奇襲
“課題”を攻略しようと熱中する三人は我を忘れて身を焦がし外界が暗くなっても終わりはしなかった。
学院の全体が消灯しても、刃を研いでいる生徒の場所だけは電気を灯している。それは深淵の奥に遺された弱々しい光──だが少しずつ大きくなり生徒の能力を開花させていく。
「…ハァ..ハァ..も..もう限界..…ハァ……ハァ…やば!もうこんな時間じゃん!早く帰らないと…」
マシルの悶えにリベルとガイアも疲れを実感してズレた体内時計を現実と擦り合わせる。そして沈んだ太陽を視界に入れた時、生徒達はどれだけ無我夢中になっていたかを思い知った。
外には誰も歩いていなく、木々を囀る風の音だけが窓の隙間から侵入している。それに靡かれるように三人は帰る支度をして学院から出ようとしていた。
だが此方に届く風の音は『本当に良いのか?』…『暗闇の道に生徒を放り出して…後悔するぞ』…と何度も悪魔のように耳元で呟く。
「…待て……夜は危ない…もし都合が良いなら..今日はリベルの家に皆で泊まろうではないか… 」
生徒を案じた発言に邪気は一切ない、危険と云うのも理由の一つであり本心。しかし裏には別の目的が合った。
それはリベルに“友達との関わり方”を少しでも知ってもらうこと。
魔法一筋も悪くはない….…魔法は学べば学ぶほど知識が広がり最終的には何にでも成れる万能感を手にする事が出来る──だが…その末路は酷く悲しいものだ。
何故なら、どんなに強い知識を手に入れても“人との繋がり”だけは手に入らない。気付いた時にはもう手遅れであり、待っているのは普遍的な道のりと終わりのないエンドロールだけ。
長い時を生きた故に、それは脳天まで染み込み心底理解出来ている。
だからこそ、リベルには“そんな風になって欲しくない”。
たとえゴーレムであっても幾千幾万の可能性がこの少女には広がっているのだ。
結局それは“魔法以外にも沢山の道を知ってほしい”という世話焼き好きな老人の誘い文句に過ぎないのだろう。
「え..ちょ..ちょっと..いきなり何言ってんの!師匠!、二人だって困っ..て…る?…」.
師匠以外の人間が家に入ると云う初めての経験をリベルは怖く感じたのか……払い除けようと否定的に言葉を並べるが自分の真意とは真逆な表情を観せる二人に言葉が詰まった。
マシルはまるで遊具で遊ぶ子供のように身体を弾ませ興奮し、ガイアは思春期の子供のように顔を赤くしている。
その姿を間近で見ていたリベルは強張った表情に緩みを足して少し照れくさそうにしながら口を開いた。
「し..師匠が良いなら…べ..別に私は大丈夫だし…マシルとガイアのことなんて何とも思ってないし…… 」
必死に取り繕っているが、二人の楽しみにしている様子を観て自分の家を自慢したくなったのだろう。
まとまった荷物を背負いみんなでリベルの家に向かっている道中、家主の歩くスピードはいつもより早く、歩幅は大きかった。
照れながら二人と談笑するリベルの背中を孫のように見守り、若者の貴重な時間を邪魔しないよう三歩ほど離れた距離から跡をついて行く。
あまりの順調具合に何事もなく到着すると鷹を括っていたが目的地の手前にある鬱蒼とした森に足を踏み入れた瞬間──それは間違いだったのだ……と気付かされた。
背後から感じる嫌な視線…人数はたったの一人だが…強さは中の上……その正体に気を取られたお陰で行進していた足は止まる。
「…師匠?、そんな所で立ち止まって..もしかして体調でも悪いの?」
進まない身体を心配したリベルが三人組の輪から抜けて来た。取り残されたマシルとガイアは元気に手を振り、合流するのをまだかまだかと待ち侘びている。
「..リベル…お主はガイアとマシルを連れて先に行きなさい。ワシは少しの間..“野犬の皮を被った無法者”に礼節を叩き込まなければならなくなった…… 」
その小声のメッセージに対してリベルは異常を察したのだろう。
感覚を研ぎ澄まし見知らぬ気配を感じた彼女は全てを理解したように無言で頷く。そして素速く移動し、状況を掴めていない二人の腕を強引に引っ張りながら森の奥へ走った。
しかし視線の主が生徒の動向を追うことはない……それは一寸のズレなく此方を観ている。
「…そろそろ出てきたらどうだ?…ピクニックに来たなら生憎…酒は持ち合わせてないんだが?」
パキ..メキ…パキン!
