第1話 部屋から始めるダンジョン配信
──どうしてこうなった。
私はベッドでスマホを眺めながら遠い目をした。
今日は待ちに待ったダンロボの発売日。完璧な準備を整えるため、昨日は早い内に入浴を済ませ、寝癖を作らないようにドライヤーをかけ、私は夜10時に就寝した。
そして朝6時に起き、「うん、いけるな」と謎の確信のもとに二度寝を決め、気持ちの良い目覚めと共にスマホで時間をチェックすると午後1時だった。
もう一度言おう。
「どうしてこうなった……!!」
小学生時代の悪夢、遠足寝坊にクリスマスプレゼントお手付き事件(クリスマスプレゼントを楽しみにする余り、夜中に目覚めてサンタ父を発見した幼い私にとってのトラウマ)と同じ轍を踏まないよう頑張ったのに……。
めちゃくちゃ寝た。普段ゲームばかりで碌に寝ていなかったからか、物凄く寝た。
これも全ては布団の魔力のせいだ。
「えーと裁判長によると布団が悪いとのことで、私は悪くない、よって布団は死刑!」
私は布団くんをペシペシ叩きながら起き上がる。
ぐっすり眠ったから体が軽い。
私が布団くんで死刑していると、ぐぅ〜とお腹が鳴る。
「お腹、減った……。ダンロボは例の場所に送られているみたいだし、腹ごしらえしたら行くか」
朝のエネルギー補給をするため、よちよち歩きでリビングに向かう。
食卓に母の手作りオムライスがあり、「ありがたや~、ありがたや~」と感謝の念を捧げながらレンチンした。
温まったオムライスにケチャップをかけ、猫の顔を描く。
「ふっ、我ながら完璧だ」
自画自賛しながらオムライスを頬張る。
これを食べ終わったら、いよいよダンロボとのお見合いだ。
デカくてゴツい凶器だから家に送られないんだよな~。
外に行くのはヤだけど、覚醒者の役目を果たすためだ。
もう腹は括っている。
「私はダンロボで世界を変える」
中二病発言も良い所だけど、ダンロボには幾つもの可能性があった。
そうしてオムライスを食べた後、身嗜みを整えて(猫の髭のように頬にケチャップがついているのに気づいて慌てて落とし)、家を出る。
私は人目が大嫌いな引きこもりさんだ。自慢じゃないがバスや電車での移動は死ぬ。ので、
「お待たせしました。水神祈様ですか?」
「はいそうです」
タクシーを呼び出した。
こういう時に覚醒者優遇制度は便利だ。モンスターを討伐する代わりに、数々の恩恵を受けられる。その一つが交通機関の無料だった。
今現在の私はモンスターを一匹も討伐していないため、このまま来年を迎えると資格を剥奪されるが……。
私はタクシーに乗り、行き先を告げる。
「ダンジョン防衛基地までお願いします」
「畏まりました」
そうして窓から見える景色を楽しんでいると、しばらくして、殺風景なものになる。
大地震が起きたように、崩壊した街並みが広がっていた。
コンクリートの道はヒビ割れ、歩道と車道を隔てるはずのポール柵が奇妙なオブジェクトに変形している。
家は何もかもが崩れ、岩とガラスの塊になっていた。その隙間からクマのぬいぐるみや人形さんが見え、酷く胸を締めつけられる。
無事な建物が一つもないここは、人の住めなくなった廃棄都市だ。
中心に近づくほど景色は酷くなり、ソレが見える頃には更地になっていた。
ソレ──ダンジョン防衛基地は、モンスターの地上進出を防ぐために建てられた、外ではなく内の守りに特化した棺桶型要塞だ。
その大きさは縦700メートル横400メートル、高さ300メートルを誇り、建築スキル持ちに協力してもらったとはいえ、化け物じみていた。
スタンピードを再発させないという強い意志を感じる。
「カードでお願いします」
学生証(覚醒者の資格)で支払いを済ませ、私は降りた。
人類を守るための最後の砦とも言われているダンジョン防衛基地は、何度見ても鳥肌が立つような重圧感を放っていた。
ダンジョンは一層二層と地下に広がる構造で、下に行くほど階層が広くなる。逆に上の階層ほど小さいため、地上に出ている一層分を囲えたのだ。
そのセキュリティは鉄壁で、扉は認証式になっている。入口横にある黒いパネルに学生証を置くと、扉が自動で開かれた。
一歩足を踏み入れると、そこは別世界。
ガヤガヤとし人の声、ショッピングモールのような内装。そこを行き通う人々は剣や鎧を装備しており、賑わっている。
店に並んでいる商品は当然、電化製品ではなく最新の魔法科学技術達だ。
ダンジョン防衛基地は、東西南北の四つのエリアに分けられている。飲食店や武器・アイテム屋があるここ東エリアの『ショッピングモール』、北エリアの『訓練場』、ダンジョンを収めている南エリアの『防衛広間』、そして今から私が向かう西エリアの『武器庫』だ。
