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第16話 全世界配信中





 ダンジョンが出現した理由を考察する上で、必ず議題に上がるのが『ダンジョンを創った存在』だった。

 その秘密の一端が明らかになる。それ自体は喜ばしいが、私は別のことに衝撃を受けていた。


「タッツォ!?」


 マイクをミュートにする。


「ブハッ! お父さんの名前が竜夫たつおだから、なんか響きが似てて……! あははははははは……!」


 辰年に生まれた男児ということで名付けられたらしい。

 このタッツォとか言うふざけた名前の奴は、私を笑い殺そうとしているのかもしれない。


『おいw』

『空気読めよ!』


 私は目尻に浮かんだ涙を拭う。


「あー、落ち着いた。五年間からダンジョンを創った存在は、様々な説が唱えられていた。

 ダンジョンという進化の可能性と試練を与えた神様。

 ダンジョンという地獄を生み出し人類を嘲笑う悪魔。

 宇宙人による未開拓惑星地球を舞台にしたゲーム。

 遥か未来で起きた出来事を解決するために未来人が過去に送った説。

 異世界の人間あるいは魔物による地球の侵略目的のため」


 全ての説は非現実的だが、ダンジョンという物が現実に現れた以上、可能性としてあり得た。


「こいつの言葉を信じるなら、全世界にダンジョンを創り数々の悲劇を引き起こしたのは──ダンジョンマスター」


 そういう生き物なのか役職なのかは分からないが、今この瞬間、人類は敵の存在を正しく理解した。


「ふむ、意味を理解できないのか? 日本で言語能力を獲得したということは、日本語を習得しているはずだが。先程も喋っていたしな」


 タッツォは考え込むようにポーズを取る。

 私はダンジョン出現の謎を知るために、このモンスターと友好関係を築かなければならなかった。

 屈辱である。人類の敵を前にして、手を出さずに対話を試し見るのは、腸が煮えくり返るような怒りが込み上げてくる。

 私はミュートを解除すると、タッツォに話しかけた。


「ごめんなさい。創造主様に覚えられていないのが悲しくて、思考停止していました。私ですよ私、覚えていませんか?」


『うわぁ……』

『女ってこわ』

『お姉ちゃん?????』

『オレオレ詐欺の亜種かな?』


 やかましいわ! はっ倒すぞ!


「この腕に見覚えありませんか?」


 ダンロボの見た目は幸い、ガントレットゴーレムと似ていた。

 腕を差し出すと、タッツォは驚いた様子を見せる。


「まさか進化したのか!?」

「はい、頑張りました♡」


 少しでも気に入られるように猫撫で声で媚を売る。だが、これが配信中だということを考えると今すぐにでも止めたくなる。

 しかし覚醒者としての人生を歩むと決めた以上、ここで逃げるわけには行かない!


「素晴らしい! まさか言語能力を獲得するとはな。見た所、新たな属性の魔素とも適応しているようだ。道理で我が魔力を感じないはずだ」

「他のモンスターの魔素を受け入れてしまって、ごめんなさい♡」

「構わん」


『俺達は何を見せられているのだろう?』

『お姉ちゃん……』

『……仕事に戻る』


 待って、家族との関係が終わりそうなんだけど!?


「創造主様♡ 私のように言語能力を獲得するのは難しいのですか?」


 ただで媚を売っていると思うな。

 私はモンスターから情報を引き出すために媚を売っているのだ。


「本来は100レベルに到達した者が目覚めるからな。我が魔素を分け与えた甲斐があるというものだ」


 魔素は遺伝子情報(D N A)を宿しているのかな。

 親から子に能力が引き継がれるように、低レベルでも言語能力を獲得する事例はあるということだ。

 いや、それよりも問題なのは。


「創造主様はレベル100なのですか? 凄いですね♡」

「うぅむ、まあな」


 これはどっちだ?

 タッツォが二世のパターンもあるため、レベルが推測できない。


「では創造主様♡ 創造主様はダンジョンマスター様の部下なのですか?」

「幹部だ。各種族の頂点にいる者だけが与えられる称号である」

「へー、凄いですね♡」


『なんか見たことある』

『俺も上司に接客してる子で見たぞ……』

『ハニートラップか』

『子供も見てるのにな』


 もう二度と外を歩けないかもしれない。

 お嫁にもいけないかもしれない。


「創造主様がお従えしているってことは、物凄く崇高な御方なのですね♡ ダンジョンマスター様はどのような方なのですか?」


 さっさとダンジョンが出現した理由を聞きたいが、不自然になるため、ダンジョンマスターの情報から聞き出す。

 そこを切り口として、ダンジョン出現の謎を突き止めてやる。


「ダンジョンの創造主にして、魔の根源である御方だ。かつては魔王と名乗っていたらしい」

「魔王……様?」

「うむ、勇者との壮絶な戦いの末に、勇者を殺そうとしたダンジョンマスターに勇者は禁忌の力を使ったそうだ。その力の名は次元追放」

「……」


 要するに異世界で勇者が魔王を倒すために、別次元に追放した。その結果、私達の世界に魔王が流れ着いた?


