第19話 薄氷を踏む
「まだ立ち上がれるだと?」
タッツォが驚いた様子で振り返る。
ダンロボの右腕は損失し、傷がない所を探すのが難しいくらい傷んでいた。それに対する黄金のゴーレムは無傷だ。
力の差は歴然だった。しかし、その差も縮まってきている。
タッツォの判明スキルは〈ゴーレム作成〉〈岩壁〉〈マッドショット〉〈マッドウェーブ〉〈濁流〉〈フラッシュドライ〉。身体能力的にレベルは10〜15前後だ。
レベルダウンしている間、獲得した上位スキルが使えるかは分からない。
だが、高レベルスキルを使えるならば、もっと早くに決着が着いていた。
無論MP問題もあるだろう。
以上の理由からタッツォの使用可能スキルは、その六つプラスαと考えられる。
「盤面は揃った」
私は配信者として、誰もが心踊るような決め台詞を言い放ち、ピアニストのようにキーを弾いていく。
タッツォは警戒するように身構えた。自分の常識が通じない相手と戦う時に取る方法は、私達がイレギュラーと遭遇した時に似ていた。
相手を観察してから倒すか、未知の能力を使われる前に倒すか。
タッツォは戦闘経験が少ない生産系モンスターだから、後者を選ぶと思ったよ。
「〈アクアダッシュ〉」
「何を……? いや、まだ残っているだと!?」
私はドローンで位置を把握していた、ダンロボの右腕を掴みに行く。
モンスターならば、取れた瞬間に魔素に変わる物だ。
それを取った瞬間、ダンロボは次の動作を始めている。
「〈波動水〉」
渦巻く水の波動を生み出す。
タッツォは警戒しているが、私は撃ち出すのではなく維持する。その水の中に右腕を投げ入れ、壊れた右腕を突っ込んだ。
「〈氷冷拳〉」
ダン! 水が衝撃で散り、凍りついていく。
壊れた右腕は氷結状態になり、一時的に繋がった。
私は氷に覆われた腕の動作を確認する。破損部分は動かないが、肩部分を動かせば使い物にはなる。
「もはや回収という考えは捨てよう。我が全力で貴様のゴーレムを破壊する。〈濁流〉〈濁流〉〈濁流〉これで、チェックメイドだ」
家を飲み込むほど巨大な泥水の波が迫りくる。進行方向に転がっている、討伐隊が破壊したゴーレム達を飲み込んで襲いかかってきた。
ヘッドホンを通して激流の音が近づき、心臓が鷲掴みされたような感覚に陥る。
私はダンロボと一体化するような没入感の中、攻撃を対処するために指示を出す。
ダンロボは波に走り、大きく跳躍した。
「終わりの〈クリエートゴーレム・マリオネット〉だ」
タッツォの目の前に生まれたゴーレムが糸に操られるように空中を移動し、手の届かない位置から岩の拳を落としてきた。
その頭部を狙った一撃に、攻撃が来るのを予測していた私は。
「〈氷冷脚〉で対処」
ダンロボの踵を落として濁流を蹴り、波を凍らせた。
その薄氷を踏み、前に躍り出る。
ゴーレムの拳は後ろをスカ振りして、ダンロボは濁流を飛び越えた。
「足が沈む前に凍らせれば問題ない!」
視界端にあるコメント欄が加速したのを感じながら、タッツォの前に着地する。
ようやく、私の得意な距離に来た。
「〈マッド──!」
「そのゴーレムが最高傑作ならフル性能で挑んでこいチキン野郎!」
インファイトの間合いだ。
タッツォがスキルを発動するより早く、胴体に拳を撃ち込む。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
吠える。
左右に絶え間なく移動しながらラッシュを叩き込む。
しかし硬い、硬い、硬すぎる。どこを殴っても返ってくるのは硬質な音だけ。逆にタッツォの拳に当たった場所は凹んでいく。
だが、近接戦闘は慣れていないのか動きが鈍い。
