~12~
コーネリアの熱い想いに絆され、気合に負けたジョルダーノ家の留守番の使用人たちは、一丸となって「コーネリア様をオードリック様の元へとお連れする作戦」を決行した。
まずは留守番騎士の一人であるジェレミーが、護衛も兼ねてコーネリアを連れて行くことにした。乗り込む馬車はジョルダーノ家の馬車。ジェレミー自ら馬車の手綱を取り、それとキャリスタン家から連れて来たという侍女と共に向かう。
コーネリアを乗せて来た馬車はそのままキャリスタン家へと戻り、コーネリアの出立を報告してもらうことにした。それには、彼女直筆の便りを持たせ、ジョルダーノ家による誘拐等ではないことをハッキリとさせておく。
道中、立ち寄れそうな店があればそこで必要な衣類などを購入することにした。
路銀はあると言っていたが、そこはそれ。必要な金銭に関してはジョルダーノ家で全て支払う予定にしてある。コーネリアに支払わせたなどと知れたら、きっとジェレミーの首が危ういだろうから。
こんな単純な計画で果たしてうまくいくかどうかも怪しいが、なぜかコーネリは大丈夫だと自信を持って口にする。誰も追ってはこないから安心しろと、こうである。
だが、ここまで来たら行くしかない。覚悟を決めてジェレミーは手綱を握るのだった。
王都を抜ける前にまずは着替えと称して衣類を購入。彼女が口にしていたように、余所行きのドレスから簡易なワンピースへと着替えた。侍女にも同じように、町娘と変わらない服をあてがり、お仕着せを脱がせている。
「これ、とっても楽だわ。いつもこんな服なら良いのに」
貴族令嬢らしからぬ発言を口にするほどにワンピースを気に入ったようで、何着か買っていた。
旅の間も彼女は愚痴ひとつこぼすことは無かった。むしろ、露店の食べ物に興味を持ち喜んで食べてもいたし、田舎の店にも戸惑うことなく立ち入り、平民が使うような粗末な物も手に取り買っていた。
結局、ジェレミーがジョルダーノ家から出したお金は食事や宿泊代だけで、彼女が使用する物や小間物などはコーネリアの財布から出していた。
そしてついに辺境地である、ジョルダーノ家の領地へと馬車は入った。
魔獣が出現するというから、さぞや寂れた雰囲気の土地を想像していたコーネリアだったが、町並みは決して大きくはないが、畑も店もある普通の領民の暮らしを垣間見ることが出来た。
ジェレミーいわく魔獣は辺境奥の森に住みかがあり、時折現れては畑や家畜を襲う事があるらしい。その度にオードリックを始めとする騎士や兵士が討伐に向かうのだという。
そしてついに見えたジョルダーノ家の領主館は、大きく立派なものだった。
傍目に見ても豪奢な作りとは言えないが、とにかく大きく頑丈そうに見えた。
「キャリスタン令嬢。もうすぐ領主館に到着します。ジョルダーノ家の馬車ですので、まもなく開門するはずです」
ジェレミーの言葉に、コーネリアの胸は高鳴る。
あと少し、もう少し。
それなのに、目の前に来てもう少しというところで、気が付けばあっという間にコーネリアの乗った馬車は騎士達に囲まれてしまった。
ジェレミーが慌てて説明をしようと口を開きかけると、騎乗していた騎士によってその喉元に剣の切っ先が向かった。
「お前は誰だ? なぜジョルダーノ家の馬車を操っている」
「お、俺はジェレミー・ホグノル。五年前からジョルダーノ家王都の邸宅を守っている騎士だ。お前たちと同じ、このジョルダーノ家の騎士だ」
「ジェレミー様、どうかしましたか?」
緊張感のまるで無いコーネリアの声が馬車の中から響く。
ジョルダーノ家の領主館を目の前に騎士に囲まれたものの、どうみても辺境地の騎士にしか見えない。館はもう目の前なのに、まさか今さら護衛もないだろうと、純粋に不思議に思い声をかけた。
その声は不思議と辺りに響いたようで、彼女の問いの答えが砂埃を上げながら馬に乗って現れた。
「コーネリア!!」
どこから現れたかもわからない速さで馬を操り、馬車を囲む騎士をなぎ倒すようにオードリックが姿を見せたのだ。
その様子を馬車の窓から見ていたコーネリアは、馬から飛び降りるオードリックの姿を見つけると、令嬢らしからぬ早業で馬車のドアを開け、誰の手も借りずに飛び下りた。だが馬車は車高が高い。本当であれば踏み台を用意して降りる所を、彼女は踏み台無しで飛び出したのだ。誰もが危ない!と思った瞬間。
軽く宙を舞った彼女を抱きかかえるようにキャッチしたのがオードリックだった。
「オードリック様!!」
「コ、コーネリア。なぜここに?」
オードリックに抱えられたまま、さも当然のように彼女は告げる。
「刺しゅう入りのハンカチが欲しいとおっしゃったではありませんか。ですから、お持ちしたんです。もらってくださいませ」
「え? あ、あの話を?」
「ええ。約束しましたでしょう? 乙女が刺した刺しゅう入りのハンカチを持つと、無事に戻れるおまじないになると。ですから私、頑張って針を刺しましたの。
オードリック様のご無事を祈りながら、一針一針、心を込めて作りました。
どうか、もらってください!」
未だオードリックの腕の中にいるコーネリアは、一生懸命説明をしていた。
興奮し、顔を赤らめながら話すその姿は、まさしく乙女のそれだった。
二人を見守る騎士達は、まさか自分の主にこのような時が来るなどと思っていなかったので、衝撃を受け固まったまま凝視している。
その視線に気が付いてしまったオードリックは、慌てたようにコーネリアを下ろすと突然ではあったが無事に着いたことを喜ぶのだった。
「ありがとうございます。もちろん喜んでいただきます。驚きはしましたが、無事に着いて何よりです。時間の許す限りゆっくりして行ってください」
オードリックは目の前にいるコーネリアを見下ろし、笑みを浮かべた。
それを見ていた騎士達から声にならないどよめきが上がり、周りの空気を揺らす。
空気の揺らぎを感じたオードリックの咳払いで、騎士達は一斉に撤収を始めてしまった。
「馬車に乗り、このままお入りください。私は先に行っております」
コーネリアを残し、オードリックは急いで門をくぐり中に入る。そして、執事長を呼びつけるとすぐにコーネリアを迎え入れる準備を進めた。
未だ門の辺りでうろついている騎士達をひと睨みし、「何も見るな。何も言うな。何も考えるな」と合図を送ると、察しの良い騎士達は冷や汗をかき震えながら頷いていたのだった。
「これは、これは、キャリスタン令嬢様。王都の邸宅以来でございますね。ご無事にお着きになりよろしゅうございました。どうかこの屋敷中、ご自分の家だと思い心ゆくまでお寛ぎください」
恭しく頭を垂れる執事長に「ありがとうございます」と微笑み返すコーネリア。
そんな二人のやり取りを見つめる、この地の主の視線。
その視線を背に感じながら、執事長は「やれやれ」と息を漏らす。
こんな老体にまで嫉妬の炎を燃やす暇があるのなら、彼女の手を掴み離さなければ良いものをと、我が主の情けなさを嘆くのだった。




