第15話 ダンジョンの異変
ここから一章の最後が始まります。
──夢を見ていた。
その日は、私にとって幸せな一日になるはずだった。
9月23日、秋分の日。亡くなった先祖を敬う祝日だが、幼い私には大好きなお祖父ちゃんと会える日でしかなかった。
秋分の日はお祖父ちゃんの家に一族みんなで集まり、先祖の話を聞きながら食事をするのが水神家のシキタリだった。
私達は朝早くから身支度を整え、家の戸締まりをする。最終チェックを終えると、玄関で靴を履いて外に出た。
その際、私は3歳だった希に手を差し出す。
「希、てーつなご!」
「うん! お姉ちゃん!」
両親に妹は守るべき存在だと教えられていたので、私は希のことをよく構っていた。
そして、お父さんとお母さんと希と一緒にガレージの車に乗り込む。
今日の夜ご飯のことを考えていた私の頭は、次の瞬間、真っ白に染まった。両親のスマホから地震警報の音が鳴り響く。
急激に変化する音程、その不協和音。周囲の家々からも鳴り始め、頭の天辺から爪先に凍えるような震えが走る。
「っ!!」
私は希を抱き締める。
お母さんが希と一緒に私を抱き寄せた。
二人の温もりが心の氷を溶かし、体の震えは収まった。鳴り続ける警報音とは裏腹に、地震が起きることはなく、顔だけを出してお父さんの方を見つめる。
スマホでテレビのニュースを開いていた。
「ただいまの地震警報は、地震警報ではありません」
「は?」
何を言っているのだろうか?
ニュースキャスターの声が頭の中をすり抜ける。
「繰り返します。ただいまの地震警報は、地震警報ではありません。落ち着いて聞いて下さい。ダンジョンからモンスターが溢れました。その警報です」
冗談の欠片も感じない淡々としたその声に、私は不思議と事実だと直感した。
ダンジョンは一ヶ月前の8月24日に出現した、謎の建造物である。何を目的とされたのか分からないソレに、様々な憶測が飛び通っていた。
その一つに『人類を侵略するために作られた』と言うものがある。
「こちらが現地の映像です」
第一次スタンピードは、この世に生まれた地獄だった。
ビルは倒壊し、木造住宅は燃え上がり、人々の生きるための絶叫が鳴り響いている。空からは絶え間ないモンスターの攻撃が地上に降り注ぎ、人々の声は塗り潰されていった。
その地獄を止めようとする覚醒者は、誰も彼もが命を懸けている。しかし絶望的なレベル差があり、象の前にいる群れたアリでしかなかった。
唯一救いだったのは、高レベルのモンスターは地上で活動できる時間が短く、時間経過と共に死ぬことだ。
そいつらは次々に魔素の光に変わり、曇った空を明るく照らしていく。
その映像が切り替わり、ニュースキャスターはスタンピードの被害範囲を映した。時間経過と共に被害範囲は広がる見込みで、私達の家はギリギリ入るかどうかだったが……。
「そんな……」
お祖父ちゃんの家は、スタンピードの範囲内だった。
希が泣き出し、お母さんが慌てて慰める。
お父さんはお祖父ちゃんに電話をかけていて。
そんな中、私はただ祈っていた。
どうか無事でいて欲しいと。
──祈ることしかしなかったのだ。
※
「2025年9月23日の第一次スタンピードから、今日に至るまでの五年間、年に一度の頻度でモンスターが地上へ向かう現象が確認されています」
私は教室にいるダンロボを通して、ダンジョンの歴史の授業を受けていた。
「このスタンピードの前兆、あるいは二次災害として出現するのが、モンスターのイレギュラー個体です。本来その属性を持たないのに適応したモンスター、魔素や魔力の大きな蓄積により進化するモンスター、いずれもスタンピードのようなモンスターの大量死が原因で起きているとされています」
眼鏡を掛けた理知的な顔をした、ダン歴(ダンジョンの歴史の略称)の男先生はチラリとこちらを見てくる。
「その点から言うと、最近のダンジョンは様子がおかしい。イレギュラー個体と二回遭遇した氷神イナリ、その他にもイレギュラーとの遭遇報告が相次いでいます。この件を重く受け止めた我々は、貴方達を守るために制限をかけることにしました」
制限、という言葉に嫌な予感がする。
「それはレベル−3階層という制限です」
多くの生徒から安堵の息がこぼれる。
