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~14~


 コーネリアが客間でくつろいでいる時、オードリックは自室で独り酒を吞んでいた。

 突然、彼女が押しかけてきたことにも驚いたが、死に戻る前と時の流れがあまりにも違い過ぎて理解が追いついていかないのだ。

 二度と彼女につらい思いをさせないために、彼はコーネリアには極力近づかないように、関りを持たないようにしているのに、どうしてもその縁が切れることがないのだ。

 自惚れかもしれないが、まるで彼女の方から自分との関りを持とうとしているような錯覚になってしまう。そんなこと、あるはずがないとわかっているのだが。


 オードリックは机の引き出しを開けた。中から先祖伝来の短刀を取り出す。

 死に戻る前は常に身に着けていた短刀。

 腰に付けたこの短刀を奪われ、コーネリアは自分にその刃をあてた。

 そして、彼女の血に濡れた同じ物で、彼もまたこの体に刃を突き立てたのだ。

 鞘を抜き確認すると、血のりの後が薄っすらついている。

 あれは、あの夜は間違いなく実際にあった事実なのだ。


 短刀を蝋燭の灯にかざし見つめるも、血のりがついているくらいで、特に変わったことはない。

 遠い昔、遠く大陸から嫁いできたと言う姫がこの短刀を持ち込んだと言われている。

 そもそもは当主の妻が代々受け継いでいる物らしいが、オードリックの母が亡くなり当主夫人のいない今、母の形見としてずっと彼が身に着けていたのだった。

 鞘や持ち手には美しいほどの彫刻が彫らているが、魔獣討伐に明け暮れるこの地の男であれば一目見てわかるそれは、魔獣の骨から出来ていた。

 魔獣の骨は人間や動物の物と違い、丈夫で折れることも欠けることもしない。

 そして、魔石と呼ばれる赤い石が一つ埋め込まれていた。

 美しい石は蝋燭の炎で揺らめいて見えた。

 そして、ふと気が付いてしまった。

「こんな色だっただろうか?」と。少し影を映したような暗い色に見えた。死に戻る前はもっと明るく、太陽のように煌めいて見えていたように思う。


 オードリックは何気なく魔石を覗き込んだ。そして、色の変化の理由がわかった。

 魔石の中に文字が浮かび上がっていたのだ。

 小さく、小さく映し出された文字は黒く浮かび上がっている。

 オードリックは目を凝らし、その文字を読み始めた。所々、欠けたり、掠れて読めない箇所もあるが、解読することは出来た。


『この刃に選ばれし者の心の臓を貫いた時、真の願いを叶えたり』


 恐ろしい文言だった。

 この刃に選ばれる基準はわからないが、仮に選ばれ願いを叶えてもらったとして、心臓を貫いたらそれはすなわち、死を意味する。

 自らの命を犠牲にしてまでも叶えたい願いなどあるものか。死ねば終わりなのだ。

 日々の暮らしが魔物の討伐で明け暮れるオードリックにとって、死は常に隣合わせだ。覚悟を持って騎士や兵士になった者でも、生きたいと願うものだ。

  

「これを書いた者の気持ちがわからん」


 独り呟いて気が付いた。

 

 死に戻る前に願ったことを。

 自分が取った行動を。


 ずっと疑問に思っていたことが、これで理解することができたのだった。

 この刃に選ばれた自分が、自分で自分の心臓を貫き、そして願ったのだと。

 だから、生き返ったのだと。


 あの時、何を願ったのかはっきりとは覚えていない。

 だが、愛するコーネリアの笑顔を見たいとか、もう一度そばにいたいとか。

 自分が生き返ることをはっきりと望んだわけではないかもしれない。

 それでもコーネリアが笑うことを望めばすなわち、彼女の「生」を意味し、そのそばにいたいと願う事は自分の「生」を意味することになるのだろう。


「知らなかったとはいえ。これは……、感謝するべきなのだろう、な」


 オードリックは本当に知らなかった。この短剣の持つ意味を。

 云われがあるらしいとは、母に聞いていた。だが、何代にも渡り受け継がれるうちに、その伝承も記憶も薄れていったのだろう。


 再びこの命を得られたことに、きっと意味があるのだろう。

 そう思えばこそ、オードリックはこの命の熱さを胸の奥に感じてくるのだった。

 

「彼女を守るだけじゃダメなんだ。手放し関わらないようにするんじゃなく、この手で彼女を幸せにしなければならないんだ」


 ジョルダーノ辺境伯爵 オードリック。ジョルダーノ。

 独りの男として、覚悟を決めた夜だった。



―・―・―



 翌朝。オードリックは昨晩決めた決意を実行しようと、コーネリアに対し行動を起こそうと思った。思ったが、それはそれ。

 今まで女性への免疫もなければ、接点すらも無い男に出来ることは極端に少ない。

 まずは「おはよう」と声をかけ、「おはようございます」の返事をもらうことから始まった。だが、その後の会話が続かない。何を話していいかわからない。

 若い令嬢が好む話など知るすべのない彼にとって、それはもはや拷問。


「オードリック様。今日は魔物の討伐に行かれるのですか?」

「いや、今の時季は魔物の発生も少ないから、騎士達と鍛錬を……」


「まあ。その鍛錬を見に言ってもよいでしょうか?」

「え? あ、まあ見学するのは良いが。しかし若い令嬢が見ても楽しいことはないかと」

「それでも、オードリック様が剣を振るうお姿を見てみたいのです」


 そんな風に請われて「ダメだ」とは言えない。本当は他の騎士達に見せたくはないし、若く見目の良い騎士や兵士もいる中で、彼女の目に彼らがどう映るのかが心配だった。しかし、願われてしまえば断れないのが男心。


「むさくるしいでしょうが、それでもよければ」

「ありがとうございます!!」


 コーネリアは嬉しそうに「では、後で伺います」と、飛ぶように戻って行った。

 そっちは鍛錬所ではないのにと思っていたら、「ご令嬢が外へ出る時は、それなりの準備が必要でございますよ」と、執事長の声が背中から聞こえてきた。


「準備など。歩いて行ける距離じゃないか」

「ほっほっほ。ご令嬢が外へ出る時には日焼け防止の日傘ですとか、お化粧も念入りにすると聞いておりますれば、時間は足りないくらいでございましょう。

 そうそう、たぶん日傘はお持ちでないでしょうから、奥様の私物をお貸ししてもよろしいでしょうか?」


「あ? ああ、まだ使える物があれば好きに使ってもらえばいい。しかし、母の物は古いし若い令嬢が気に入るはずがないと思うが」

「ふふん。亡き奥様の物はどれも一流品揃いでございますよ。奥様が輿入れにお持ちになった物は、それこそお若い頃の物でございます。今のコーネリア様にピッタリのはずです。まずはコーネリア様に見ていただきましょう。楽しみでございますねぇ、では」


「ほっほっほ」と、高笑いを上げながらオードリックをすり抜けるように去って行った執事長。訳知り顔で語っていた姿がどうも気に入らない。

 コーネリアが亡き母の私物を使う事については、何の問題も無い。彼女が望むのであればこの邸にある物は全て好きにしてもらってもいいくらいなのだから。

 そんなことを考えながらも、いつ頃来るだろうかと、そんな風に考えながら鍛錬場へと向かうのだった。




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