第9話 お礼のお礼
ダンロボが教室で正座している。
まるで花嫁修業を修めた貴族令嬢のように、綺麗な角度だった。
「まさか、製造者もダンロボが正座して授業を受けるとは思うまい」
どうしてこうなったのか、それには理由がある。
私がダンジョンアカデミーに登校したのは、元を辿れば休み過ぎると除籍になるからだ。
しかし冷静に考えると、ダンロボは出席扱いになるのか? と冷や汗が流れ始めた。
そこで先生に聞いたわけだ。
『ダンロボは出席になりますか……!!』
普通ならない。
机の上にドローンが置いてあったら出席になるのかって話だ。
『なるよ』
『なるの!?』
こっちが驚いた。
先生は気軽にオーケーを出したのだ。
『協議の結果、君の実績と将来性を見込んだからだ。だから、これからも期待しているよ』
期待という言葉は簡単に裏返るから嫌いなのだが、受け入れなければならない。
氷神イナリは、多くの人から期待を寄せられる存在になったのだ。
『はい!』
そうして私はリモート学習ならぬダンロボ学習を許可してもらい、授業を受けていた。
ダンロボが正座しているのは、椅子に座ったらお相撲さんのように破壊すると委員長に言われたからだ。乙女になんたる言い草! と怒ったけど、まともに取り合ってもらえなかった。
「それにしても、遠隔で授業を受けるのって楽でいいな〜」
バリバリと私はポテチを食べる。
ダンロボ学習には利点があり、それは授業中に何やってもバレないことだ。こういうのは絶対やっちゃイケないのに、やると癖になる。
まさに背徳の味だ。
ポテチを箸で食べる系女子の私は、ポテ箸でポテチを摘みながら授業に耳を傾ける。
「5年前の2025年8月24日、世界各地にダンジョンが出現しました」
ダンジョンの歴史だ。
この学校は一般教養も教えるが、ダンジョンやモンスターに関する授業が多い。
「ダンジョンが出現した理由は未だに解明されていません。しかし建造物であることから、知性を持った存在が関わっているとされています」
二層に行く時、階段があったようにダンジョンは人為的すぎる。
どうしてダンジョンは生まれたのか。
その鍵を握っているのは──。
「──喋るモンスター」
モンスターは魔素を吸収して強くなる。それは筋力であり、魔力であり、器用であり、知力である。
ステータスの表記的に魔素で知力は上がらないし、私も頭が良くなった気はしない。
しかし魔素生命体であるモンスターには、知力というステータスがあるのかもしれない。
あのコボルトも恐らくは……。
「最初に確認されたのは、同じく5年前の9月23日、第一次スタンピードの時です」
「………………」
第一次スタンピード。
それは後に何度も繰り返されたからだ。
しかし大きな被害が出たのは最初だけで、ダンジョン防衛基地が建てられてからは少なくなった。
だけど第一次スタンピードは多くの人の記憶に残っている。
何せ、唯一民間人に被害が出たからだ。
親しい人と永遠のお別れになる人も……多かった。
「もっと強くなりたいな」
スタンピードはイレギュラー個体が多く、今の私では太刀打ちできない。
レベルアップして新しいスキルを手に入れて、強くなったけど私はまだ弱い。
クラスメートの話を聞いた所、私以外の戦闘科の生徒は全員10レベルを越えている。
引きこもっていた分の遅れを取り戻すのは、思ったよりも大半だった。
「頑張らないと」
※
「それでは、授業を終わります」
チャイムの音が鳴り、午前の授業が終わった。
お昼休みに入り、教室が騒がしくなる。
そんな中、私はノート代わりのパソコンのメモを閉じ、委員長に電話をかけた。
「しもしも〜」
「なにかよう?」
「お礼に昼メシ奢ろうかなって」
「……頭でも打ったの?」
「打ってないわ! 喧嘩売ってんのか!?」
「夏なのに寒いよ?」
