ゴーレム少女
高く聡明な声の出所へ身を潜めながら足を延ばすと、見える光景は『不愉快』の三文字を体現したように醜いもの。
清潔感の欠片もない、この世の汚い存在を全て集約させたような輩の集団が、一人の可憐な少女に迫っている。ボロボロな服にデカい図体、その容姿は盗賊であることを酷く主張し、頭目らしき人物は前方に立っていた。
「 どんな魔法も無意味だ。大人しくすれば、心臓は動かしてやる、俺たちはなはな 」(イヒッ..イヒッ..イヒッ..イヒッ)
薄汚い仲間の笑い声が、不協和音のように耳に通ってきた。その言動は背後に誰かが居ると匂わせるように濃く緩い口元。
普通の盗賊に見える群衆は、一際異彩を放つ道具を所持する頭目によって視界を曇らせ、決して油断が誘われることは無かった。
一見すると普通のナイフと大差ない鉄の塊のようにも映るソレは、技量を積んだ者ならばすぐ察知できる程に、禍々しいオーラを放っていた。
良く注視して観ると周りの魔素を遮断しており、その能力によって少女は窮地に追い込まれたのだろう。
並の魔法使いからすれば相性の悪い武器。(だが生憎、此処に居るのは普通の魔法使いではない)
「 お前のようなゴミに、手に持っている武器は不釣り合いだな 」
その罵倒する言葉は森中に反響し、盗賊団の全員が、苛立ちを募らせながら振り返った。
前方に立っている盗賊の頭目らしき人物は、毒を吐く声の主を見て少し困惑を見せる。
黒いローブに身を包み老けた顔だけを覗かせる不気味な人間の出現は、正常な判断を鈍らせる──むしろ知性を持った生物なら至極真っ当な反応。
不意の出来事に思考が追いつかない頭目は、静止画のように肉体を固めていた。
しかし彼の経験値が、その意外性を上回り素早く脳に信号を送ったのだろう。
「年季が脳にまで入ったか? 可哀想な爺さんだ、俺たちがすぐに治してやるよ! 」
饒舌な口を開き再び嘲笑しながら、勢いよく此方に疾走してくる。
その目はまるで獲物を見つけたハイエナのように鋭く、茶色い瞳は真っ直ぐ餌だけを捉えていた。
異質な道具を所持している頭目は、相当自信があったのだろう。
自分の強さを誇示するように、道具を頭上に掲げ、眩しいほどに自慢している。
その異界の道具に益々興味が湧き、釣られた魚のように此方も目を光らせていたが、既に敵は至近距離まで迫っていた。
「仕方無し…『摂理を解いて・運命の力を・我が身に宿す』 嘆け 【月の女神】」
ズッ.ズッズッズッズッ!
──その重低音と言霊が放たれた刹那、殺意を持った汚い身体の群衆は、月のクレーターのように地面にめり込む。
大地にはピキッピキッと亀裂が入り、その隙間からは星の悲鳴が赤子のように鳴き喚く。
押し潰されるような身体の痛みと、地に伏している耳元で微かに聞こえる大地の割れる音。
その二つが奏でる悲鳴は──まるで地獄の行進曲。
更に自慢の道具を無力化し呼吸をするように魔法を放った老人の姿は、鎌を持った死神の如く痛烈に映るだろう。
地獄の合唱は数秒で止んだが、それでも盗賊達の身体は疲弊し起き上がる事は出来なかった。
「…てめぇ神の血筋か? 」
──神の血筋?