枝の折れる音を出しながら樹木の上に潜んでいた者が挑発に乗って姿を現した。
スッと静かに上空から降ってきたそれは、痩せ細った身体に黒いピチッとした布を全身に覆っている。側から見れば変態のようにも見える風貌。
──これが俗に云う“暗殺者”なのか…
珍しい衣装に目を留めていると相手のプレッシャーに怒りが混ざり始める。
「テメェ…今俺のこと変態って思ったろ?!…思ったよなぁ。…っ許せねぇ!..人の容姿を馬鹿にする奴に服を着る皮はいらねぇよ!!! 」
此方の心を見透かし激情しながら猛スピードで突進して来る男。そこに魔法を打とうと魔力を込めたが、暗殺者はまるでゴムのように肉体をクネらせ後方に跳ねていく。
見た目で惑わされてはいけない…とは正にこのこと。
相手は反射神経だけで魔力を感知し、間一髪で向かってくるのをやめたのだ。
しかも短気な性格かと思えば魔法使い相手に長距離は不利であることを理解し、一定の距離感を保っている。
「ふっ…驚いたか?…お前の魔法が“スキル”を発動した俺の肉体に当たることはない。心配しなくても…ガキ共も今頃は同じ目に遭ってるだろうよ……」
悠長に喋る覆面の口元…それは何かを企み生徒の身に危険が迫っていることを暗示していた。
敵の狙いはリベル達であり、目の前の人間の役割は部外者である此方の足止め。全てをわかっていたが…不思議と焦燥感は生まれなかった。
普通、こう云う場面では『生徒に手を出すな!』等と憤慨するのだろう。しかし零れ落ちたのは退屈の実から出る大きな欠伸と緊張感のない脱力した肩幅だけ。
その余裕な立ち姿は敵の自尊心を刺激し鎌のような曲線を加えたナイフに殺意を込める。
「チッ…お前..ふざけてんのか?余裕かましやがって…大事な生徒が死んでもしらねぇぞ…」
危機感を煽り攻撃を仕掛けようと更にスピードを上げる相手。通常であれば目の前の煩い口を一気に蹴散らし今頃リベル達の元へ駆けつけている。しかし“あれが居る事実”を前に心配事は無用であった。
それは学院を出るずっと前から存在し巨大な圧を持っている強者。生徒全体を守護者のように監視していた気配は学院にとっての“鉄壁の要塞”。
その存在が己の責務を真っ当するべく、リベル達の所へ気配を消したことを相手は知らないのだろう。
だから敵の言葉に惑わされず余裕の心持ちで戦いに挑めていた。
──ジッ…ジリジリジリィイィィ……ジリッ………カキンッ…キンッ……金属音が激しく飛び交う森。
敵の進撃が皮膚を切り裂く瞬間だけ透明な障壁を展開し軌道を曲げ続けることによって生まれる音。
無意識にやっていた防御魔法は、やがて障壁とナイフの接触に星のようなキラキラした摩擦を加えた。それを前座にして綺麗な夜空をボーと眺めていると色彩の薄い雲が戦いの幕を下ろすように苦言を呈してくる。
「…そろそろ…終わりにしようか……さぁ..どっからでもかかって来なさい。ワシは今から一ミリも動かない、防御も攻撃も今から何もしない…好きなように刃を向けろ…」
その立ち振る舞いは暗殺者のプライドをズタズタに引き裂いたようだった。
無防備になった身体を確実に仕留めようと喉元を切り裂く勢いで四方八方に移動を繰り返す男。
それは今までよりも速く俊敏な機動力を発揮し、竜巻のような残像が周りを囲う。本気を出した敵は、木々が生い茂る森をまるで平地の如く縦横無尽に駆け上がった。
重力と云う足枷を感じない軽い動きは、確実に殺せるタイミングを図り自分の最大出力を溜めている。そして気が熟した時、辺りを囲っていた残像は弧を描くのをやめて渾身の一撃を刺そうと飛んで来た。
しかし“何か”を感じた敵は心臓まであと数センチの間合いでナイフを止める。
「..ん?…どうした..何を止まっている?..あと一押しすれば心臓に届くというのに……それとも“あの気配”が気になって仕方ないか?」
敵は未知の気配に掌握されて攻撃を再開出来ず、子供に握られた芋虫のように混乱していた。
その瞬間、“何かが墜落するような轟音”がその場に飛来する。
ヒューーゥーズドンッ!!!………………ドスン………ドスン..…ドスン..ドス...ドスッ..ドスッ..ドスッ..ドスンッ
墜落と同時に暗闇の奥から距離を縮める重い足音。
重量感溢れるそれは、真っ暗闇の景色に包まれていても大柄な体格であると気づかせる。そして地面を素足で歩くデカい図体がズズッと何かを引きずりながら正体を現した。
「…お〜!やっぱりあの時の爺さんじゃねぇか!!また会ったな!…ん?もう一人の奴は……もしかしてコイツの仲間か?…だったらやるよ..再会の印に受け取れ!」
巨漢な男が酒焼けした声帯を轟かせると全身血まみれの人間だった者がドタッと地面に叩き落とされる。




