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第5話 格ゲーマーの底力





 ブラッディベアーは「初心者殺し」という異名を持っている。

 それはスキルを持った唯一の上層モンスターだからだ。

 今では攻略法が確立され、初心者殺しの異名を返上しつつあるが……。


『ブラッディベアーの攻略はソロじゃあ無理だ! 逃げろ!』

『しかもイレギュラー個体だぞ!』


 ブラッディベアーは身体強化時、頭に血が上ったように視野が狭くなる。その死角をつく連携が攻略の鍵だ。

 私はソロだからその攻略法は使えない。


『今更だけど、何でソロでダンジョン潜ってんだよ!?』


 悲鳴が聞こえるようなコメントに、私も悲鳴を上げるように。


「ボッチだからだよ! 言わせんな!」


 そして、目の前に集中する。

 逃げたくても逃げられない状況だ。

 後ろには壁があり、前にはブラッディベアーがいる。

 その横を通ろうとしたらどうなるのかは、コボルトが身を以て証明した。


「私のスキルは自分で言うのもなんだけど、反則じみた強さをしてるから大丈夫!」


 私はキーに指を走らせ、ダンロボに記憶したスキルモーションを呼び起こす。

 覚醒者はスキルと武術を組み合わせたり、スキルの威力を上げるために特殊な動きが必要だったりする。そのため覚醒者のスキル動作モーションを記憶し、再現する機能がダンロボには備わっていた。


 ダンロボは、格闘ゲーマーなら誰しもが一度は見たことのある構えを取る。

 両手の中に水が生まれ、球状に渦巻く。

 その腕を突き出した。


「〈波動水はどうすい〉!」


 波打つ水の波動が真っ直ぐと突き進み、ブラッディベアーに直撃する。

 その前に奴は両腕をクロスして、水球を防いだ。と同時に両腕を引きながら爪で水を切り裂き、吹き飛ばす。

 バシャァ! と周囲に水が散る中、私はダンロボを前進させていた。元よりその水は目眩しだと、ガラ空きの胴体に拳を打ち込む。 


「〈氷冷拳ひょうれいけん〉!」

「グァ!?」


 拳は冷気を纏いて、ゼロ距離で凍結の息吹を叩き込む。

 一瞬にして、ブラッディベアーの左胸が凍った。


「波動水は遠距離の水攻撃ができて、氷冷拳は攻撃した部位を氷結状態にする。これが今ある私の全力スキルだよ」


 微笑みながら視聴者に説明する。


『スゲ!!!!』

『初めて見た!』

『状態異常付きのレアスキル? マジか……』

『\( 'ω')/ウオオオオオアアアーーーッ!』

『やったか!?』

『カッコいい!』

『二属性に適応して、綺麗にそれぞれの属性スキルを発現させてる!?』

『流れるような連撃!』

『予測ハンパな! 調べてみたらダンロボの操作ってラグがあるのに……!』

『待って、そのポーズに見覚えが……』


 コメントの流れが加速している。

 イレギュラーとの遭遇により、視聴者が増えていた。


「グァ……」


 ブラッディベアーは息苦しそうに呻いている。

 無理もない。

 冷気は胸から肺を、そして恐らくは心臓を凍らせている。

 イレギュラーとはいえ死からは逃げられない。

 こいつらは未知の能力を持っていることが多く、能力を解明してから倒すか、未知の能力を使わせずに倒さないといけない。

 私は一瞬で決めれる自信があったので、後者を選んだ。


「え?」


 全身に巡っている血管のような模様が赤く輝き出し、ブラッディベアーの剛腕が振るわれる。

 重々しい衝突音が鳴り、ダンロボが吹き飛ばされた。メインカメラが激しく揺れ動き、壁に背中がぶつかる。

 ドローンはブラッディベアーの変化を見逃さなかった。

 高温を発しているように空気が揺らめき、赤い模様から炎が迸る。


「グアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 咆哮、そして炎が噴き上がった。


「炎上したーーーーーーーーーーーーー!?」


 胸の氷が溶け落ちる。

 赤い炎が洞窟内を熱く照らし、周囲に飛び散っていた水が蒸発していく。

 その白煙を背負いながらブラッディベアーは両手を下ろした。


 本来あるべき四足歩行の姿勢になり、赤い眼光でダンロボを睨む。

 画面越しなのに蛇に睨まれたカエルのように手の動きが止まり、ブラッディベアーが走り出してきた。

 巨体で地面をかける姿はトラックのようで、一歩を踏み締める度に炎が空気を焦がす音と重たい風切音が発生する。

 そして、ブラッディベアーは速度に乗ると巨体を起こした。


「グアアアアア!」


 勢いを乗せて、赤熱化した爪を振り下ろしてくる。

 両腕を交差して受け止めた。

 そう思ったのは私だけで、魔鉄ダンロボの腕を深々と切り裂かれる。


「嘘っ!? いや、切り替えろ! 生身だったら熱を感じてた! どうと言うことはない!」


 炎は見掛け倒しだと冷静になる。

 ブラッディベアーは獲物を追い詰めるように、連続で爪撃そうげきを繰り出してきた。

 それを両腕で防ぎながら、生半可なカウンターは意味がないと観察に努める。

 1秒、2秒、3秒と地獄の猛攻を凌ぎ、左右連続爪撃ラッシュ・クローの間隔を把握した。

 格ゲーマー舐めんな。


「ここ!」


 右の爪攻撃を左腕で防ぐ。

 同時にダンロボは右手を拳の形に変えて、顔面にカウンターを叩き込む!