その絞り出した言葉に心当たりが無く、情けない姿を見せる男の話に興味が沸くことも無ければ、耳が傾く事も無かった。
そんな矮小な事よりも盗賊の持っていた未知の道具の方が遥かに魅力的に写り、魔法使いの探究心を躍動させた。
恐らく道具の能力は任意の魔力を吸い取り、自身に同じ質力と魔力を纏わせる事。
威力が全く変わりない同系統の魔法が接触すれば、一方が優位に立つことは無く、その場で相殺する。(要するにナイフ自身が魔法となり盾にもなっている)
──だが良いことばかりでは無い
吸収出来る魔法は一つ、酷使すればするほど耐久力が落ち、性能は落ちる。
欠けている道具が目に映った時、その考察は確信に変化し、勝敗を確実に分けた。
零れ落ちたナイフを静観し俯瞰的に能力を読み取ると、知的好奇心が満たされたのか…今までの魅力は砂のように消え、見るに堪えない。
それは役目を終えた包丁のように錆びれ、既に機能を失くしている。
だからか…只のナイフにしか映らなくなった道具を、まるで悪戯に遊ぶ子供のようにポイッと盗賊に向け投げ捨てた。
──ひぃいぃぃ!
乙女のような叫び声を上げる盗賊達は、身体を震わせ完全に戦意を失っている。
その姿は余りにも滑稽に映り、クスクスと云う笑い声を微かに漏らした。
程なくして戦いは終わり盗賊達を縄で捕縛してから、少女の所へ駆け寄ったリッチは驚愕の表情を露わにする。
「お主は…一体 」
近くで視認して初めて感知出来たソレは、少女の小さい肉体に収まっているのが奇怪に視えるほど、強大な覇気を微かに内部から漏らしている。
──この感覚は以前にも体験したことがある
それは初めて神モドキと対面した時と似ている、同質な威圧感。
近寄りがたい異質なプレッシャーを放つソレは、まるで動物の冬眠のように静寂で、少女の奥深くにひっそり身を潜めている。(盗賊の背後にいる人物はコレを狙ったのだろう)
その異質な塊の正体を探るべく、少女の身体を見据えていると相手は一歩後退りした。
客観的に見てその状況は、小動物に接近する野良犬のように野蛮、避けられて当然だった。
白髪の頭皮を深々と下げ、少女に謝りながら、どうにかして誤解を解こうと頭の思考を巡らせる。
だが思考を練る必要もなく、状況を打開する術は、天啓のように容易く脳に降ってきた。
「ワシの名は、エル・ダビデ・リッチ!稀代の大魔法使いじゃ 」
その毅然とした自己紹介に、少女は冷たい眼差しを此方に向ける。
無言の時間が続き幽玄な空気が流れ、シワだらけの頬に小粒の汗が垂れる。
非の打ちどころは無い、そう確信出来るほど万全のように思えた策は、静かな時間に比例して綻びを生じさせた。
思考の決壊が始まり、それが焦燥感に変貌を遂げると、打ち上げられた魚のように身体が『ピク・ピク』と落ち着きを取り払う。
そして考える事を放棄しようとしたその時、霰もない動作と痴態を目撃した少女がクスリと口角を上げた。
その表情を見た時、崩壊しかけた心象世界に光が差し込み、雰囲気は瞬く間に明るく変化を魅せる。 それと呼応して、少女の警戒心も徐々に薄れていった。
こうしてお互いの空間に信頼が産まれた瞬間、初めて少女の身の上を理解した。
少女の身体は傷が付いているのに、血はおろか、血痕すら一切付いていない。
正気を感じない肌、物体の様な存在感、そして少女の特異な魔力を見て一つの結論が脳内に浮かんだ。
推測が正ければ ──少女の正体はゴーレム(見た目は十代後半で目は黄金色に輝き、髪は銀髪のポニーテイル)
その人間と全く変わらない外見を観察し、見極めていると少女が衝撃の一言を発する。
「 助けてくれてありがとう……【マスター】 」
本名では無く、マスターと言う謎の敬称に少し狼狽をチラつかせると、動悸が忙しくなるのを感じた。
十代の少女にマスターと呼ばれた事により、過ぎ去った羞恥心は、息を吹き返したように身体の奥から満遍ない痒みを全身にもたらす。(その拒絶反応と呼応し、すぐさま別の呼び名を身体中に電波する)
「もっと良い呼び名は…そうじゃ!ワシの事は【師匠】と呼ぶように 」
その言葉に少女は少し不服そうな面を上げていたが、小さく頷く。
今まで弟子は取った経験は無い、志願者は居たが着いて来れず去る者がほとんど。その失敗から他人に知識を共有する事も無く、教えを乞われる事も無かった。
しかし自分と比較しても劣らない類い稀なる才能と潜在能力を目に、その臆病な思考は狂い始めた。
──この子なら…きっと!