私はタッツォの攻撃を避けながら、防御力は上がっても筋力や速度は上がっていないと確信を抱く。
ゴーレム鎧を身に纏ったのに、執拗なまでに遠距離攻撃を続けていたわけだ。
「やっぱり弱点はそこか!!」
「ぬおっ!?」
私は被弾覚悟で地面を蹴り、タッツォの顎を拳でかち上げた。
ゴーレム鎧に入り、視界を確保するためタッツォは兜部分に目を置いている。
そのため顔に衝撃を受けると、たたらを踏んだ。
「我はダンジョンマスターの幹部! 泥の魔人タッツォだ!」
タッツォは一歩踏み返し、ダンロボが地面に足を着く前に強烈な右ストレートを放ってきた。
空気を切り裂く音が鳴り、ダンロボの右腕を撃ち抜く。
氷結が砕け散り、光の粒子がキラキラと舞う。
「〈アクアダッシュ〉で浮け」
「ぬおっ!?」
しかし破壊は想定内だ。応急措置で繋いだ右腕は元より壊れやすく、それ故に衝撃がダンロボ本体に届かない。
一度限りのカウンター。
水の加速を加えたキックをタッツォの土手っ腹に叩き込む。防御力が高くても質量は大して変わらない。
故にその一撃はタッツォの体を浮かせ、壁にまで蹴り飛ばせた。
「ありがとう」
ダンロボを走らせながら、希が差し出してきたポーションを飲む。
ダンロボの右腕が無事なら持久戦を挑みたかったが、まだまだ手数は相手の方が多い。
今は予想外の状況を押しつけ、対処させる間もなく攻撃を続けている。だから優位性を保てているが、冷静になられると手数の差で片腕だとやられる。
時間が問題だ。
「速攻で仕留める」
「〈クリエートソードゴーレム・マリオネット〉!」
鋭利な岩の長剣を持った騎士型のゴーレムが創造され、途轍もない速さで迫りくる。
剣を下から掬い上げるように斜め上へ振り抜く。
「〈アクアダッシュ〉」
剣が届く前に、ソードゴーレムの顔面を撃ち抜く。
消滅させた。
タッツォは完全に焦っている。
「我が最高傑作が負けるはずがない!」
「私の相棒は絶対に勝つ!」
タッツォは遠距離攻撃の選択肢を悉く潰され、物理で殴りに来た。
血があるのかは分からないが、頭に血が昇っている。
狙いが分かりやすく、私は踊るように避けていく。
タッツォの動きに段々と目が慣れてきた。
「せいや!」
相手のパンチで伸びた腕に足技を合わせる。タッツォの攻撃をパリィして、攻撃すると見せかけてスキルを発動した。
「〈波動水〉!」
「ぐぅ……!?」
顔を狙うと水を浴びるのを嫌い、両腕をクロスした。
その水の滴る腕に拳を撃ち込む。
「凍れ〈氷冷拳〉!」
両腕を纏めて氷塊に閉じ込め、私は足関節に蹴りを繰り出す。
タッツォが膝を持ち上げ、足技を受け止めた。
「ふん!」
氷塊に亀裂が入り、粉々に砕け散った。
迎撃の拳が降りかかってきて、一度距離を取る。
ゴーレム鎧は魔法耐性があるようだ。氷結解除が早すぎる。関節部分の泥は凍っているため、間違いない。
「ふぅー」
体が熱い。
熱のこもったパソコンのように火照っている。
心臓がバクバク騒いでいた。
私は今、タッツォを倒すために全力を尽くしている。
その感覚が思考を更に研ぎ澄ませ、勝利への道筋を思い描いていく。
「盤面は順調に進んでいる。もう、終わらせようか」
「……」
応答はなかった。
私は左拳を引き、タッツォとの間合いを一気に詰める。その腕を振り抜いた瞬間、腕関節から噴き出した泥の腕に絡め取られた。
「落ち着く時間をくれて感謝する。これで、我が勝利だ」
「……」
時が止まったように、コメント欄が沈黙した。
絶体絶命の状況に絶望したのだろうか。
私は、笑みを浮かべながら言った。
「〈波動水拳〉」
新スキルの名前を。
それは波動水の発展系であり、波動水を拳に纏うというものだった。
渦巻く水の波動が泥を弾き飛ばす。
