どんな思惑で戻って来たのかは分からない…だが決して穏やかではない事をシャルバは理解していた。だから今のいままでコールマンを教師として近くに置き、監視をしてきたのだろう。
だが今回の件だけはコールマンの言い分が正しく、どう転んでもリッチを教卓に立たせ、教師全員で直接判断すると言う結論にしか至らなかった。
──シャルバは此方の肩を持ち相当頑張ったのか……目が赤くなり今にも泣きそうな表情を浮かべている。
そんな儚い容姿を視認したせいか…普通なら沈黙で応えていた場面で、何故か─感情よりも先に口が動いていた。
「 貴方に勝った魔法が……信用出来ないと? 」
その激励とも云える言霊を放った瞬間、シャルバは吹っ切れたように『リッチさ〜ん』と叫び出し、物凄い勢いで抱き着いて来る。
──普通の人で有ればこの状況は、ご褒美かもしれない
しかしそれは抱き着くと云うより、締め付けると言った方が正しいぐらい強い抱擁。紐に縛られたハムのように、今にも身体は破裂寸前。
もし肉体年齢が逆行を付与する前だったら……今頃シャルバの手によって虚しい最期を迎えていただろう。
そう錯覚する程、シャルバの力は異常であり、恐怖を覚えるものだった。
──リベルが苦しそうにしていた理由が今なら分かる…
複雑な心境で居ると、シャルバは厚い抱擁を止めてパンッと自分の頬を叩き、いつも通りの明るい笑顔を見せながら深々とお辞儀をする。
その姿は、感謝と懺悔の気持ちを一色に混ぜた光景であり、悼まれない気持ちにさせる情景だった。
だがそれが長続きする事は無く、面を上げたシャルバは俊敏な速さで顔色と雰囲気を切り替える。
それは軽快なリズムと足音を生み出し、一呼吸する間も与えず、授業が行われるであろう教室まで案内した。
教室に到着すると短髪で金色の髪をした男が、目の下に酷い隈を付けながら此方を睨んでくる。(予想通りの風貌と悪態)
……あれがコールマンと呼ばれるシャルバの兄
初めは失敗しても良いと考えていたが、シャルバの話を聞き直接コールマンを見てそうはいかなくなった。
──何故なら、アイツの目は普通じゃない…
その目はまるで下水道のように黒く濁り、復讐だけが彼の目を潤すことを長年の経験から瞬時に理解した。
何かとんでもない事をする前に止めなければ……それにリベルもこの場に参加している以上、弟子の前で変な姿を見せる訳にはいかない。
『やるなら完璧にやってやる』そんな意気込みを胸に、講義を開始するべく教卓に足を踏み入れた。
「若人達よ、 魔法とは一体なんだ? 」
その言葉に教室内が騒ぐ。




