第6話 ニート卒業!
私は赤い魔石を拾うと、荒く息を吐きながらコメント欄に視線を送る。
配信の視聴者は驚くことに、10万人を越えていた。
『おおおおおお!』
『勝ちやがった!!』
『スゲー!』
『カッコいいー!』
『マジかよやりやがった!!』
『Σ(゜∀゜ノ)ノお姉ちゃんスゴー!』
『よく頑張ったな』
『おめでとう』
『(≧▽≦)ノきゃー!』
『イナリ最強イナリ最強!』
『ゲームみたいな動きをリアルでやるとか最高すぎんだろ!』
『これは高評価だわ!』
『マジかよ! ブラッディベアーソロ攻略!?』
『しかもイレギュラー個体だし、ドロップアイテムも出てる!』
物凄い速さでコメントが流れている。
レベルアップしたお陰で動体視力が上がり、全てを読むことができた。
「ぁ……」
その中に家族のコメントがあり、胸が温かくなる。
すぐに反応を返そうとしたけど、カラオケで熱唱したように喉がカラカラだった。
私はゲーミングデスクに置いてあるペットボトルを手を取り、浴びるように水を飲む。
「んぐ、んぐ、んぐ! ぷはぁ〜! 水うまーーーーーーーーーーーーーー!!」
水神祈15歳、魂の叫びである。
砂漠を三日間彷徨った後に飲む水のように格別だった。
火照った体に心地良く、カラカラだった喉に潤いが戻っていく。
そうして勝利の美酒を飲んだ後、私は赤い魔石をドローンにかざした。
「ブラッディベアーの魔石ゲットだぜ! イナリ流の攻略法はどうだった?」
『真似できるかぁ!』
『まずはダンロボを用意します←最初の工程で金なくなるわwww』
「ふふ。ちなみに、魔石は魔力が凝固したドロップアイテムで、属性によって色を変える性質を持ってるよ。本来ブラッディベアーは無属性なんだけど、やっぱり火属性の魔素に適応してたみたいだね」
魔石は菱形で、色は内包している魔力の濃度に左右される。
ステータスの魔力が高いほど濃くなるのだ。
「ダンロボが持っているから小さく見えるけど、大きさはマウスとおんなじくらい。あ、鳴き声はチューじゃなくてカチッの方だよ」
そう言いながらマウスをカチッとクリックする。
『鳴き声てw』
『動物の方でもあながち間違いじゃなくねwww』
思った通りの反応だ。
10万人に見られていると思うと、プレッシャーに押し潰されそうになる。部屋にいるのに引きこもりたくなるくらいだ。
だけどその分、こうやって楽しんでいる反応があると、物凄く嬉しかった。
『魔石かー、何に使うんだろう』
『火の魔石と言えばやっぱアレじゃね?』
『いやいや、生産スキル持ってない個人じゃ使い道ないし売却一択だろ』
みんな魔石の使い道が気になるようだ。
イレギュラー個体の魔石は希少価値が付くため、買取価格は高くなる。
私は生産スキルを持っていないため詳しく知らないけど、本来適応しないモンスターがその魔素と適応したということは、めっちゃ適応率が高いことを意味している。それが武器やアイテムを作る時に影響するのだろう。
けれど、私は自分の手で奪った命を他の誰かに委ねるつもりはなかった。
「これは使い道が決まるまで、記念に取っておくことにするよ! もしも何かに使うって決まったら、その時は報告するね」
私の決定に視聴者は仕方ないなーという空気を醸しながら論争をやめる。
その後、名前を隠したステータスカードを画面に映し、ブラッディベアーの討伐結果を発表すると、配信を閉じることにした。
「それでは、本日の配信はこれで終わりたいと思います。『えー、新スキル見た〜い』とか言ってる子は巻き戻してもらって、そうしたら手の平くるって返すと思う。正直、疲れた……」
ブラッディベアーを倒すために頭を限界まで回し、もうヘトヘトだ。
こんな状態でダンジョン探索を続けるわけには行かない。
「私と妹、それから両親の協力もあってスタートしたダンロボでのダンジョン配信。こんなにも大勢の人に見てもらえるなんて、夢にも思っていませんでした」
想定を遥かに上回っていた。
私はダンロボの発売日に配信を始めたわけではないため、正直上手くいくか不安だった。
でも今は、ダンロボの操作方法を時間をかけてマスターしたからこそ、上手くいったのだと思える。
『(^ ^)楽しかった!』
『ダンロボの操縦上手くてビックリしたぜ!』
『明日は三層行くの?』
ダンジョン配信をして良かった。
配信をしていなければきっと、私は一人で寂しかっただろう。
みんなが見守ってくれたから、寂しさなんて感じる暇がないくらい楽しかった。
「最後までご視聴いただき、ありがとうございました! 楽しんでもらえたなら幸いです。また見たいと思った子は是非、チャンネル登録と高評価をお願いします!! 配信はXXで告知するので、そちらのフォローもよろしく♪ それじゃあ、ばいばい。またね〜〜〜〜」
シメの挨拶を終えると、エンターキーを押して配信を閉じた。
※
「配信、大成功だったなぁ」
ダンロボを個人倉庫に戻した後、スマホでダンジョンレコードを開く。
氷神イナリのチャンネル登録者数が毎秒掛け算されてんのかってくらい増えていた。配信の再生回数も見る見る内に増えている。
「ふふ、こいつら私に好かれたいからって嘘ついてんな〜」
コメントに思い思いの感想が書かれていた。
その中には『ダンロボ買います』とか『家で働けるとか最高じゃね? これは買うしかない……!』とか言っている奴がいた。
期待はしてないけど、誰か一人でもダンロボ使いになってくれたら良いなと思いながら、私はモニターに向き直る。
「随分とボロボロになったな」