「ダジャレじゃなーい!」
本当に失礼な奴だな。
人の善意に疑いをかけるとか。
「最初のダンジョン演習の授業で、動けなかった私をゴブリンから助けてくれたでしょ? そのお礼だよ」
「当然のことをしただけだよ」
「私にとっては違ったんだよ」
委員長は覚醒者の役割だから当然と言うけど、少なくとも私にはモンスターと直接戦う勇気なんて持てない。
今もそうだ。私のスキルを活かすためには、モンスターを直接殴る必要がある。
そんなの絶対に無理だった。
「私は嫌なことも助けられたことも必ず忘れないから」
「……相殺されたりは?」
「しないから、素直に奢られろ」
「私健啖家だから後悔すると思う」
「しないよ」
「まあ、そこまで言うなら奢ってもらおうかな。じゃあ、食堂に行こっか」
委員長はスマホを胸ポケットに入れて、白黒ツートンの髪を揺らして歩いていく。
その後をダンロボについていかせた。
「食堂って何個かあったよね?」
「うん、質より量の第一食堂と量より質の第二食堂があるよ。今から行くのは第一食堂だね」
「私の財布を心配する必要ないけど?」
覚醒者は超人的な力を使える分、エネルギー消費が激しい。
だが、今の私は借金を背負ってるが金はある。
「水神さん、ちょっと待って……」
「ん? なに?」
「お昼ご飯をどうやって奢るつもりなのか聞いてもいい?」
「委員長の口座に現金を振り込もうかなって。それがどうしたの?」
覚醒者は莫大な報酬を得る可能性がある。そのため専用の銀行があり、ダンジョンアカデミーに入学すると作ってもらえた。
「……」
委員長は激しい頭痛を覚えたように、オデコに手を当てていた。
あまりにも深いため息を吐くと、呆れた目で見上げてくる。
「クエストアプリとQPって知ってる?」
「はえ?」
何を聞かれているのか分からなかった。
知らない単語だ。
委員長の顔から重要なのは分かる。
「委員長の好きなゲームに出てくるシステム……とかじゃないよね」
「ダンジョンアカデミー生のためのアプリだよ! ……まさかと思うけど、学校からのメールをブロックしているなんてことはないよね?」
「そ、そそそんなことない……ヨ」
ダンジョンアカデミーは入学すると学籍番号とユーザーID、メールアドレスとパスワードを与えられる。
入学当初の私は最新の学校に感銘を受けながらメールアドレスを登録した。わけだが家に引きこもり、精神的に病んでいる時期に学校からのメール通知を見ると吐き気を催すため、メールをブロックというかブラックなリストに登録していた。
それを今、解除する!!
「あ゛……!」
「はあ、その様子だと大量のメールが届いたみたいだね」
その中にはダンジョンアカデミー専用の『クエストアプリ』をダウンロードするようにというモノがあった。
私はURLを押して、クエストアプリをダウンロードする。
「く、クエストアプリってなに?」
「文字通り、クエストを受けたり依頼できたりするアプリのことだよ。そのクエストには幾つか種類があって。
一つ目が討伐クエスト……学校側が出している常駐型の依頼で、指定されたモンスターを討伐するというもの。
二つ目が採取クエスト……魔鉄や光苔と言った武器やポーションを作るための素材を集めてくるもの。
三つ目が納品クエスト……生産科の生徒を対象にした依頼だけど、ドロップアイテムが含まれる場合もある。それで納品された物は生産棟一階で売りに出されている。
これらのクエストを達成すると、クエストポイント略して『QP』を貰えるんだ」
話を聞いている内にダウンロードが終わり、クエストアプリを開く。
ユーザーIDを入力してログインすると、委員長の言った三つと『その他』『緊急』クエストが存在した。
その内の討伐と緊急に赤点が浮かび上がっていて、討伐の方をタッチすると何やらクエストクリアの文字が……?
