第17話 1on1
敵は泥の魔人タッツォ。該当する種族は不明、保有スキル数は不明。判明しているスキルは〈ゴーレム作製〉だけ。
適応属性は泥(恐らく水と土の複合)、身体能力は分からない。しかしクラフター系と言っていたことから、近接戦闘は苦手と見た。
勝ち目はある。
「我が心を弄びよって!! 絶対に貴様を許しはせん!」
「創造主様♡ 騙される方が悪いんですよ♡」
『こえぇ……! 女って怖えぇ……!!』
『脳が破壊されるぅぅぅぅぅぅ!?』
『こ、心の傷が抉られる。プレゼントをメ◯カリで売られてるのを見た気分だ』
阿鼻叫喚のコメント欄を無視する。
人類の敵に同情する方が間違っているのだ。
「貴様は我が怒りを買った! 本気を見せてくれる!!」
「部屋の奥に引きこもってせっせとゴーレムなんか作っちゃって、自分は戦う力を持たないからすーぐに逃げようとした弱々の雑魚モンスターの本気? ふふ、ざこ確定♡ ざーこ♡」
「ッ! ッ!!」
「よし〈アクアダッシュ〉からの〈氷冷脚〉!」
タッツォをからかっているのは、決して恨みを晴らすためではない。
隙を作るためだ。言葉が通じるならば相手を挑発し、思考を停止させた上で攻勢に出る。
私はタッツォが自分より弱いなんて、一ミリも思っていない。
だから勝つために、使えるものは何でも使う!
「喰らえ」
ダンロボの一歩は彼我の距離をなくす。〈アクアジェット〉は足裏より生じる水の加速であり、蹴りと合わせることでブーストが掛かる!
冷気を纏いし鉱鉄の脚を振り抜き、凍らせた胴体を砕かんとする。
「く、〈岩壁〉!」
岩の壁に阻まれ、硝子のように砕いた。破片が飛び散り、壁の向こう側が見える。その時にはタッツォの姿が消えていた。
ドローンによると壁の亀裂ではなく別方向に移動していて、私は後を追う。
「状態異常スキルとは厄介な。こうするしかないようだ!」
タッツォは手刀で凍りついた肩から脇腹まで切り裂いた。ゴトリと凍った部位が地面に落ち、魔素の光に変わる。
何をしているのだろうか?
「この体は仮初、流動を止めた泥の塊に過ぎん」
「なっ!?」
タッツォの体は不定形の泥になり、地面を這って高速移動する。
その先には、ある物が佇んでいた。
「まさか……!」
それは目に光のない黄金のゴーレム。そいつだけは他のゴーレムと異なり、本物の全身鎧のように関節部に隙間が空いていた。
「〈波動水〉!」
「〈濁流〉!」
渦巻く水の波動は濁った水に飲み込まれ、その波が迫りくる。
「〈アクアダッシュ〉からの〈アクアダッシュ〉!」
くの字を描くように地面を蹴り、濁流を躱しながらタッツォに急接近する。
「まるで俯瞰して見ているような動きを! いや、もしや〈マッドショット〉! それは第二の目か……!!」
タッツォが感づき、ドローンに泥の弾丸を撃ち出してきた。
右回りに円を描くように駆け抜け、ドローン直撃から軌道をそらす。ドローンはダンロボを自動追尾するように設定している。
そのため動きがシンクロしていて、タッツォは確信を抱いただろう。
流石は知能のあるモンスターだ。
「間に合わなかったか」
泥の魔法に時間を稼がれている間に、タッツォが黄金ゴーレムに辿り着いていた。
ダンロボより一回り大きい、金色の全身鎧。頭には王冠を被り、胴体には幾何学模様が刻み込まれている。
その間接部からタッツォが体内に入り、隙間が埋まっていく。
目に光が宿った。
「我が最終兵器ゴーレム鎧だ。元々、他の幹部と比べたら戦闘という面では劣っていてな。それを補うために構想し、作り上げた最高傑作だ!!」
周囲の空気を飲み込むような威圧感に息を呑む。タッツォ本体のレベルは低いため、最高傑作と言えども想定よりゴーレム鎧の出力は低いはずだ。
しかしクインゴーレムよりも高品質の素材を使っているのが一目で分かり、私は奴の装甲を貫けるビジョンを思い描けなかった。