それは過去の縁を掻き消すように弟子という響きを何回も脳内で再生させ、至福の時間を味わせた。
そうやって現実逃避の如く蒼い空を眺めていると、ある異変がその美しい風景に水を差す。
我に帰り周囲を見渡すと、モクモクと粗末な煙玉からネズミ色の汚れが放出され、数秒で辺りを取り囲む。
完全に視力を奪われる前に、ローブで少女の身を庇い神経を尖らせていると、煙は跡形も無く姿を消した。
状況を把握するべく、周囲を見回すと縄に掛かっていた盗賊は、埃一つ残さず回復した視界と引き換えに行方を眩ませていた。
──だが問題は無い
普通なら追跡しようと跡を追う所だが、そこに費やす時間も必要も、今の状況下では全て無駄だった。(まずはこの世界について助言を乞うのが最優先事項)
「 ところで、お主…名は何と言う?」
リッチは違和感を持たれないよう、自然な言い回しで話を切り出し、少女の名前と世界の歴史を訊いた。
──少女の名前はリベル自称17歳、普通の女の子として魔法学校に通っている(自分がゴーレムである事は一人を除いて誰も知らない)
千年前 【始原の時代】
天よりも高く、地に近い場所から二人の尊い命が飛来してきた。尊い者達は人間を繁栄させ、文明を進化させた。
その名残はダンジョンと呼ばれる建築物を残した。
その五百年後 【黎明の時代】
しばらくすると尊い者達は姿を消し、二人の能力を継いだ五人の命が誕生する。五人の命は五神人と崇められた。
しかし五神人も二人と同じように姿を消し、アイテムだけが世界に遺された。
中でも五神人が所有していた五つの武器は、【神具螺】と呼ばれ世界を変えるほどの力を宿す。
そして二千年 【現代】
神の血は薄いが覚醒遺伝のように度々世界に出現し、ダンジョンや魔物を攻略するハンターになる者も居れば、時の権力者になる者も多数。
──それらの教わった知識を何処か寂しそうにしながらリベル語った
「私が話せるのはコレだけ、歴史苦手だから詳しくはウチの校長に聞くといい 」
拝聴していた別の世界の歴史に普通ならば懐疑的に思慮深くなる所だが、そうはなら無かった。
何故なら神に類似する生き物と実際に会合し、
宇宙創生の歴史を知っている以上、何を言われても仰天はしない。
──だが疑問はある
何故神は姿を消し、どう言う理屈で五神人が誕生したのか。
不透明な歴史に対し、まるでパズルのピースがバラバラにハマっている不愉快な心情が、蟠りのように渦巻く……だが知らない事を考えても埒があかない。
今は只、行く宛もない身体をリベルに任せ、風の赴くままに歩みを進めるしかないのだろう。
こうしてリッチは、リベルの案内で学院に向かった。
─ハァハァハァハァハァハァハァ!(乱れた呼吸が森に響く)
既にリッチから敗走する事に成功した盗賊だったが、今度は違う何かから逃げていた。
小さい少女に向けた刃物を携えながら頭目は冷や汗を垂らし、全速力で森を駆け抜ける。
頭目の背後には、まるでドミノのように仲間の死体が無惨に倒れている。
背後から迫るソレに対し、無様に背中を曝け出して逃げるしかできない無力感。その感覚は、水溜りのように頭目の心の奥底で溜まっていった。
「 困りますねぇ、アイテムを与えたのに失敗するとは。 悪名高いのは名前だけだったようだ 」
掠れた声が緊張で赤くなっている盗賊の耳元で囁く。