覚醒者の役目はモンスターと戦い、スタンピードの被害をなくすことだ。だから、ダンジョン行きの禁止を嫌ったのだろう。
かくいう私も、あと1レベルでスキルを獲得できるのに、ダンジョン行きを禁止にされたら発狂していたと思う。
ちなみに、私が耐久配信でクラスメートの背中に手が届きそうなのは、十層以上は距離的に宿泊する必要があるからだ。
学生のため土日や長期休暇しかレベルアップの機会がなく、私は同階層に人がいないため好きなだけモンスターをボコせ、レベル9に到達できた。
「それじゃあ先生、万が一スタンピードが起きた時はどうするんですか?」
不意に委員長が尋ねる。
イレギュラー個体の出現がスタンピードの前兆を意味するならば、十分にあり得る話だった。
「完全に制限しない理由は、最前線を攻略している方たちがいるからです。スタンピードは全階層のモンスターが一気に地上に向かうのではなく、下層から順番に中層、上層を巻き込んで行きます。最前線を攻略している中には、荷物持ちとしてダンロボが使われています」
「……」
「何かあったとしても、私達に必ず情報は届くので、安心してください」
「はい、分かりました」
その答えにより、多くの生徒は納得の表情を浮かべた。
最初のスタンピード以降、地上進出を許していないのは、最前線を攻略する人達がいるからだ。正確には軍の覚醒者部隊であり、複数の部隊がローテーションを組んで、常に最深階層を更新するために頑張っている。
そのため、スタンピードの前兆は必ず察知できた。
「他に質問のある方はいませんか? それではチャイムも鳴りましたし、授業を終わります。皆さんなら危険性は重々承知していると思いますが、くれぐれも違反は起こさないようにして下さい。今日のホームルームは担任からないと聞いているので、自由にしていただいて結構ですよ」
私はダン歴の授業が終わると、ダンロボをバス停に向かわせる。
ダンジョン行きスクールバスに乗り、着くまでの間に配信の枠を作った。
「今日は金策配信にするか」
人気獲得のためにゴタゴタしていたけど、配信の数字も安定してきた。
だから今日からは、人気以外にも金を稼ぎたい。
イレギュラー個体のブラッディベアー以降、討伐報酬もドロップアイテム換金も上手くっていない。
オーアリザードは自業自得扱いだったし……。
「タイトルは『借金返済!? ダンロボで稼ぐダンジョン配信!』にしとくか」
金策はオーアリザードの爬石であり、ダンジョンに着ついたダンロボを鉱石系階層に向かわせる。
モンスターは勝手に逃げるため、私はゴ◯ラになった気分でダンジョンを進行した。
第五層に到着する。
「軽く準備運動しとくか」
私は増えていく待機人数を眺めながら、指の運動をする。運動前にストレッチするように、指を温めておかないと思い通りに動かせないからだ。
ダンロボキーボードを弾いていき、一連の動作を確認する。押し間違えはなく、イメージ通りに動かせた。
問題ない。
「よし、始めようか」
私はエンターキーに指を下ろした。
配信を始めようとした直後、画面に一体のモンスターが映り込む。
時が止まったように、私は目が離せなくなる。
そいつは純白の聖騎士の見た目をしていた。その白い鉱石と魔鉄が融合したような全身鎧には、隅々に至るまで金細工が施されている。
右手には白い長剣を握り、左手には金の装飾が施された大盾を持っている。
仄暗い洞窟を歩いている聖騎士ゴーレムは、こちらを振り向く。画面越しなのに目が合ったような気がして、身の毛がよだつ。
イレギュラー個体のブラッディベアーと相対した時のような、いやそれ以上の生命の危機を脅かされる感覚だ。
誰かに情報を伝えなければという、覚醒者の使命感が配信開始のボタンを押し、無言のまま私は配信を始めた。
聖騎士ゴーレムはダンロボを味方と判断したのか、視線を別方向に向ける。
そこには白いオーアリザードがいた。
聖騎士ゴーレムは目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、剣を振り抜く。
一閃。
オーアリザードの首に一本の筋が入り、ズレた。血が飛び出す間もなく、魔素の光に変わっていく。
即死だった。
五層レベルのモンスターじゃない。
明らかな異常事態だ!!