『魔王って……いや勇者って……』

『魔王もだけど勇者も最悪だ』

『そりゃ禁忌にもなるわ。問題の擦り付けでしかないぞ』

『じゃあ俺達って巻き込まれただけ?』


「この世界に来た時、ダンジョンマスターは酷く疲弊していた。当然だ。何せ、この世界には魔素がなかったからな。ダンジョンマスターは生きるために魔力と脳以外の体を魔素に変換して、ダンジョンに成った」

「え?」


 思考が追いつかない。

 ダンジョン誕生の理由を知ったのもあるが、それ以上に私はダンジョン=魔王という事実が受け入れられなかった。

 私達は魔王の腹の中に入っていたのか?


「無論しばらくして、魔王様の記憶のうを受け継いだ二世が誕生した。その二世が新たな魔王様ダンジョンマスターだ。ダンジョンマスターは前世で成し遂げられなかった世界征服を果たすために、自らが活動するために地上を魔素で満たそうとしている」

「!?」


 タッツォは上機嫌に話を続ける。


「この世界には魔素がないため、ダンジョンマスターが地上で活動できるようになるには、10年は掛かる見込みだった。しかしモンスターを地上で殺せばどうなる? 魔素に還るのだ。それに気づいた我々は、定期的にダンジョンのモンスターを地上に進出させることで10年の時を早めていった」


 タッツォは私なんて眼中にないように、自分達の計画を饒舌に語っている。

 閉鎖空間にずっといたとしたら、会話に飢えているのも無理はない。


「しかし、日本という国は強固でな。国民性の影響か地上進出を完全に対策され、まともに外に出れたのは最初だけだという。嘆かわしいことだ。故に今回からは我のような生産クラフター系幹部が手ずから高レベルモンスターを上層で創り、地上に向かわせようとしているのだ」


 人為的にスタンピードを引き起こすつもりだということだ。だが、私には一つだけ気になることがある。


「どうして、どうして人間は魔素に適応しているの?」

「仲間でも殺されたか?」

「答えて下さい!」


「──魔素を広める効率化を図るためだ」


「は?」


 何を言っているのか理解できない。

 同じ言語を使っているはずなのに、何を喋っているのか分からなかった。


「覚醒者は魔素の器として適合した者だ。人間が死んだ時、その中にある魔素はどうなると思う?」

「空気中に溶ける?」

「そうだ! 人間がダンジョンでモンスターを殺し、魔素を蓄え、地上で殺せれば万々歳というわけだ。人間が死んでもモンスターが死んでもいいからな」

「人間はッ゙! ……モンスターを殺します」

「ダンジョンマスターに勝てる者は存在しない。現に最高レベルの勇者ですら敗れたという」


 私は気が狂いそうになる。

 頭がどうにかなりそうだった。

 その怒りを何とか押し込め、ある質問をする。


「創造主様は高レベルなのに、どうして五層に存在できるのですか?」

「……ダンジョン内の魔素濃度を上げる方法がある。そうでなければ、高レベルモンスターは地上に出るまでに死ぬからな」

「じゃ、じゃあ……」

「仲間を殺された恨みを人間に晴らしたいのだろう? 安心しろ。お前も我がゴーレム軍団の一員に入ればいい」

「っ……!!」


 今すぐにでも殴り飛ばしたいが、私一人でスタンピードに対処できるわけがなかった。

 無駄な抵抗をすれば、ダンロボは破壊される。


「それでは、これより我々は地上進出を開始する!」


 タッツォは声を張り、高らかに宣言した。


「今すぐですか……?」

「さらなる高みを求めるのはいいが、後にしろ。先程ナイトゴーレムに偵察させ、人間は近くにいないと言っていたからな。頃合いだ」


 どうする、どうしたらスタンピードを止められる……!?

 私には何もできないの?

 また、祈ることしかできないの?