「あー、緊張してきた」
私は人目を遮るために灰色パーカーの猫耳フードを深く被り、そそくさとダンロボが運送された例の場所に歩いていく。
新作ゲームを買いに行くような高揚感に体が熱くなり、心臓の音が鳴り止まない。
気づいた時には、目的地の扉の前に来ていた。
それは個人倉庫の入口だ。覚醒者はモンスターと戦うために装備を着けるが、ダンジョンの外に持ち出すことはできない。だから個人の倉庫があるのだ。ダンジョン関係の品物も基地内でしか売っていない。
ダンジョン防衛基地の製作には生産系のスキル持ちや、名前すらも明らかになっていないレアスキルの持ち主が携わっている。そのため扉は小さいけど、開けると、体育館のように広かった。
白い正方形の部屋、その中央に大きな何かが佇んでいる。
身長160センチの私よりも一回り、いや二回りは大きい。
全身鎧を近未来風にした見た目をしていて、めちゃくちゃ格好良かった。
先鋭的なデザインをした兜の隙間から見えるレンズの目と合い、身体が熱を持ったように熱くなる。
「あなたが──私のダンロボ」
見るからに強そうだ。
いや、700万円もしたんだから弱そうだったら返品ものなんだけど、小並感ある感想しか出てこないくらい嬉しかった。
ニヤリと笑みが浮かぶ。
「気に入った……!」
こいつを動かすためにはどうしたらいいんだろう。
ダンロボには説明書とかの付属品があったはずだ。
探すと倉庫には備品の収納棚があり、そこに見覚えのない箱が置かれていた。
ダンロボのイラストがデカデカとプリントされていて、ぱっと見は玩具の箱にしか見えない。開けると、説明書とダンロボを操作するための専用キーボードが入っていた。
説明書には操作方法と、その前にするべきことが書かれている。
「マスター登録? これって契約魔法的なアレかな」
そのためには魔石に魔力を流す必要がある。
ダンロボはダンジョン素材の『魔鉄』で作られていて、金属質な背中にある硝子のような石はひどく目立っていた。
ここに妹がいたら、絶対に私よりも先に触ろうとしたなと思いながら手を置く。
魔力は魔素より生まれるものだから、どちらにせよ妹はマスターになれないが。
魔素に適応した覚醒者は常日頃から魔力と触れ合っている。最初は背中に羽でも生えたように上手く扱えなかったが、何度も意識していると自然と動かせるようになった。
体中を満たしている魔力に思考性を持たせる。
そうしたら手元から押し流せ、ダンロボが光り輝いていく。
ポ◯モンの進化みたいだ。
魔鉄は魔力を通しやすく、馴染むと色を変える性質を持っている。
光が収まった時、ダンロボは量産型のような銀色から、専用機のような青水色に変化していた。
説明書によると魔石回路を通った魔力は心臓部に登録され、ダンロボとマナラインが繋がれるそうだ。
私は鼓動が高鳴る中、瞼を閉じて確かめる。
「あっ」
ダンロボと魔力の繋がりを感じた。この繋がりを通してステータスを共有、あるいは同期しているのだろう。
スキルを使う時はマナラインを通して、魔力を供給する感じかな。
ラグはあると思うけど、本当に遠隔操作できるんだ。
夢のようだけど、そんな夢のような機体が今、目の前にある。
「今日から私がお前の主だ! どれぐらい使えるのか、早速試してやる……!」
そうして私はダンロボの箱を持って家に帰り、心ゆくまで性能を確かめた。
※
太陽の光が白カーテンを通り、薄っすらと自室を照らしている。
そんな中、私はゲーミングチェアに座り、白と水色のヘッドホンを被った。
目の前のゲーミングデスクには三面モニターとゲーミングPC、キーボードとマウス、そして配信用のマイクが置いてある。
私は昨日、ダンロボの性能を確かめた。
公式情報に嘘偽りない高性能さだったけど、一つ問題がある。
それは一人称視点ということだ。
『私のやってた格ゲー三人称なのに……!』
そこで私はドローンを使うことを思いついた。
倉庫にダンジョン専用のドローンがあったからだ。妹が知ったら都合が良いと言うだろうが、ちゃんとした理由がある。
未成年の覚醒者は危険を冒さないように、潜っていい階層に制限があった。その監視のために覚醒者育成の高校ではドローンの使用を義務付けられ、貸し出されていたのだ。
私はダンロボを自動追尾させることで、三人称神様視点を手に入れた。しかも、ダンジョン内を配信できるのだ。
少しでもお金を稼ぐためには、配信するしかない! ダンロボ配信とか今までにないし、配信を始めたら、それはもうウハウハだ……!!