「なっ!?」
ダンロボが鋭くタッツォへ踏み込む。
全力で左腕を引き絞ると、苦し紛れに黄金の拳を撃ち出してきた。
予想通りだ。
「〈アイスガード〉」
何もない空間が凍っていき、半球状の防壁を形成する。
それが黄金の拳から私を守ってくれた。
余すことなく衝撃を吸収した氷が砕け散り、キラキラと氷の粒子が宙を舞う。
そんな中で、私はマナラインを通してダンロボに魔力を供給した。
「〈氷冷拳〉ッ!!」
渦巻く水に白い輝きが宿る。
氷結現象は攻撃時に起きるため、攻撃前は冷気と混在できた。その水と冷気が渦巻く拳を、タッツォの顔面に振り抜く。
スキルを組み合わせた必殺の一撃が空気を貫き、直撃した。
兜の隙間から中へ、激流と氷結の息吹が炸裂する。内側は氷の世界に侵され、兜の後ろから氷柱のように凍った水が伸びていった。
もう、奴にできることはない。
「我は、死ぬわけにはいかん!」
足関節から小さくなった泥の本体が出てきた。
タッツォは最後まで生きるために、壁の亀裂に這いずっている。
「貴方の死を決めるのは私だ。その私は絶対に貴方を許さない」
「なぜ、なぜだ!」
「貴方は多くの人を殺そうとした。私たち人間は許さない」
「クソ! ……なぜ、負けた」
「貴方の敗因は最初の時に決まっていた。自らの体を切り落とした時に、その魔素は私のものになっていた」
私のレベルはその時、10に上がっていたのだ。
水神祈 適性【水/氷】 レベル10
HP:32 MP:34
魔力:28 筋力:30 器用:26
防御:22 敏捷:15 幸運:1
スキル 〈波動水〉〈氷冷拳〉〈アクアダッシュ〉〈氷冷脚〉〈波動水拳〉〈アイスガード〉
目覚めた新スキルを最後の瞬間に取っておき、確実にタッツォを屠る。
そのためにタッツォの攻撃を次々と対処して見せ、焦りを生んで冷静にさせて、ただ一つ残った私に通じた手段を選択させた。
まるで、その選択が唯一の活路だと思わせるために、思考を誘導したのだ。
ちなみに、〈波動水拳〉が思ったスキルと違った場合は、タッツォの引き寄せを利用して〈アイスガード〉+〈氷冷拳〉を叩き込むつもりだった。
「……そうか、我は死ぬのか。最後に、名前を聞かせてくれないか?」
「私は氷神イナリ、このダンロボで世界を変える女だよ」
私はタッツォに追いつく。
「氷神イナリ、お前はきっと美しいのだろうな。我が本体は醜く、故に我は美しい物になりたかった。ゴーレムを生み出し、纏うという発想も変身願望の表れである。だが、ああ……」
私は何かを語り続けるタッツォに、容赦なくダンロボの踵を振り下ろした。
「〈氷冷脚〉」
「こんな最期なら悪くない」
ゴーレムの芸術家は氷像となり、砕け散った。
散り際は美しく──。
光の粒子が舞い上がり、消滅した。
※
チェス駒を模したと思しきゴーレム達が、主人に連動するように魔素に還っていく。
その光景を眺めていると、頬に温かい感触があった。
「あ? え、なんで……」
目から涙が溢れている。
拭っても拭っても、止まらなかった。
胸に広がっているのは安堵。
最初のスタンピードのように被害が出なくて、誰も不幸になんてならない。
「──ああ、良かった」
私は心の底から、そう思った。
顔も知らない誰かのために戦えない。
なんていうのは大間違いだった。
『大袈裟じゃない(・・?』
「ふふ」
空気を読まないちびっこのコメントに、怒りより笑いが勝った。
そうだ。妹より下の世代の子供達はスタンピードを知らない。
こういう平和ボケした日常を守るために、子供の私が祈った世界を作るために、私は頑張るのだ。
──私は今日、ダンロボで世界を変えたのかもしれない。
次話は短いため、連続で更新します




