~7~
まさかこんな形で再会することになるとは、夢にも思っていなかったオードリック。
もし襲われかけていたのがコーネリアだと知っていたなら……、助けない選択肢は無かったが、それでも、それでもだ。
とんだ失態を犯してしまったと悔やんでみても、彼女が無事で何よりだったと、その事については安堵した。
だが、彼女に無体を働こうとした奴らを許すことは出来ない。さて、どうしたものかと考えながら会場に向かうと、中から数人の仲間が声をかけて来た。
「オードリック、大変だったな」
なんだ、もう知れ渡ってしまったのか? それにしても話が早すぎる気がするが。
「ああ、問題は無い」
「いや、それが問題大有りだ」
「……、どういうことだ?」
なんでも問題、いや犯罪を犯そうとして、オードリックの膝の下になった令息は筆頭公爵家の子息で、父親は宰相だそうだ。
騎士に連れられて来た時に、自分たちは誘われただけだと、誘った女が悪いのだと叫び続けていたらしい。
頭が沸いているとしか思えないし、なんならこの手で始末をしてやろうかと拳を握りしめながら聞いていると、オードリックの存在も口にしていたらしい。
顔に斜め傷のある怪しい男が令嬢をさらって行った、女欲しさに奪うように自分たちを傷つけたとか、なんとか。
「どこに行った? 殺してやる」
殺気立つオードリックに仲間の一人が肩をポンと叩く。
「顔の傷でお前が相手だと皆わかったはずだ。だが、お前がそんなことをするはずないと、まともな人間はちゃんとわかっている。だが、相手が問題なんだよ。
最近の若い令嬢達への問題行動を知っていても咎められないのは、その地位故だ。
ここは、陛下に泣きついた方が良い。陛下ならお前の話を聞いてくれるはずだ」
オードリックの母親はこの国の元王女であり、現国王陛下の妹だった。
彼の父親である前ジョルダーノ辺境伯爵と大恋愛の末、反対されながらも単身で嫁入りをした女傑。彼女の手腕で辺境伯爵領地は随分と住みやすくなったと言われている。
だが、そんな彼女も魔獣から領民を守るための盾になり、若くして命を落としている。そんな強い覚悟と慈愛を持ち合わせた、愛すべき妹の忘れ形見であるオードリックを、伯父である国王陛下は何かにつけ気にかけてくれていたのだった。
一年に一度くらいしか会う事のない伯父だ。
自分が頭を下げることで、コーネリアの誇りが守られるのなら安いものだ。
こんな頭など、何度でも下げてやる。と、意気込み会場へと足を踏み入れた。
会場は混乱している様子が見て取れる。王家もこの事態をどう治めるか思案しているといったところか?
「国王陛下にもうしあげます」
貴族共の波をかきわけ会場の真ん中に進むと、地響きがするような低く、威厳のある声でオードリックが国王に向かい声を上げた。
「ジョルダーノ辺境伯爵、なんだ? 申してみよ」
「先ほど、ここ王家の庭園でまだ若き令嬢を辱めんとする頭の足りない令息を捕まえました。騎士に連れられここまで来たとか? そこでなにやら喚いていたと聞きますが、私が観るに、令嬢には一切の瑕疵はございません。
そこのベランダから私が見ていた限り、コーネリア嬢は嫌がっておりました。私の耳に届くほどに大きな声で助けを求めてもおりましたので、庭にいた者ならばその声を聞いていた人間もいたはずです。
コーネリア嬢の尊厳は守られております。この私が証人です。
悪しきはそのクソ令息どもであり、令嬢には一片の罪などございません。
家の地位などに惑わされることなく、正しい裁きを望みます」
真っすぐに前を向き、国王を睨みつけるように見据えるオードリック。
『お前が正しいことなどわかっている。わかっているんだ、甥っ子よ』
そんな風に陛下は額に手を当て考え込み始めてしまった。
『何故、今ここで、こんな大勢の面前でそれを言うかなぁ?』と、そんな思いだった。彼曰く、クソ令息を懲らしめたいと思っていたのは確かで、それは感謝していた。
だが、ここでコーネリアの名を公表してしまえば、どんなに彼女の尊厳が守られたとオードリックが主張したところで、よからぬ噂は消えて無くなりはしないのだよ、と。
若き頃から日々魔獣退治に身を投じ、貴族社会の何たるかや、よからぬ噂の立った令嬢の行く末がどんなものかなど全く頭にもないのだろうなと、その令嬢の今後を慮った。彼の母親は、今は亡き可愛い愛する妹だったが、今回ばかりは育て方を間違ったようだと、叱り飛ばしたくもなった。
「ジャルダーノ辺境伯爵よ、そちの言い分はよくわかった。今回の件は、このわしがしかと預かると約束しよう」
本当は間抜けなあの子息どもを、この王城の屋上から逆さ吊りにでもしてやりたい思いだったが、陛下にそこまで言われては折れぬわけにはいかない。
ここでもめ事を起こすのは得策でない事くらいはわかっているオードリックは、胸に手を当て頭を下げて理解を示した。
そうとわかれば、こんな所に長居は無用だ。またなんどきもめごとに巻き込まれるとも限らない。さっさと帰るとその場を離れようとした時、
「オードリック、令嬢が無事で何よりだ。わしからも礼を言おう」
国王からの突然の謝意にオードリックは一瞬動きを止めるも、すぐに膝を付きそれを受け入れた。
「ありがたきお言葉でございます」
これで終った。国王は敢えて伯父に戻り、彼を名前で呼ぶとコーネリアの無事を強調したのだ。こんなことでコーネリアの状況が完全に好転するとは思えないが、それでも無いよりはずっといいはずだから。
だが世間知らず、もの知らずのオードリックにはその真意は届いていなかった。
まだ騒がしく浮足立っている会場を後にすると、一人馬で来たオードリックは馬留まで向かう事にした。
このまま王都の邸宅に戻り、明日の朝には辺境の地へと戻れば全てが終わる。
今年はもう王都に出向くことは無いし、そのまま来年までコーネリに会う事は無いだろう。そうすれば関わることも無いはずだ。
そうやって彼は一人馬にまたがると、王都の邸宅へと帰ったのだった。
そして迎えた翌日。
ここ王都での邸宅は母が辺境に嫁いだ際、王家から賜った物だという。
元々ジョルダーノの人間は辺境の地を離れることをしない。年に一、二度王都に来ることはあってもすぐに帰るので、その場合は宿を利用するようにしていた。
どんな場所、どんな時でもオードリックの朝は変わらない。
鶏の声よりも先に起床し、鍛錬を怠ることは無かった。
夜会の翌日ではあるが、その日もいつも通りの朝を迎えていた。
その後は朝食を食し、すぐにでも辺境の地に向けて出発する予定にしている。
昨日の今日で、王家から呼び出しがかかることを懸念してのことだった。
ひとしきり体を動かし、剣をしまった時だった。
裏庭にいたオードリックの元に護衛の一人が慌てて姿を現した。
「旦那様、早馬でございます」
そう言って目の前に差し出された手紙の封印は明らかに王家のものだった。
そうきたか? 敵もあっぱれと思いながら封を開ける。
中身は案の定、登城の要請だった。こうならないように早々に王都を抜け出そうと思っていたのに、さすがとしか言いようがない。昨晩、あのまま馬を走らせればよかったと後悔しても遅い。
仕方がないので登城の準備をする。手紙には何時とは書かれていない。
ならば今すぐ行ってやる! 待っていろ、叔父上!!