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第18話 強くなりたい私の理由





 その日、私の世界は反転した。

 目が覚めた時には髪色が変わり、目の色が変わり、自分が自分じゃないように感じた。


「これはこれで可愛いわね」

「まるでロボットアニメのキャラクターのようだ」

「お姉ちゃんかわいー!」

「えへへ、そうかな? お父さんは褒めてないからやり直し」


 家族は温かく受け入れてくれた。

 だから私は自分の変わり様も、きっと周囲に受け入れてもらえる。

 そんな風に勘違いしてしまった。


「うわ祈ちゃんって……不良?」

「ふりょーだふりょー!」

「先生ー! 祈ちゃんが髪染めてます!」


 学校に行った私を待っていたのは、ヒソヒソとした陰口と悪意のある眼差しだった。

 私は容姿が整っていることもあり、男子にモテていた。そのため普段から私を敵視している女達が、これ幸いと私を攻撃し始める。


 友達に視線で助けを求めたが、私と一緒にいると嫌な目に遭うため目をそらした。

 その日から私は友達に避けられるようになり、誰とも遊ばなくなった。

 まるで世界がモノクロになったように、学校生活がつまらなくなる。


「祈、学校ではどうだった?」

「大丈夫だったか?」

「お姉ちゃんモテたー?」

「あはは、うん! 問題ないよ」


 私はリビングで家族と夕飯を食べていた。学校のことで悩んでいるのに言い出せず、明るい家族の輪を乱したくなくて愛想笑いする。

 私は嘘をついた。生まれて初めて両親に嘘をついたのである。自分じゃない誰かが、いつも私が座っている場所にいるみたいだった。


「死ね! 死ね、死ねー!」


 私は部屋で格ゲーをしている。

 お父さんのお古のパソコンとキーボードを使って、日頃のストレスを発散していた。

 この世界でゲームだけは、唯一の癒しだった。


「……明日も学校かぁ。行くのやだな」


 しかし夜ベッドに寝転んだ時、私は現実に帰ってくる。

 それからの日常は、深い海の底に沈んでいるように息苦しかった。


 吐き気がした。水神祈という自分が別の生き物に変わった気がして。吐き気がした。希やお父さんは格好良いと言うけど、人を簡単に傷つける力を使えることに。吐き気がした。その力を使えば私を避けたり虐めたりしている人をどうにかしてしまえると想像した自分に。吐き気がした。ダンジョンの出現と私の変化の意味を知り、掌を返すように寄ってきた女友達に。吐き気がした。男子には一方的に羨ましがられ、悪態をついたら調子に乗ったとクラスで悪者にされた。

 吐き気がした。吐き気がした。吐き気がした。

 吐き出したかった。


「死にたいな」

「こらこら、嘘でもそんなことを言うもんじゃないぞ」

「……お祖父ちゃん?」


 私の家は週に一度、お祖父ちゃんの家に行く。

 お祖父ちゃんの家は大きな武家屋敷だ。その日はお祖父ちゃんの家に泊まり込みで、私はストレスから眠ることができなかった。

 日本庭園の縁側に座り、月明かりを反射する池泉ちせんを眺めていた。池泉を泳いでいる鯉を見ていると、不思議と心が穏やかになる。 

 そうやって夜を過ごしていると、隣にお祖父ちゃんが座った。 


「祈は変わるのが怖いか?」

「お祖父ちゃんには分からないよ」

「まあ祈のように誰が見ても分かるようにはなっていないがな」


 お祖父ちゃんは和服を着た老人である。昔は警察官をしていたらしく、今でも筋肉がついていた。


「〈氷結循守ひょうけつじゅんしゅ〉」

「え?」


 何もない空間が凍っていき、前方に氷の盾が生まれた。

 目を疑うような光景を可能にしたのは、魔素に適応した覚醒者のスキルである。

 自分以外の人が使うのを初めてみた。

 その氷の盾は冷たいはずなのに、誰かを守るための盾だと思うと、酷く温かみがあった。


「儂も同じだ。祈、変化というのは確かに怖いものだ。戦争然りバブル崩壊然り」

「バブル崩壊……? お祖父ちゃん古い」

「ぐっ……! まあ、何にせよ変化は怖いものだ。当たり前にあったモノがなくなり、別の何かに変わってしまう」

「……お祖父ちゃんはなくなってないよ。私みたいに髪色変わってないし、それとも白髪だから変わってないの?」

「ぬおっ!? こ、心が荒んでいるぞ祈。覚醒者と言うのは、人の身に外れた力を使えるようになる。力が強くなり、足が速くなり、丈夫になる。その分、責任が出てくるものだ」

「責任?」

「覚醒者の役目だ。知り合いの警官によると、ダンジョン内にはモンスターがいる。そのモンスターを倒せるのは、覚醒者だけだ。今は抑え込めている。だが、もしも人の手に負えないモンスターが出て、地上に溢れたらどうなる?」

「倒せるのは……覚醒者だけ?」

「民間の覚醒者も戦わなければならなくなる。儂はそれが怖い。いつかお前が戦う日が来るかもしれないと思うと、怖くてたまらない」


 お祖父ちゃんは優しい手つきで頭を撫でてくる。

 心にあった重りが取れたように、ふっと軽くなった。


「実際に近々、覚醒者育成プログラムというものが始まるそうだ。対象年齢はなく、覚醒者なら誰もが参加できる。儂は参加するつもりだ」

「っ!? ど、どうして……?」

「ふふ、いいか祈」


 お祖父ちゃんを見上げると、優しい瞳で見返してきた。


「本気で何かを変えたいと願うならば、自らの意思で動かなければならない」

「願いってなに!?」


 お祖父ちゃんが死んでしまうかもしれないと考えたら、急に怖くなってきた。

 心臓が張り裂けそうなくらい痛くて、混乱したまま叫ぶ。


「はっはっは、いずれ分かることだ」


 その時の私はお祖父ちゃんの言葉の意味がよく、分からなかった。




 ──だけど、今なら分かる。


 私は第一次スタンピードの時、ただ祈ることしかしなかった。

 無事でいてくれと、平穏な日常が戻ってきて欲しいと。

 その祈はついぞ届くことはなく、お祖父ちゃんは死んだ。私と同じ年の女の子を庇って、亡くなったと聞いた。


「ゴーレムを回収したいが時間がない。逃げるとするか」 


 ここでヤツを逃がせば、似たようなことが今度は誰も知らない場所で起こるかもしれない。

 今この配信を見ている子供ちびっこに、私のような悲劇が訪れるかもしれない。

 それは他の何よりも嫌だった。


 ──今ヤツと戦えるのは、私一人だけだ。

 

 本気で何かを変えたいと願うならば、動かないといけない。

 私は力を手に入れた。

 それは祈るために得た力じゃない。

 もう二度と悲劇スタンピードを起こさないために得た力だ!


 お父さん、ごめんね。

 ダンロボ壊すかもしれない。


「もう勝った気? 戦いはどちらか片方が動かなくかるまで、決着はつかないよ」


 私はダンロボを起き上がらせる。

 その体は傷だらけでボロボロで、けれど二本の足で大地を踏み締めていた。

 私はステータスカードを見て、タッツォの攻略法を組み立てる。


「ラウンド(ツー)だ!」


 私はもう祈るだけの女の子じゃない。

 覚醒者の水神祈だ。

 




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