『え? 待って? なになに!?』
『新しいダンロボとか……じゃないよな!?』
騒然としているコメント欄に、私は落ち着きを取り戻す。
配信で培ったプロ意識が、状況説明のために口を動かした。
「今私がいるのは五層。いつものように配信を始めようとしたら、謎の聖騎士ゴーレムを発見した。仲間だと思われているみたいだから、今から追跡する」
私は聖騎士ゴーレムの後を追いながら、他に変わっていることはないか周囲を観察する。
すぐに私は異変に気づいた。
「いつもよりゴーレムが多い……?」
最初に第五層を訪れた時、オーアリザードと二連戦したように本来ゴーレムは数が少ない。
その理由は鉱石系階層のパワーバランスが、オーアリザード>ゴーレムだからだ。
例の鉱石投擲による目眩ましからの死角を利用した攻撃。アレは恐らく、ゴーレムを殺すための作戦だ。
ゴーレム側は似た作戦を用いたとしても、オーアリザードの方が機動力が高く、効果は薄い。
この二体の力関係は、オーアリザードの方が上だった。にも関わらず、ここ数日で生態ピラミッドの頂点が入れ替わっている。
「ここは……」
聖騎士ゴーレムは細い道に入り込む。
見覚えのある道だった。
その先には小広場があり、水魔鉱石の鉱脈が存在する。ガントレットゴーレムのように自身を強化するためならまだしも、聖騎士ゴーレムは属性が違う。
「いや、あのゴーレムには別の理由があった……?」
お辞儀をしていたことから、高い知能を有していた。
私は嫌な予感が膨れ上がるのを感じながら、細道から小広場に行く。
聖騎士ゴーレムの姿が消えていた。
「行き止まり? そんなはずない! どこに、どこに消えたの……?」
私が周囲を見回していると、背後から足音が近づいてくる。
聖騎士とは真逆の色をした暗黒騎士ぽいゴーレムがいた。そいつは小広場に入り、行き止まりの壁に手を置く。
ズズ、ズズズズズ……!!
重々しい音を立て、岩の壁がスライド式の扉のように開いた。
「な、何か知ってる?」
震える声で尋ねた。
『なになになになになに!?』
『意味分からん!?』
『は? ダンジョンに隠し部屋? 聞いたことねぇぞ……!?』
『まさか魔力認証式の扉……?』
『おい、閉まるぞ!』
コメント欄に向いていた意識が戻る。
岩の扉は今にも閉まりそうで、私は恐怖を覚えながらも突っ込む。
「〈アクアダッシュ〉!」
水の加速を受けて、壁の中に入る。
扉が閉まり、そこにダンロボの手を当てる。
再び開くことはなかった。
「どうやら、私にはこれを開ける資格はないみたい」
三途の川を渡った後のような、取り返しのつかない間違いを犯した気分になる。
誰も見たことのない異常事態に心拍が加速し、心が臆しそうになった。救助を待つ手はあるけど、別のゴーレムが扉を開けた時にじっとしていると違和感を持たれるかもしれない。
目の前を向くと階段があり、そこからゴーレムが登ってくるかもしれない。
「ええい、女は度胸!」
『いやそれは男だろ!』
私は来ると思っていた突っ込みに微笑む。
こうやって見守ってくれる人がいるから、私は頑張ることができた。
視聴者から勇気を貰い、私は階段を降りていく。
長さは階層移動の半分だ。
「第五.五層と言った所かな」
階段を下りた先には細い道が続いている。
壁際にゴーレムがズラリと、彫刻像のように並べられていた。異様な光景に息を呑み、圧倒される。
そこを歩いていくと、明るい光が差していた。そして細い道を抜けると、大きなドーム状の空間に辿り着く。
「嘘だよね……?」
夥しいほどのゴーレムが整列していた。
最前列はガントレットゴーレムのように、腕部分だけ鉱石の岩ゴーレム達が立っている。
その後ろには、聖騎士と暗黒騎士を含むゴーレムの騎士達がいた。オーアリザードを容易く殺し、見るからに私よりも強い騎士ゴーレムが気の遠くなるような数存在している。
そいつらに続くように鉱石の布というべき法衣を身に纏った、司祭のようなゴーレムが整列していた。ダイヤモンドのような宝石を先端に嵌め込んだ杖を握っている。
ビショップゴーレムと言うべき奴らの後ろには、小さな要塞のようなゴーレム達が仁王立ちしている。
最後列にはティアラを被った女王のような白銀ゴーレムと、王冠を被った黄金のゴーレムがいた。黄金のゴーレムは死んでいるのか、目に光が宿っていない。
このゴーレム軍団を見回しながら、私は歩いていく。
何故ならば、いたからだ。
黄金ゴーレムの横に、ゴーレムとは異なる異質な存在がいたからだ。
泥を固めた人形のようで、身長は成人男性と同じくらい。そいつはタキシード姿で、顔に仮面を被っていた。
そいつは何もない空間から岩を生み出し、一つの形を形成する。
「ゴーレムだ」
命を吹き込まれたようにゴーレムは動き始め、軍団の列に加わる。
ゴーレムを創造した謎の存在に近づくと、私の方を振り向いた。
「ふむ? 見たことのない姿だな」
「っ!?」
そのモンスターは喋った。
低い男の声で、日本語で。
私は、マイクボタンを押し込む。
「貴方は、誰ですか?」
情報を集めるために尋ねる。
ダンジョンが生まれた理由を知るための一歩として尋ねる。
そいつは厳かに名乗った。
「我はゴーレムの芸術家にしてダンジョンマスターの幹部が一人、泥の魔人タッツォである。現在この階層にいるゴーレムは我が手ずから創った。故に、我からも一つ聞こう。
──お前は一体、何者だ?」