「なんか達成してるのがある」
「ドロップアイテムを換金した時に何も思わなかったの? ドローンにはダンジョンアカデミーから借りた証であるシールが貼ってあって、そこに受付の職員が持っている魔光のライトを当てると、個人情報が浮かび上がるんだ。だから、ゴブリン討伐の常駐型クエストを達成したんだと思う」
そう言えば、銀行に討伐報酬が振り込まれたってことは銀行に繋がる情報がドローンにはあったということで……。
「嘘〜〜〜〜〜〜〜〜!! じゃあ職員さんに私の正体バレてるじゃん!?」
「私達の情報を漏らすことは絶対にないから、心配しなくてもいいよ」
「国家の犬〜!」
「いや国は敵じゃないでしょ。それと食堂に着いたから、お昼ご飯を奢るっていう依頼を出して欲しいんだけど」
委員長の言葉を聞いて画面を見ると、第一食堂が映っていた。
そこはフードコートのような作りになっている。民間企業が協力してるのか、有名なハンバーガー店や牛丼屋、ラーメン屋やカレー専門店が建ち並んでいた。
「今日はカレーの気分だから、ここにしよ」
「夏なのに寒いね」
「ノーコメント」
委員長は名前に『ココ』が付くカレー専門店に並んだ。
「QP足りるかな?」
私はダンロボで先に席を確保しながら、独り言のように呟く。
ゴブリンの討伐報酬が低かったように、QPも100の可能性がある。
「余裕で足りると思う。何せ上層とか中層モンスターの討伐報酬が低いのは、QPがあるからだし」
私はクエストクリアしている『ゴブリン討伐』をタップして、QP──呼び難いからキュピでいいや──を確かめる。
「え〜〜〜〜〜〜っ!? ゴブリン5体で1万キュピーーー!?」
「それは一回しか受けられない、初心者クエストだからね」
「現金化できないの!?」
「レートは1/100だよ」
「100円!?」
わ、私のトラウマを的確に抉ってきやがる。
なんという悪魔的数字……!
「レートが低いのはダンジョンアカデミーでしか使えない電子通貨だから、あとは学生に大金を持たせたくない大人の事情がある」
「あー……ウン、ソダネ」
両親に土下座して金借りてる身だから何も言えねぇ。
「水神さん、私の順番に回ってきたから早く依頼を出して欲しいんだけど?」
「オッケー」
私は急いで委員長に依頼を送る。
この時の私は気づいていなかった。
私の行動は白紙の小切手を渡したに等しいということを……。
「さて、全種類のカレーを頼もっと♪」
委員長は機嫌よく、メニュー端から端まで全部みたいなことを言い始めた。
「すいませーん、メニューの端から端まで全部トッピングMAXでお願いします」
「ほへぇ!?」
本当に言った! しかも上回ってきたぁ!?
このカレー専門店ライス以外にナンもあるのに、それを全種類だと!?
「お支払いお願いします」
「はーい♪」
お支払いは勿論、私のキュピである。
「あーーーーーーーーーーーーー! 私のお金が見る見る減っていきゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「QPをお金っていうのやめてね」
の、脳が破壊される。
まあ1万キュピなら許してやろう。
「わあ、足りない分は自分で支払うつもりだったんだけど、流石イレギュラー個体のブラッディベアーを倒しただけはある。緊急クエスト扱いになってたんだ」
「にゅぉぉぉぉぉぉ!?」
私のキュピ残高が現在進行系で減っている。
緊急クエストのブラッディベアーの討伐報酬10万キュピが一気に暴落した株のようにゴリッ☆ と減った。
「どんだけ頼むんだよ!? お礼って言ったって限度あるじゃん!? それに学食って安いイメージがあるのに! こんな、こんな……!!」
「ごめーんね☆」
「ッ! ……っ!!」
血管が切れそうになり、私は深呼吸して心を落ち着かせる。
私は有名配信者、私は有名配信者の氷神イナリ。
こんなことで心が乱されるなどあってはならない。
「運ぶの手伝ってくれない?」
「手伝うかぁ!!」
「ふふ、店員さんデキた物から運んできてください」
完全に異常な光景なのだが、食堂にいる人は慣れたとでも言うように冷静だった。
何故か私の方に『分かる』的な同情の眼差しが集まっている。
「だから言ったのに、後悔するって」
「ぐぬぬぬぬ〜」
健啖家とは名ばかりの暴食魔人は、正座ダンロボの向かい側に腰を下ろす。
「水神さんは食べないの?」
「……悔しくない。別に悔しくないし、家で食べる方が美味しいし、お母さんの手作りだし」
リビングに行くと母の手作りオムソバがあり、それをレンチンする。
「お母さんの手作りか。まあ私のカレー全種類トッピングMAXにはギリギリ勝てないけどね」
「ギリなんかい」
私は右手にマヨネーズ、左手にソースを構える。それらを温まったオムソバに投射し、白黒の猫を描く。
「ふっ、我ながら完璧だ」
オムソバを持って部屋に帰ると、トンデモナイ光景が広がっていた。
二人席の丸テーブルは小さいが、一人分の料理を置くだけならスペース的に問題ない。
はずだった……。
「お皿のビルができてるぅ!?」
皿が丸テーブルを埋め尽くしていて、天高く積み上げられている。
なのに食堂にいる人達は平然とご飯を食べていた。新しいカレーを運んできた店員さんも「いつものことだけど、よく食べるわね」と微笑ましそうにお皿ビルを回収していく。
「こいつら正気じゃねぇ……!?」
まともなのは私だけだ。
「水神さん、カレーは飲み物よ」
「ナンだって!?」
いや待て。
百歩譲ってカレーライスは飲み物だとしても、カレー&ナンは飲み物じゃないだろ。
お前はカー◯ィか。
「ダメだ、何も考えられない。頭が栄養を求めてる。……いただきます」
委員長の食事風景を見ていると食欲が失せる。ので、バックカメラの映像を眺めながらオムソバを食べる。
ソース+マヨネーズ+薄皮の卵+焼きそば、美味しいものに美味しいものを重ねると相乗効果がエグいんだから!