「聞け! 我がゴーレム軍団!! お前達は我が傑作達だ! 一人一人に個性があり、美しく、力がある! その威を示す時が来た! 日本ではこう言うのだったかな? 第五次スタンピードを開始せよ」 


 荒々しく苛烈に、そして最後は静かに告げた。

 ゴーレム軍団は巨大な一つの生物のように動き始める。

 第五次スタンピードが始まった。


「お前は行かないのか?」

「え、あ……」 


 頭が真っ白になる。

 スタンピードを見ているだけで何もできない自分に意識が遠退き、身体から精神が切り離されたように現実感が失われる。

 冷や汗が額から流れ、頬を伝ってスカートを濡らした。


「わ、私は……」


 何をしているのだろうか。

 強くなるために頑張ったのに、結局は実力が足りない。

 夢みたいな理想を求めるだけで、何も成し遂げられていない。

 私は、ただの臆病者だった。


「……! ……!!」


 意識が深海のように深い場所に沈んでいく。

 私は、私は、私は──。

 その時、頭がふっと軽くなった。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

「の、希……?」


 急な大音量の声にキーンと耳が鳴る。

 そちらを向くと、私のヘッドホンを右手に掴んだ希がいた。


「これ!」


 希は左手に持っているスマホを差し出す。 

 ダンジョンレコードのアプリで、誰かの配信を開いている。

 そこに映っていたのは、委員長だった。 


「どういう、こと?」

「お姉ちゃんが配信してるからだよ!! 自分を見てくれている人くらいちゃんと見て!!」

「え……?」


 画面を向くと、同時接続数は1000万を越えていた。コメント欄があまりにも早すぎるため、チャンネル登録してから24時間経った人だけコメントを打ち込めるようにする。

 

「全世界に配信中! お姉ちゃんを見てくれている人達が変態クソ野郎がペラペラと重大情報を喋りまくっているドヤ顔を拡散したんだよ!!」


 希の声を聞き、私は冷静さを取り戻す。


「誰よりも早く成瀬さんが動いて、よく分からない凄い伝手を使って高レベルの覚醒者の討伐隊が組まれて、今お姉ちゃんの所に向かってる!」


 画面の中にいる委員長が例の岩扉を破壊して、騎士ゴーレムを粉砕しながら細い道を突き進んでいた。 


「ふ、ふふふふふ……あはははははっ!」


 スカッとするくらい見事な粉砕だ。

 討伐隊を率いている委員長は一人で道を切り開き、大広場に辿り着く。光剣を振り抜き、扇状に光の斬撃を飛ばす。

 一振りで数百体のゴーレムを破壊した。


「なぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 私は絶叫を上げるタッツォを見ながら、ゲーミングデスクに置いていた水を飲む。


「ぷはぁ。よし! 私もやれるだけやろう! 私は──ダンロボで世界を変える女、氷神イナリだ!」


 希にヘッドホンを返してもらい、私は頭に被る。


「頑張ってね!」


 そうして現実世界の音をシャットアウトして、私はダンロボを通して音を聞き取る。


「あいつは何者だ? 我が最高次作クイーンゴーレムと戦っているだと!?」


 ティアラを被った女王クイーンゴーレムを相手取っているのは、我らが委員長だった。

 私の目では、捉えきれない戦闘だ。

 委員長の正体は気になるが、詮索するのは野暮というもの。


「く、奴らの誰か一人でも我がゴーレム軍団を抜けてきたら不味い!」

「創造主様、どうしてですか?」

「我がゴーレム製作は魔素を与えることで強くなる。我がこの階層に長く居続けるためにも大量の魔素を与えているため、今の我は元の実力と比べればスライムのようなものだ!!」

「そうなんですね♡」


 良いこと聞いたぜ。

 ダンジョンマスターの幹部なのに思い切ったことをしている。いや、ゴーレムの芸術家らしいのかな。

 最高のゴーレムを作るために命を賭けている。

 まあ、そのゴーレムは現在進行系で破壊されてるんですけどね?


「何故バレた? こうなったら逃げるべきだな。お前も元に戻ったようだし、ついて来い」

「はーい♡」


 タッツォは私に背を向け、壁の亀裂に歩いていく。

 隠し通路から逃げられる前に、私はダンロボに指示を出す。ダンロボは掌を握り締め、怒りの鉄拳をタッツォに振り下ろした。


「私がどんな思いで語尾にハートマークつけてたと思ってるんじゃ死ねーーーー!! 〈氷冷拳〉!!」

「な、なぜ背後から攻撃をぉ!?」


 ごぅ! と拳を空気を切り裂いた拳は、タッツォの背骨を折るように直撃する。タキシードを汚しながら地面を転がった奴の、右肩から脇腹にかけて凍りつく。

 私の攻撃は通じるようだ。


「なぜって?」


 私は積年の恨みを晴らすように、最も相手が嫌がるだろうことを言う。


「実は私、このゴーレムを遠隔操作してる人間なんです♪」


『(^ω^)にこぉ』

『(´^ω^`)にちゃ』


 おいおい、希とお父さんは反応が早いな。

 流石は家族だ。

 仮面越しなのに、タッツォが驚いた顔をしたのが分かった。


「のぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 バトル開始だ。






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