隠さなければならない理由
肌は黒く焼けており、ジャングルのような剛毛な毛を生やしている。空気に反応してユラユラと逆立っている太い毛は男の存在感を尽く強調した。
不思議な現象に注視していると周辺の空気が一瞬歪んで映る。しかし目を擦ってもう一度男を見上げると何も視えない──ただ屈強な巨漢が頭上に立っているだけ…
それは視えていなかった“自分の過ち”を照らし、反省するよう何度も催促した。
不注意とは云え、相手は此方の事情を知る由もない。見知らぬ人物に避けられて良い気をする人間は中々居ないだろう。
「…す..すまない、背中に悪い虫が密着していてな。此方も非礼を詫びよう…ワシの名..?!! 」
謝罪の意味も込めて何の躊躇いもなく自然に行った握手。だが手中に広がる不自然な感触に真名は途切れ、自問自答を繰り返して疑心暗鬼になっていた。
──こんな肉体が許されていいのか…
ゴツゴツとした皮膚はダイヤモンドのように硬く、強く握ろうとすると巨大な岩壁を押し出しているような無力感に苛まれる。
直接肌を重ねているのに目の前に有るのを信じることが出来ない…存在を否定したい…現実を現実と理解出来ない…そんな主観を持つ自分自身を憐れに想い、驚きが隠せなかった。
男の存在を許容し、理解しようと血の通った暖かみのある握手に全身を委ねるが…もう遅い。
歩み寄った素手には温もりではなく肌寒さが残りポッカリと空席を空けている。
「俺から近づいて悪いが…こっちも“仕事”があってな。言いたいことが無いなら先に行かせてもらうぜ……それに縁があったら…また近いうちに会えんだろ? 」
両者とも名を名乗ることは叶わず、最後の台詞にまで自分勝手な伏線を残し去って行く大男。
遠ざかる背中はマントの余った生地を床に引きずり先端の部分を黒く変色させていた。足元を掴む数センチの黒い汚れ…それは塵よりも小さいが豪快な背筋にただならない奥深さをズッシリ乗せている。
しかし内に潜むマントの所有者は少し笑っていたようにも見えた。
未知との遭遇を果たし、威厳ある王城を自分の箱庭のように座るシャルバと間近で対面したが一つの懸念点が眉を掠める。
天然で純粋な心、悪とは無縁な世界で住んでいそうなシャルバにとってコールマンの悪行は、とても辛い話に聞こえるだろう……と。
しかし、それは勝手に踏んでいた爆発しない不発弾だった。何故なら対面している実際の彼女はシャルバではなく“リーベル学院の校長”。
「…はい…えぇ…そんなことが…」
淡々と表情は変わらず、まるで全て予想していたかのように頷き冷静に話を聴いている。そして全てを知ったシャルバだったが、結局コールマンを追い出そうとはしなかった。
決して身内だからと云って情けや同情をかけているのではない…幾らコールマンが生徒を利用し、非人道的な行いをしても断定できる証拠が無ければ真実に至らない。(勝手に追放するのは校長の権限でも不可能)
「 大丈夫です…コールマンが何をしようと…“私達も”無策ではありません……」
優しく、甘さに満ち溢れていたシャルバの眼は純粋な輝きを失い“別のモノ”が装填されていた。
光の代わりに用意された無数の引き金は、生物を確実に殺める弾丸を間引きながらジッと待ち構えている……そんな底知らない目を見て悪寒を感じると一つの“台詞”が蘇った。
『シャルバは半分吸血鬼だから…感情が昂ると目の色が変わって雰囲気も怖くなる…』…突拍子もない日常会話に織り込まれたリベルの発言。
冗談混じりに聴いていた話は嘘や脚色を加えたものでは無かった。
穏やかな茶色の瞳は色味を増して黒くなり、鋭利な刃物に貫かれても前進する気迫がシャルバの全身を包んでいる。それは真っ暗な敷居で入る余地のない虚空だったが、此方の眼球を簡単に吸い込んだ。
「す..すいません! ...私ったら..つい真剣になりすぎちゃって。え…えっと…その…いつもはこんな風にならないんですけどねぇ~/// 」
