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4:決別

「トリスタン貴様、王太子妃教育を施した令嬢と婚約破棄するとは、何事だ!」

「そうよ、一体何を考えているの!?」


カヴィル王国最高権力者である国王夫妻からの叱責は、息子であるトリスタン王太子に向けられていた。


「しかし父上、母上、お二人もこの件には賛同してくれていたではありませんか」

「ええい、落ち着いて考えたらそんなこと許されるわけがなかろう! すぐにハーシェル公爵令嬢を連れ戻せ!!」


どうして自分達が賛同していたのか、それすらも分からぬままに、国王夫妻が王太子へと命令を下す。


「しかし、僕は既にアリエルと婚儀を挙げております……」


そう。

たとえクローディアを再び王城に招いたとしても、既に自分は既婚の身。

彼女を王家に縛り付けることなど出来ないのだ。


「む、むぅ……」


その事実を指摘すれば、国王ルイス・カヴィルの眉間に皺が寄る。

門外不出の王太子妃教育を施した令嬢を、野放しにしておく訳にはいかない。

だからといって、無下に扱うには公爵令嬢はあまりに身分が高すぎる。


「とにかく、ハーシェル公爵と令嬢を王城に呼べ!」


国王の指示で、従者達が動き出す。

彼等もまた、国王に具申する立場にありながら、王太子妃の婚約破棄などという大事に何も意見が出来なかった。


一体この国で何が起きているのか……その事態を正しく把握出来ている者は、ここには居ない。




カヴィル王城、謁見の間。

登城した貴族達が王家との謁見に用いる場に、ハーシェル公爵ファーディナンドとその嫡男ケヴィン・ハーシェルが(ひざまず)いていた。

恭しい態度で頭を垂れる二人だが、その場にクローディアの姿はない。


「ハーシェル公爵、クローディア嬢は……」

「娘は度重なる心労により、現在療養中でございます」


臣下の礼をとり、あくまで口調は丁寧だが、ハーシェル公爵の言葉は明らかに皮肉が込められていた。

長年王太子妃教育を受けた令嬢が瑕疵(かし)もないのに一方的に婚約を破棄され、その結婚式にも参列していたのだ。

事実、クローディアの心労は如何ばかりだっただろう。


「さ、さようか……して、令嬢は今どこに?」

「帝都リンドルにおります」


帝都リンドルと聞いて、国王の顔が青ざめる。

帝都リンドルとは、すなわちリンドグレーン帝国第一の街。

クローディアの姿は、既にこのカヴィル王国にはないということだ。


「ど、どうして帝国などに──」

「あちらには、皇妃として嫁いだ長女がおりますれば」


婚約を破棄され、傷付いた令嬢が、姉の嫁ぎ先に療養に向かう。

それ自体は、何もおかしなことを言っていない。

それだけに、国王も反論することが出来ず、唇を噛みしめる。


「……仕方在るまい。こちらから、帝国に使者を出そう」


使者を出して、今更何とするのか。

深々と垂れた頭の下で、ファーディナンドは重いため息を吐いた。




場所を謁見の間から応接室に移して、国王とハーシェル公爵親子の話し合いはなおも続けられた。

場を移したからには、ここから先の話は他の者には聞かれたくないということ。

ハーシェル親子が応接室に現れてすぐ、開口一番に国の最高権力者である国王が頭を下げた。


「婚約破棄の件、すまなかった」


口調は横柄であったが、国王が臣下である貴族に頭を下げるなど、前代未聞のことであった。

とはいえ、頭を下げられたからといって、娘を傷つけられたハーシェル公爵の怒りは収まらない。


「そうですね、賠償も何もなしに我が娘との婚約を一方的に解消されるとは、思いませんでした。これまであの子が王家の為に費やしてきた年月をどうお考えなのか、よく理解出来ましたとも」

「そ、そのことだが……」


ハーシェル公爵がこの件を腹に据えかねていることは、その攻撃的な口調からも明らかだった。

彼を宥める為に、国王がぎこちない笑みを浮かべる。


「既にトリスタンは王太子妃を迎えた訳だが……れ、令嬢さえ良ければ、彼女を側室に迎え入れようではないか!」


第一夫人の座は既に明け渡したが、第二夫人の座を用意する。

そのように提案されて、ファーディナンドの整った眉目がピクリと歪んだ。


「市井の女性ならばまだしも、公爵令嬢を側室に迎え入れると……?」


現存するカヴィル王国の貴族家で、公爵家ほど爵位の高い家はない。

その最高位の貴族令嬢を、正妻ではなく側室に迎え入れるという。

その申し出に、さしものファーディナンドも表情を引き()らせる。


「お断りします。陛下はそこまで我が家を(ないがし)ろになされるか」

「そ、そういうつもりでは……」


怒りを滲ませるファーディナンドの迫力に、国王がたじろぐ。


「父上、もう良いでしょう。これ以上不快な思いを重ねたくはありません」

「そうだな……」


嫡男ケヴィンの言葉に、ファーディナンドがため息を吐く。

王家からの話によっては様々な事態を覚悟していたが、やはりこれ以上王家に対して忠誠を誓い続けることは難しそうだ。


「恐れながら陛下、我がハーシェル家は公爵の位を返上させていただきます」

「なんだと!?」


突然の申し出に、国王が声を上擦らせる。

もっとも、突然と思ったのは国王のみ。

ファーディナンドとケヴィンは、既にこうなることも想定済みであった。


「領地と領民の管理は、従弟であるバーレイ伯爵に引き継いでおきます」

「待て、爵位を捨ててこれからどうするつもりだ!?」


追いすがり、腰を浮かしかけた国王に向けるファーディナンドの視線は、正に氷点下であった。


「何と言われようと、これ以上この国には関わりたくありませんので……失礼します」


()公爵と、その息子がソファーから立ち上がり、応接室を出ていく。

バタン……と音を立てて閉じられた扉は、彼等からの拒絶を物語っているようだった。




「さて、父上……これからどうしましょうか」


王城を出て公爵邸に戻る馬車の中で、ケヴィンの声は不思議と弾んでいた。


「そうだなぁ。屋敷や使用人達のことは、万事バーレイ兄弟に任せておけば大丈夫だとは思うが……」


従弟のバーレイ伯爵家とは、家族ぐるみの付き合いだ。

彼等もクローディアを可愛がり、なにかと面倒を見てくれていた。

ファーディナンドが抱く怒りも、憤りも、彼等ならば理解してくれるだろう。

後を託すのに、彼等ほど信用の出来る相手は居ない。


「まずは帝国に行って、クローディアと話をして……それから考えよう」

「帝国……は、他国出身の者でも文官として雇ってくれるでしょうか」


ケヴィンの言葉に、ファーディナンドが首を傾げる。


「なんだお前、興味があるのか?」

「ええ、領地の経営を学ぶ中で、いずれは国の経営にも携われたらと考えておりました」


将来の夢を語る息子に、ファーディナンドが眩しそうに目を細めた。


「まずは身の回りのことを済ませて、我等も帝国に向かって……全ては、それからだな」

「はい、父上」


王国貴族としての身分は失っても、二人の先には幾つもの選択肢が、そして大きな未来が広がっている。


──まずは、誰よりも愛しいあの娘の元へ。

すべては、それから始まる。

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― 新着の感想 ―
国王も操られてたとか抜きにヤバいですね…。
毒親や姉妹差は読んでて疲れますが家族愛や絆の深さを感じれる様にほっこり
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