「んー! オムソバうまー!」
野菜も入っているからシャキシャキ食感が楽しくて、箸を動かす手が止まらない。
そうやってお昼ご飯を食べていると、委員長が話を振ってくる。
「そう言えば水神さん、どうしてダンロボは傷ついたままなの?」
「ズルズル……私の目的の一つにダンロボ使いを広めるってのがある。私のようにモンスターと怖くて戦えない覚醒者に、こんな道もあるよって示すために。その願いは叶われつつある。嬉しいことに……だけど、だけど! 修理の電話をかけたら予約注文が殺到しているから人手が足りないって断られたんだよぉ……!!」
オムソバを頬張りながらXXを開くと、ダンロボと一緒に写真を撮っている人が大勢いた。
「氷神イナリだって言ったら?」
「特別扱いはヤだ」
「めんどくさっ」
その提案は考えたが、修理に人手を回すとダンロボの生産数が減り、今ダンロボを必要としている人に届かなくなる。
それは嫌だった。
「あ……」
「どうしたの?」
「嫌なものが目に映っただけ」
ダンロボを購入した人の投稿に対して、否定的なリプライを返している人がいた。
『ダンロボは下層じゃ使い物にならない役立たずwww』
ダンロボ最大の利点は安全にモンスターを倒せることだ。
しかし、一定以上の強さになるとモンスターは賢くなり、決められた動作しかできないダンロボは使い物にならないと言われている。
『元から戦闘目的で開発されてないからなw』
「……」
ダンロボはダンジョン探索人型ロボットの略称だ。
そう、攻略ではない。
ダンロボは未開拓階層の探索を目的として開発されたと言われている。
故にダンロボでは上層と中層のモンスターを倒せても、下層のモンスターは倒せないと言われていた。
ダンロボはそいつらを倒せる可能性はあるけど、未だに誰もそれを成し得ていない。だから否定的なリプライに反論することができない。
「もっと強くなりたいな」
こういう否定的な意見を潰せるように、強いモンスターを倒せるようになりたい。
ダンロボ使いの星になる。
……なんていうのは大袈裟かもしれないけど、この、ダンロボは戦闘に使えないという風潮を少しでも改善するために頑張りたかった。
「ふふ、そんな水神さんに丁度いい話があるんだけど、いい?」
「改まってどうしたの?」
こちらを真っ直ぐ見つめていた。
窓際の席にいるため太陽の光が髪を照らし、天使の輪が浮かんでいる。
委員長の顔は癪なことに整っていて、今まで見た誰よりも可愛い。その透けるような肌に光が降りていると、透明感が際立って見惚れてしまう。
そんな委員長の艷やかな、桜色の唇が開いた。
「お昼を奢ってくれたお礼に一人、貴女に紹介したい鍛冶系のクラフターがいるんだ。
──そのダンロボ、強化したくない?」
それは、魅力的すぎる提案だった。
「したい……!!」
委員長はぺろりと下唇を舐めると、「じゃあ早速、その子の所に案内するよ」と白黒の髪を揺らして立ち上がった。
カレー全種を驚異のスピードで平らげた委員長に私は。
「まだオムソバあるからちょっと待って」
「……わかった。デザート頼んでくる」
そうして、委員長はトコトコとクレープ屋さんに歩いていった。