「お前のようなメス猫にはドブがお似合いだ。この〈濁流〉で惨めな風呂を堪能すると良い!」
土の混じった茶色い激流が迫りくる。
そのサイズは容易くダンロボを飲み込むほどで、先程とはスキルの規模が違う。
「〈アクアダッシュ〉で回避だ!」
私はダンロボを右に走らせながら、足元の箱から回復ポーションを取り出して飲む。
こまめに回復しておかないと、MPが切れる。
「追加の〈濁流〉だ」
「二連続かよ!!」
逃げても埒が明かないと判断し、ダンロボを濁流に突っ込ませる。
両手の拳を波に撃ち込み、泥水を散らす。しかし大きな流れの一部をなくしただけで、ダンロボは泥水に飲み込まれた。
川の氾濫に巻き込まれた木のように体が傾き、水中をもがくことしかできなくなる。流された先にある壁に激突して止まった。
「〈マッドウェーブ〉からの〈フラッシュドライ〉」
「なっ……!?」
体中に泥を浴びせられ、それが一瞬にして乾いた。壁と床に縫いつけられたように、体が動かなくなる。
「そのゴーレムは我が貰おう」
「ほざけ〈アクアジェット〉!」
水の加速を利用して泥の拘束から抜け出し、タッツォへ直進する。
ダンロボが左拳を振り上げると、ゴーレム鎧の腕関節から吹き出した本体の腕に絡み取られた。
「貴様のゴーレムの性能は既に把握した。氷結スキルは強力だが、二回とも攻撃した瞬間に発生している。つまり、攻撃する前に捕まえてしまえば貴様のスキルは封じ込めるということだ」
私は台パンして歯噛みする。
得意としていることを相手にやられた。
格ゲーで培った、敵の能力を把握して先読みする技術。私の強みだったはずの物は、本物の強者には通用しなかった。
手数が違いすぎる。
「終わりだ」
タッツォは泥の腕を引いて、ダンロボを引き寄せる。鮮烈な一歩を踏み込み、ごぅ! 怖気の立つ音を鳴らし、もう片方の腕を振り抜いた。
黄金の拳が迫り、右腕で受け止める。
途轍もない轟音が鳴り響いた。
ダンロボの胴体部分が凹み、全身を床に擦りつけながら転がる。階段を転がり落ちたことを思い出したが、もはや立ち上がる気力はなかった。
メインカメラにバックカメラにドローンの映像に、破壊され吹き飛ばされた右腕が映り込む。
『ダンロボが!?』
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
『まずいまずい不味い不味い!』
『大丈夫なの?』
そうして進んだ分を転がされ、壁に背中を打ち付けた。
「ふむ、不思議な手応えだな。ゴーレムの性能的に無事とも思えんが、腹を貫通できていない?」
「……」
ダンロボは私のステータスと同期している。ゴーレムではなくロボットだ。だから疑問に思ったのだろうが……好都合だ。
私は悲鳴と心配の入り混じったコメント欄から視線を外す。
死んだ振りをした。
我がことながら、よくやったと思う。
配信していたから全世界にダンジョンの情報を伝えることができた。
私のお陰で、第五次スタンピードを未然に防げた。
上出来だ。
日本の英雄である。
もう何もしなくていい。
むしろ、何かしたらダンロボを壊される。
腕だけではなく完全に破壊される。
それは嫌だった。
タッツォには勝てないし、もう私の出来ることは何もない。
何もない。
何もない。何もない。何もない何もない。
何もない。何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない。
──だけど、どうしてだろう。
「ああ、強くなりたいな」
切実なほどに強い祈が、私の内側から溢れ出す。
私が強くなりたいのは、万が一スタンピードが起きた時に、家族を守る力が欲しかったからだ。
何故ならば、それは──。
──お祖父ちゃんが最初のスタンピードで亡くなったからだ。