天真爛漫な女性が顔を真っ赤にして舞い戻り、脈の感じない無感動な気配は直ぐに隠れる。その垣間見えた“二面性”は余りにも可笑しく写り、心の奥を少しずつザワつかせた。
フフッ……フッ…ハッハッ…ハッハッハッハッハッ!…
校長室で発声する品性のない声は、回数毎に大きくなり先の変貌ぶりを愉快なものにすり替える。シャルバも“その二面性”を笑い、出会った時とは違う偽りのない真の微笑みがその場で湧き出した。
しかし浸る余裕は生まれず、声帯が徐々に締まっていき感情を帰路に着かせる。そして全てを発散した用済みの身体を出口に向けたが…帰りの足取りは重かった。
──さっきの屈強な大男…あの存在が頭にチラつき足の根っこを掴む。
「…あ...そ..そういえばリッチさんが来る途中で会った“あの人”は…前校長の古い友人で、訳あって今は学院の警備をしてもらってるんですよ…だ..断じて怪しい者ではありません!」
訊かずとも何かを察知したシャルバは予め用意していたように流暢な言葉で答えた。
対峙しただけでも分かるオーラと強さ…あれなら学院の生徒も安心だろう。
だがあの雰囲気…誰かと似ている…シャルバは他にも“その男”について誤魔化している様子であったが詮索はしなかった。
乱入者に可能なのは『…真面目なシャルバだ…きっと“隠さなければならない理由”があるに違いない…』と自分に言い聞かせ、素直に帰りの扉を開けること。
校長室から距離を離し自室に足を進めると、何者かがハァハァと息を吐きながら大急ぎで接近して来るのを感じた。
「あ…居た…リッチさん!待ってください!」
威勢の良い掛け声に身体が反応して背後を振り返える。そこには体力を消費した上半身を前屈みに倒し、茶髪の頭皮を見せる少年が居た。
荒い深呼吸が三回鳴り、面を上げたのは決意を固めたような堅い表情。
「..ごめんなさい…ハァ..ハァ..あの時は何も言えなくて…でも...もう迷いません。僕..絶対に出場して優勝してみせます!! 」
真っ当な挨拶も無く、突然放たれる第一声。
それはまるで日陰の道を歩んできた今までの自分と決別するように迫真で真剣そのもの。
一体数時間の間に何があったのか…先ほどまで路頭に迷っていた覇気のないガイアの姿は最早見る影もない。そんな勢いと雰囲気に呑まれたせいで、受け取り側はただ黙って頷く事しか出来なかった。
心の中にあった蟠りを払い終えるとガイアは再び走り、何処かへ居なくなる。
自室に籠り数刻経った後でも少年の突発的な変化は頭に残るが『コールマンの思惑を一つでも潰せたなら何でも良い』と思うしかなかった。
何より彼の悔しがっている顔は容易に目に浮かび、その快感が些細な変化を記憶の外に放り投げたのだ。
気持ちの良い想像は時間と云う制約を無視して快楽の世界に突入し、リベル達が集まる時までスキップする。
「…う〜ん…何だ…少し寝てしまったのか…どれ…今の時間は………ん?..ま、まずい! 」
目を覚めると時計の針は夕方を指し、昼寝を味わった唇は年甲斐もなく数滴の唾液を垂らしていた。
ローブで口を拭いながら急いで練習場に行くと既に三人は集まっている。
魔法で姿を消し遅れたことを誤魔化そうと試みるが、魔力の違いに敏感であるリベルだけは此方に気付き視線を合わせた。
耐えられなくなった視線に魔法を解くと驚く者は誰も居ない。それどころか『一体…何をしているんだ』と言わんばかりに三人は困惑している。
「…オホンッ……お主ら三人に…それぞれ“一つの課題”を考えてきた。コレを遂行すれば優勝をもぎ取る事ができるだろう〜… 」
唐突な課題を前に、三人は不安そうにモジモジと身動きを取る。
話を聞かされた生徒達は、自分の弱点を理解し越えなければならない問題に直面したが怯むことはなかった。
寧ろ三人の風格は大きく前進し以前より気合いが入っている。




