7:それぞれの想い
「ねぇ、お姉様。相談があるのだけど……」
クローディアが姉であるマルヴィナに相談を持ちかけたのは、皇弟ノエルが不在の時だった。
「いいわよ、どうしたのかしら」
「それがね……」
クローディア曰く、いつも自分の護衛に立ってくれるノエルに何か御礼がしたいのだという。
マルヴィナから見ても、ノエルがクローディアに抱く好意は明らかであった。
そんな御礼などしなくても良いのではないかと思う反面、妹のそんな態度がいじらしくも感じる。
「だったら、今度一緒に街に行ってプレゼントを選んでみない?」
「はい、是非お願いします!」
こうして、急遽姉妹二人での帝都での買い物が企画された。
お忍びとはいえ皇妃とその妹、おいそれと街を歩ける立場ではない。
二人を守るべく何人もの護衛が極秘裏に付き従うことになった。
これに驚いたのは、ノエルであった。
いつものようにクローディアの護衛には自分が就くものだとばかり思っていたが、名指しで外されてしまったのである。
その分帝国騎士団から精鋭達が選ばれていると言われても、いまいち納得出来るものではない。
「兄上、俺は何か彼女に嫌われることをしてしまったでしょうか……」
「そんなことはないと思うが」
事情を知る兄デイルは、一人笑いを噛み殺していた。
下手にノエルに事情を話せば、マルヴィナから怒られるのは必至。
話すに話せないが、落ち込む弟の姿は気の毒に思う反面、そんな様子さえもクローディアとノエルの二人の親密さを感じさせて笑顔が零れそうになる。
「たまには女二人で買い物をしたい時もあるのだろう」
「しかし、護衛くらいは……」
「他の者達が護衛に就いているのだから、良いではないか」
言われて納得出来るノエルではない。
自分が外された理由を考え、一人悶々としては、雑念を払う為に剣に打ち込む。
訓練場に赴けば、馴染みの騎士達と出くわす。
その視線がまた意味ありげで、あれこれと勘繰ってしまう。
どうして自分は付き添えないのに、彼等は許されているのか。
集中することも出来ず、剣に打ち込もうとしても、結局気が散ってしまう。
己の修行不足と思う反面、どうしてこんなにも落ち込んでしまうのか、自問自答を繰り返した結果、
(俺は──)
淡い想いを自覚する寸前で、ノエルはかろうじて自分を押し止めていた。
自覚したところで、拒まれた身なれば、辛い思いをするだけだ。
それならいっそ、全てを忘れてしまった方が良いだろうか。
いや、自分の下心はともかくとして、恩人の身の安全を願う気持ちに変わりは無い。
多くは望まない。
せめて護衛騎士として傍に居られればそれで良かったのに、それさえ拒まれてしまった。
(いったい、どうしたら……)
毒で臥せっていた時でさえ、ここまで鬱々としたことはなかった。
あの時は、全てを諦めていた。
しかし、そんな自分に光を差し伸べてくれた人物が居た。
彼女の為に、この身を捧げようと思っていたのに──それすら叶わないとは。
クローディアとマルヴィナが二人で帝都の街に出掛けた日。
帝城に戻ってきたクローディアの表情がやけに晴れやかだったのが、余計にノエルの胸を締め付けた。
その日の夕刻。
他の騎士達が引き揚げた後も一人訓練場に残って剣を打ち振るノエルの元を、クローディアが訪れた。
全てを忘れるかのように無心で剣を振るノエルの姿に、一瞬クローディアの歩みが止まる。
長く伸びる影。
茜色に染まった景色の中、頬を伝う汗がやけに眩しく感じられる。
つい最近まで病床に臥せっていたとは思えぬほどの身のこなし。
あまりにストイックなノエルの鍛錬、彼の姿勢に、暫しクローディアは目を奪われていた。
「……クローディア嬢?」
気配に気付いたノエルに声を掛けられ、ようやく我に返る。
「あ、あの、お邪魔してしまったらすみません!」
「いえ、そんなことは決して……」
ぎこちない二人の会話。
二人ともがそれぞれに互いを意識して、上手く言葉を紡ぐことが出来ずに居る。
沈み行く夕陽。
少しずつ冷えていく空気の中、無言で対峙する二人。
どちらも視線は逸らしたままに、先に口を開いたのはノエルの方だった。
「今日はお出かけしていたと聞きました。お疲れのことでしょう」
「あ……」
それが自分を心配する言葉と気付いて、クローディアが視線を上げる。
逸らした眼差し、ノエルの表情は、どこか物憂げだった。
「それで、あの」
意を決したように、クローディアが声を上げる。
ようやく、ノエルの視線がクローディアを捉えた。
「これを……ノエル様にお渡ししたくて……」
クローディアの手には、綺麗にリボンが掛けられた小箱があった。
その小箱に視線を落とし、ノエルが紅色の瞳を数度瞬かせる。
「俺に?」
「はい」
ノエルの大きな手が小箱を受け取ると、今度は視線を逸らすのは、クローディアの方だった。
ガサリ、と包み紙を破く音が響く。
「あの、いつもお世話になっている御礼……なので、どうかお受け取りください」
いたたまれず、クローディアがそれだけ言い残し、訓練場を後にする。
ノエルの手の中には、小箱に収められた柄飾り──剣の柄に付ける装飾品が握られていた。
剣を第一として、贅沢を好まぬノエルの為に選んだ品なのだろう。
実戦で剣を振った際にも邪魔にならぬように、華美な房などは付いておらず、あくまでシンプルに柄を彩るものだ。
「ひょっとして……今日は、これを買いに……?」
ようやく自分が護衛から外された理由を察して、ノエルの頬に赤みが差す。
訓練場を後にしたクローディアを追いかけるノエルの足取りは、それまでになく力強いものだった。
ノエルとクローディアが同じ時を過ごし、ゆっくり想いを育む中、帝城に賓客が訪れた。
カヴィル王国の国王ルイス・カヴィルと、その跡取りである王太子トリスタン・カヴィルの二人。
王国の軸となる二人が揃って国を空け、他国を訪問することなど、前代未聞だ。
それだけ、この訪問が大きな意味を持つことを示している。
皇帝デイルが王国に充てた文に認めた通りに、クローディアを再び迎え入れる為に、揃って来訪したのだ。
「君は顔を出す必要はない。療養の為に我が国を訪れたのだし、そんな人を出せという方が乱暴なのだからな」
クローディアとの面会を求めるカヴィル王家に対し、デイル皇帝の態度はあくまで毅然としたものだった。
自身が間に入り、全面的にクローディアを庇う構えだ。
「彼女が応じなければならない理由など、何一つ存在しない。私と皇妃で応対する。ノエル、お前はクローディア嬢を決して一人にするな。あのような無礼な輩と、万が一にでも鉢合わせることが無いようにな」
「はっ」
怒気を露わにするデイル皇帝に、ノエルが短く応じる。
そんな二人のやりとりを、クローディアは不安な眼差しで見つめていた。