そういう理由もあって、私は配信することにした。
「お高い買い物だったけど、これも明るい未来のためだ」
配信機材を揃える時、両親に700万借りたんだからちょっとくらいいいじゃん、と追加資金を頼んだら真面目に切られた。
泣く泣くお年玉から引き出した。
「よし、準備完了♪」
三面モニターにはそれぞれ、一人称視点、背後視点、神様視点の映像が流れている。ダンロボは人間の目に当たる部分と、後頭部にカメラが搭載されていた。
そのダンロボを、私は個人倉庫からダンジョンに歩かせる。
操作方法は至ってシンプル、各キーに割り振られた動作ボタンを押すだけだ。配置を記憶したり押し間違えたりしないように練習はしたが、格ゲーと似ているためすぐに覚えられた。
視点はマウスを振った方に移動でき、基本動作はクリックした側になる。というのは、弱中強のパンチ&キックは連打すると交互に行うが、左クリックを押しながらだと左攻撃固定になるのだ。
頭の中で操作方法を反復していると、防衛広間に到着する。
東京ドームのように広い空間に、一軒家を飲み込めそうなほど大きい洞窟の入口があった。
「学校の時は余裕なかったけど、改めて見るとデカー」
画面越しなのに不思議と圧迫感を覚え、軽口を叩いて紛らわす。
私は今日、モンスターと戦う。
初戦闘の時に染みついた恐怖はあるけど、それを理由にして、モンスターと戦うことから逃げていたらダメな気がした。
私には覚醒者としての力がある。スタンピードが起きた時、強くなっていないと守りたいものも守れない。
実際、最初のスタンピードは悲惨だった。
ダンジョンが出現した黎明期、危険なモンスターを民間人に任せるわけにはいかず、軍と警察の覚醒者が対処していた。
しかし倒せる数に限りがあり、モンスターは溢れた。国の一大事に民間人の覚醒者も協力したが、討伐経験がないため絶望的なステータス差があった。
非覚醒者を逃がすための時間を稼ぐことはできたけど……。
ダンジョン周辺の街は壊滅し、今や廃棄都市となっている。
──魔素に適応する確率は万に一。
日本の総人口は約1億2千万人であり、覚醒者の数は約1万2千人である。
その内の数百人が最初のスタンピードで亡くなった。加えて高齢者や未成年、生産系スキルの覚醒者も多く、私のように恐怖から戦えない者も大勢いた。
覚醒者は貴重であり、それ故に手厚い支援が行われる。そして覚醒者としての役割を求められるのだ。私のように身体的特徴に現れるほど、魔素との適応率が高い人は特に……。
私は知らない誰かを守るために頑張れないけど、あの賑やかで温かい家族が万が一スタンピードに巻き込まれた時、何もできなかったら一生後悔する。
それだけは分かる。
だから強くなりたい。
どうしてダンジョンが生まれて、スタンピードが発生するのか知りたい。
そして、応援してくれる家族に恩返しがしたかった。
「ふふ」
私が配信用のSNSアカウントで配信告知をすると、家族みんなが待ってましたと言わんばかりに拡散した。普段は生意気なことを言う妹も友達に広めてくれている。
家族に恩返しがしたいから、私はダンジョン探索を頑張れる。
いっぱいお金を稼いで、楽をさせたい。
「よし、気合十分! 始めよう……!!」
私は配信アプリを起動して、準備していた画面を開く。後は配信開始のボタンを押すだけで、私はキーボードに指を下ろした。
私はモンスターと直接戦えないから、部屋から始めるのだ。
ダンロボでダンジョン配信を。
──もしもこの配信を見た戦えない覚醒者が、私のようになってくれたら良いなと思いながら。
シフトキーを押した。
「初めまして! 私はダンロボで世界を変える女、氷神イナリです!」