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~8~


 軽く身支度を整えるにとどめ、朝食も食べずに馬を走らせた。彼にとって馬車は苦痛でしかない。狭い個室に押し込められ、外の空気すら吸えない空間は地獄そのもの。

 自分の都合で走らせることのできる馬が一番だ。

 そして着いた王宮。知らせは行き届いていたのだろう、すぐに案内されて行った先には、あろうことか昨日の面子が揃っていた。

 国王に王太子、そしてキャリスタン伯爵にコーネリアの兄。

 そして、宰相。

 しかも皆、憔悴しているようだった。

 もしや寝ていないのか? と、そんな雰囲気が纏っている。

 


「ああ、よく来たな。まあ座れ。そうだ、朝食はどうした? まだだろう? 実はな、我々もまだなんだ。一緒に食べようじゃないか!」


 国王の妙なテンションが気になるが、オードリックは素直に相伴に預かることにした。場所を会議室から談話室に移しての茶会ならぬ、朝食会と言ったところか。

 この場にコーネリアがいないところを見るに、大人だけでなんとか話し合いをし穏便に済まそうという算段だったのだろう。だが、そううまく決着がつくわけもないといったところなのだろう。


 談話室は大きな窓から日差しが差し込み、清々しい雰囲気だった。

 並べられた朝食はさすが王家の物だけあって、どれも美味そうだ。

 オードリックは一人、神に感謝をすると舌鼓を打った。

 他の者達は皆、チビチビ口に運びながらも淡々と食事をしている。

 そして一通り食事を済ますと、再び話し合いが始まった。


 平行線をたどる話し合いの内容を掻い摘んで聞くに、


 宰相の息子を筆頭に、あの大馬鹿野郎どもは一貫してコーネリアに誘われただけだと口にしているらしい。

 だが、魔獣討伐を行い戦闘能力に長けたオードリックが証人となり、コーネリアに非はないと断言している。国としてもまだ年若く何の功績も無い者の言葉よりも、確固たる地位と名誉、実力を兼ね備えた者の声の方が信用に値すると。

 それに異を唱えた宰相が、自分の息子はオードリックに足蹴にされけがを負わされたと主張し、その問題行動を咎め始め、慰謝料を請求するとぬかし始める。

 ならば、キャリスタン伯爵も娘コーネリアの名誉のために慰謝料請求を申し出れば、家格が上である侯爵家の宰相が、何たる無礼な!と、いきり立つ始末。

 何事も無かったと夜会で国王が口にしたとしても、そこは貴族社会のなんたるかだ。

 デビュタントを迎えたばかりの令嬢が、このままではまともな結婚もできないかも知れないと訴えれば、ならば傍系の家に口利きをすると、これまた上から目線の宰相発言。

 これにはさすがの国王もブチ切れた。何様のつもりだ? お前にそんな権限はねえんだよ、と。揚げ句に、息子一人も満足に育てられない奴に、国を任せらるかとご立腹。

 見かねた王太子がなだめるも、一触即発のまま朝を迎えたらしい。

 


 一人冷静な王太子がいてくれたからなんとかなったが、彼がいなければどうなっていたか?

 彼の説明を聞いたオードリックに、国王は意見を求めた。

「オードリック、お前はどう思う?」

 さすがの彼も一晩眠り、愚か者の息子たちを目の前にしていないだけに冷静さを取り戻してはいた。そして低く、感情の無い声で告げた。


「ちょん切れば良いのでは?」


 何を?とは誰も口にしない。しないが、ここに居る者は皆男性。

 なにをちょん切るかは想像に難くない。


「辺境の地に居ると王都の情勢はよくわからない。だが昨晩、最近若い令嬢を手籠めにする腐った輩が居ると教えてくれる者がおりまして。それも高位貴族であることをいいことに、自分よりも身分の低い令嬢を狙い、泣き寝入りするしかないのだとね。

 そんな話を聞いたあとでの、あの犯罪だ。これ以上被害者を出さないためにも、しこりを残すことのないように切るしかないのでは?」


「な! それがなぜ我が息子だと? 証拠がないではないか。しかも今回のことは犯罪などではない! 断じてないぞ!!」


 怒りに任せて椅子を倒すいきおいで立ち上がる宰相を見て、オードリックは親子揃ってつける薬の無い、終わった人間だと腹の中で思う。それは同席した者が皆、思う事だった。


 結局、話し合いは決裂に終わった。

 そうなるであろうことなどわかりきった事なのに、それでもこの話し合いが行われた実績は貴族社会の中では重要になる。

 国王並びに王太子までもが同席をし、以前からくすぶっていたこの不祥事を問題化することで、今後は王家が主体になり調査が入ることになった。

 今まで泣き寝入りをしていた家格の低い者達も声を上げやすくなることだろう。そうなれば、芋づる式に悪事があばかれることになる。

 そこから宰相を引きずり降ろそうと踏んでいるのだろうが、それくらいで許すようなオードリックではない。

 他の誰でもないコーネリアに手をかけようとした事実は消せない。彼が冷静でいられるのは、必ず落とし前を付けてやると心に決めているからだった。

 そんなオードリックの腹の内を理解している国王は「ほどほどにしておけ」と釘を刺した。それも本気でないのは明らかなので、どうなるかはオードリック次第。

 彼ならば足がつかないように上手くやるだろうことは、承知の上での発言だ。

 どうやって報復してやろうかと考えながら、帰路につこうとしていたら、「ジョルダーノ辺境伯爵殿」と、キャリスタン伯爵に声をかけられた。

 

 これは予想していたことなので、オードリックもさして驚きはしなかった。

 かつては義理の父であった人だ。死に戻る前はまともに話も出来ぬまま、コーネリアは攫うように妻にしてしまった。そのことには少しばかり罪悪感を感じていたのだ、ここで無下には出来ないと相手をすることにした。


「これはキャリスタン伯爵。こうして話をさせていただくのは、初めてですね」

「ああ、ジョルダーノ殿。わが家名を覚えていただいているなど、光栄でございます。

 この度は、娘コーネリアを助けていただき何と御礼を申し上げてよいか。本当に心より感謝申し上げます」


 後ろに立つコーネリアの兄とともに、深々と頭を下げる二人。


「頭をお上げください。騎士として当然のことをしたまでのこと、お礼を言われるようなことではございません。お気になさらぬよう」

 

 謝意は受け取るが、これ以上の関りはコーネリアとの接触が濃厚になりかねない。

 オードリックは無礼にならない程度に対応をして、早くこの場を去りたいと願う。

 だが、運命は二人の仲をどうしても繋ぎ止めたいらしい。


「娘も直接お礼を伝えたいと申しておりました。これから、ぜひ我が家へ……」


「ああ、それは良い。オードリック、せっかくの王都だ、しばらく滞在するのだろう?

 これも何かの縁だ、キャリスタンの令嬢もお礼を言いたいだろう。なあ?」


 何故か国王からの援護射撃でキャリスタン伯爵も笑みを浮かべている。

 どうしてこうなったんだ?と、唸りたくなった。


「私の容姿はご令嬢には恐ろしく見えることでしょう。お気持ちだけで十分です。

 これからは十分に気をつけられた方がよい」


 言外に『俺はすぐに帰るから自分の身は自分で守れ』という含みを込めて。

 言うだけいうと、オードリックはすぐに歩き出す。

 呼び止められているであろう声を聞き流し、足を止めずに歩き出す。

 そして馬に乗って王城を後にするのだった。




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