ダンロボの損傷を確かめる。
何度も吹き飛ばされたその体は、所々に傷がついていた。特に両腕が酷く、右腕に至っては動作に違和感を覚える。
「修理に出した方がいいな。ああ、お金が飛んでいく……」
一万円札の群れがバサァと羽を生やして、光の梯子が降りている青空に向かって飛んでいく姿を幻視する。
アレがなかったら赤字確定だった……。
「お? 討伐報酬と売却金キター!」
報酬の支払い通知がスマホに届いた。
ダンジョンから帰還した後、私は受付でドローンの提出(討伐モンスターの報告)とドロップアイテムの換金をしてもらったのだ。
「ブラッディベアーには感謝だね」
イレギュラー個体になるために、奴は沢山のモンスターをボコして力をつけていた。その時にドロップした魔石を収集していたので、使い物になる魔石をありがたく頂戴したのだ。
私は幸運のステータスが低く、回収用のバッグを持っていなかったが、モンスターが逃げてくるお陰で持ち帰ることができた。
ブラッディベアー君もきっと魔石コレクションが活かされて、草葉の陰で泣いて喜んでいるだろう。
「さーて、おいくら万円かな〜♪」
まずは討伐報酬を確かめる。
ゴブリン×18、コボルト×1、イレギュラー:ブラッディベアー×1を合わせて、10万2000円だ。
討伐報酬は本来微々たるものだけど、ブラッディベアーのお陰でありえんくらい高かった。
「えっと内役は? ブラッディベアー10万円、おー! コボルトは200円かー。ゴブリン100円ゴブリン100円ゴブリン100円ゴブ……ちょっと待って。私のトラウマ100円? え、ワンコイン?? 私のトラウマ安すぎんだろ!!」
今では乗り越えられたから何とも思わないけど……やっぱり嘘だ。泣いていいかな?
「魔石の買取は……5個で1万円」
属性のないモンスターの魔石だから、安いと思うか高いと思うかはその人次第だ。
〆て本日の収入は11万2000円。
借金返済までは残り、688万8000円だ。
修理費が幾らになるか分からないけど、今日のように探索を繰り返せば、きっと借金は返済できる。
「明日からも無茶やらかすと思うけど、これからもよろしくね、相棒」
私はダンロボに微笑みかけて、パソコンの電源を落とした。
頭からヘッドホンを外す。
今の今まではダンロボから聞こえる音があったけど、それがなくなったからか……とても静かだった。
窓から差し込む光は茜色に染まっていて、友達が帰った後のようだと小学生の頃を思い出した。
「はぁー、疲れた〜」
私はゲーミングチェアに背中を倒しながら、両手を組んでぐっと天井に伸ばす。固まっていた筋肉が解れて、その心地良さに目を細めながら手を下ろした。
初めてのダンジョン探索はこれにて終了。
これでようやく。
「ニート卒業だ」
私は覚醒者としての役目を果たし、新たな一歩を踏み出した。
その世界に足を踏み入れた以上、もう後戻りすることはできない。
私は本当の意味で、今日モンスターを討伐する覚醒者になったのだ。
「ふふ、これで私にニートとか言ってきた連中を見返せるな♪ 特に『ニート働け』とかダイレクトメッセージを送りつけてきた委員長。奴は許さん」
私は良いことも嫌なことも絶対に忘れない系女子。
だからいつかは目にモノを見せてやると、ゲーミングチェアから立ち上がった。
──ピロン
不意にメールの着信音が鳴った。
誰だろう? そうスマホを手に取る。
「……………………え゛っ」
差出人の名前は成瀬美羽、委員長の名前だ。
私は嫌な予感を覚えながらメールをタップして、開く。
『ニート卒業おめでとう。今日は随分と働いたみたいだね。だからもう、次の月曜日からは学校に来れると思うんだ。というか、氷神さんじゃなくて水神さんは出席率悪いから、そろそろ学校に来ないと除籍されるかもしれないよ?』
「────────────────────」
メールなのに不思議と威圧感がある。
委員長の性格の悪さが滲み出ていた。
「ば、バレてる!? 配信したのが私ってバレてーる!? な、なんでぇー!? しかも除籍!? 除籍ぃ!?」
それをさせたら学生証は使えなくなり、ダンジョンに潜れなくなる。
強くなることもできないし、借金も返せなくなる……!!
学校に行かないといけない。
「まじで?」
私はクラスメートのゴミを見るような目を覚えている。次席として入学した私は、ちょっと調子に乗ってモンスターなんてよゆーよゆーと自己紹介で息巻いて、お前らとは違うんだ〜的な選ばれた者アピールしちゃったから仕方ないんだけども……!
あれ以来、知らない人から視線を向けられるとどうしても体が萎縮してしまう。コメント欄なら文字だから怖くないけど、人の目は無理だ。無理なのだ。
「ど、どどどどうしたら……!?」
頭を抱える。
学校に行きたくないけど、行かなければ人生が詰む。
「ああ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
疲れ果てた脳みそでは答えを見つけることができず、ただただ叫ぶことしかできなかった。
そうやって始まった私の覚醒者人生は、きっとこれからも予想外のコトが起き続けるのだろう。
でも今だけは、この現実から逃れるために、私はスマホの電源を落として未来の私にブン投げた。
「そいやー! よーし、お腹すいたしリビングに行こっ♪ 今日の夜ご飯は何かな〜」
そうして現実逃避した私は、疲れを癒すためリビングに向かったのだった。
夜ご飯は準備されていて、私の大好きな手巻き寿司だった。