「グァ……!?」


 顔に攻撃を受けたことで怯み、後ろにたたらを踏んだ。

 すかさず右腕を掴み、引き寄せる。ダンロボを半回転させ、遠心力を利用して、ブラッディベアーを壁に投げ飛ばす。


「攻守交代! 今度は私がお前を攻め立てる番だ……! おらぁぁぁぁぁぁぁ!」


 吠える。

 拳の雨を降らせた。

 一定のリズムは作らない。


「グラァァァ!!」


 ブラッディベアーは怒り狂った様相で、殴り返してきた。ダンロボと打ち合っている。

 凄まじい打撃音が洞窟内に鳴り響く。その迫力に圧倒されたのか、視界端にあるコメント欄が沈黙していた。

 攻撃力は奴の方が高く、ダンロボは後退させられる。


「〈波動水〉! 織り込み済みじゃー!」


 冷静に渦巻く水の波動を撃ち出した。

 炎を纏っているため蒸発するが、一気に全部が消えるわけではない。

 その水攻撃で壁から距離を置かせないように足を止め、すぐにダンロボを向かわせることで有利状況を維持する。

 壁を利用するのは格ゲーマーの十八番だ。


「グァ、グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「何それ!?」


 体に纏っている炎がブラッディベアーを中心として球状になり、次の瞬間、爆発した。

 炎を圧縮・解放する技なのか、ダンロボが吹き飛ばされた。


 ブラッディベアーは荒く息を吐いていて、体に纏っていた炎が消えている。自分を巻き込む自爆技だったようで、体毛が焦げていた。

 それでも壁から解放されたことを喜ぶように雄叫びを上げ、全力で走ってタックルをかましてきた。


「マズッ……!」


 ダンロボは身軽に動けない。

 直撃と轟音──そして横転する。

 ブラッディベアーが追撃の手を振り下ろしてきた。

 しかし階段を転がり落ちた経験が生き、冷静に転がって躱し、すぐにダンロボを起き上がらせる。


「ふぅー」


 熱い。

 ダンロボを操作しているだけなのに、本当にダンジョンにいるように体が火照っていた。

 心臓がバクバク騒いでいる。

 今までは雑魚を狩るだけで何もなかった。けど、こいつとの戦いは違う。

 勝てるか負けるか分からないから勝つために思考して、全力を尽くしている。


「私は今、初めてモンスターと戦っている」


 そんな気がする。

 額に浮かんだ汗を拭って、全神経を研ぎ澄ませた。


「グァァァァァァ!」


 ブラッディベアーはダンロボへ走り、狂ったように爪を薙ぎ払う。

 バックへステップを踏んで躱すと、一歩踏み出しながら追撃の手を繰り出してくる。

 勝負を決めに来ていた。

 だが生憎と。


「盤面は揃った」


 私は配信者として、ちびっこ達を楽しませるように決め台詞を放ち、ピアニストのようにキーを弾いていく。

 ブラッディベアーから逃げるように、大きく距離を取る。

 すると、突進の体勢に入った。


「私に何度も同じ手が通じると、思うな!」


 奴が両手を地面に着く。

 そのタイミングでダンロボは〈波動水〉の構えを取っていた。

 クセは読んだと微笑みながら、渦巻く水の波動を撃ち出す。


「グァァ!?」


 迎撃手段の手を下ろしたことで、水球を防げなくなった。

 ブラッディベアーは咄嗟に起き上がるが、抵抗虚しく直撃する。

 周囲に水が飛び散る中、最初のようにダンロボが踏み込んでいた。

 ブラッディベアーは嫌な予感を覚えたのか、心臓を守るように胸の前で両手をクロスする。


「浮け!」


 しかし〈氷冷拳〉を打つのではなく、左足を蹴り上げた。

 この戦い初めてのキック。警戒していない一撃であり、腹部に角張った鉄の爪先が突き刺さる。

 その威力はパンチよりも高い。

 ブラッディベアーの巨体が浮き上がり、横の壁に叩きつけれた。


「〈氷冷拳〉ッ!!」


 その衝撃でブラッディベアーの防御うでが僅かに綻ぶ。

 奴が足をつくまでの一瞬、針の穴に糸を通すように腕を振り抜く。空気を切り裂いた鉄の拳が胸を撃ち、氷結の息吹を叩き込んだ。

 回避不可能のコンボ。

 ブラッディベアーの心臓は今度こそ、完全に凍りついた。


「グァァ……」


 今にも死にそうな呻き声に、心臓がきゅっと締めつけられる。

 ゴブリンはビジュアルが悪だし、一撃で倒したから殺したという実感は薄かった。

 けれどこいつは違う。

 私はブラッディベアーを殺すために、攻撃の種類とパターンを把握して、動きを読み切り、コンボを叩き込んで勝利した。


「お前の敗因はただ一つ」


 配信が暗くならないように声のトーンを上げながら、私は言った。


「子供向けのダンジョン配信者を目指しているのにモザイクかけさせやがって、お前は私を怒らせた!」


 ダンロボから声は出せないため、ブラッディベアーには聞こえていないし、仮に聞こえていたとしても何を言っているのか分からなかっただろう。けれど、ダンロボでじっと最期を見届けているのを感じたのか、安らかな顔をしながら瞼を閉じた。

 その体は解れるように光の集合体になり、戦後の洞窟を仄かに照らす。

 私はブラッディベアーの魔素を受け取り、レベルアップしているのに気づいて、そして画面を見て笑った。


「置き土産サンキュー」


 そこには赤い魔石が転がっていた。



 水神祈 適性【水/氷】 レベル5 

 HP:20 MP:22

 魔力:15 筋力:15 器用:14

 防御:11 敏捷:9  幸運:1


 スキル 〈波動水〉〈氷冷拳〉〈アクアダッシュ〉〈氷冷脚〉



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