プロローグ ニートは土下座して金借りる
私、水神祈は家族と夕飯を食べた後、大切な話があると切り出した。
高校一年目にして、家に引きこもりニートと化した私の相談に「分かった」と両親は真剣な顔で頷いた。
リビングのカーペットに正座した私は、真心を込めて頭を下げる。
「一生のお願いっ! お金を、お金を貸してくださ~~~~~~~~~~い!」
「「そんなことだろうと思ったよ! このバカ娘!!」」
どうしてこうなったのか、それには深い理由がある──。
今から五年前、世界各地にダンジョンが出現した。その中にはゲームに詳しい人なら想像つく、危険極まりないモンスターが徘徊していた。
そいつらには銃火器や爆弾と言った現代の兵器が通用せず、モンスターを倒すには覚醒者の力が必要だった。
この覚醒者と言うのは、ダンジョンから溢れた魔素に適応して、ステータスとスキルを授かった人である。
覚醒者は適応する属性があり、覚醒率が高いほどそれが身体的特徴に現れる。かく言う私は氷と水の魔素に適応し、髪は透き通るような水色に、目は結晶模様が入った碧眼になった。
当時は覚醒者がどういう存在なのか分からず、その身体的特徴の変化を私は同級生の子に弄られた。それはもう弄られまくった。
まだそれだけなら耐えられたけど……モンスターに覚醒者が有効と分かるや否や、覚醒者を優遇する代わりにモンスターを間引くように国から指示が出された。
モンスターは定期的に倒さないと、溢れるのだ。
一度地上に溢れかえり、生命の危機を脅かされた人々は覚醒者優遇制度(モンスター討伐の条件付き)に賛成。私のような学生は、覚醒者育成の高校に入学させられた。
私は国のしたいことは分かるし、やった方が良いというのも頭では分かっている。
だけど──モンスターと戦うのが怖いのだ。
初めての実戦。生物が死ぬ瞬間を見た。
モンスターと人類は敵対していると分かっている。分かっていた。最初は映像越しで見たそいつらは弱くて、簡単に倒せると思っていたけど、とんだ思い違いだった。
画面越しならスプラッター映画のようだと耐えられたけど、目の前にいると無理だった。
怖くて震えてしまって、モンスターを一匹も殺せなかった。
初めての実戦の後、周囲から失望の目を向けられて……。
私は引きこもりダンジョン探索から逃げている。
──だけど、私はある商品の発売を知り、土下座するに至ったのだ。
「えっと、私って見た通り覚醒者じゃん?」
「そうだな。何故お前が適応できたのか分からんが」
「学校にもできてないのにね」
「モンスターと戦うの怖いって説明したじゃん!?」
両親に突っ込む。
割と深刻な悩みだけど、この両親と話していると下らないことに思える。
「そんなことより、お姉ちゃんが子供っていう立場を利用して、ママとパパから借金してまで買おうとしてるのって、これ?」
「妹!?」
「お姉ちゃん下向いてて何言ってるか分かんない」
「妹ぉぉぉぉぉぉ! 言い方ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
妹ボイスに心を抉られながら顔を上げる。
すると妹が指さしているテレビに、ある商品の広告が流れていた。
『だんだんだん♪ だんだだん♪ だんだだん♪ だんだんだんだん♪ だんだだだん♪ ダンジョン探索ロボット発売中!! 今なら何と1000万円! 学生なら700万円!!』
ダンジョン探索ロボット、通称『ダンロボ』だ。このダンロボは操縦者のステータスを反映し、スキルまで使える高性能人型ロボット。ダンジョン産の素材と最新の技術を使って作られていて、その最大の特徴は遠隔操作できる点にある!
「引きこもり娘にはうってつけだな」
「格ゲーばっかりしてるしね~」
「こいつ玩具みたい」
「家族!? 私達家族だよね!?」
「お姉ちゃんのいう家族ってお金を借りられる人のこと言うの?」
「ぐふッ!?」
強烈なボディーブローを食らった気分だった。
だが、ノックアウトするにまだ早い。
「一生のお願い! ダンロボがあると私も覚醒者として働けるし、それに……私にニートとか言ってきた連中を見返せる!」
「「祈……」」「お姉ちゃん……」
「「「バカなの?」」」
「えぇ!? どうして!? 割と切実なんだけど!? クラス委員長からのメールに心配してるのかなって思って開いたら『ニート働け』だったし、学校の掲示板でもネットの掲示板でもボロクソなんだよ!?」
「それは事実だろ?」「事実でしょ」「でしょ」
「いやまあそうなんだけど!」
「というか見なければ良くないか?」「そうね」
「え、いやぁ、気になるというか……」
「ネット解約する?」
妹ォ! 何てこと言うんだ!!
「まあ、でも、本気だということは分かった」
「祈から何かをお願いされたのって、これが初めてだしね」
「……お姉ちゃんがヒキニートしてたからじゃない?」(ボソッ)
「姉の苦労を知らない妹など妹ではない! 部屋に帰れ!」
「私お姉ちゃんじゃないから」
「ぐふぅ!」
さっき夕飯を食べたばかりなのに、吐きそうになる。
それほどまでに強力な一撃だった。
「祈、楽にしなさい。一生と言ったからには分かっているのか?」
顔を上げると、父親と目が合う。
真剣な顔をしていて、心臓がきゅっと締めつけられた。
お母さんを見ると妹を膝に乗せていて、同じようにこちらを真剣に見つめている。
胃がきゅるきゅると音を立てて、胸が苦しい。
「祈はこれから覚醒者として生きていくことになる」
「うん」
「一度も役目を果たさずに時間が過ぎれば、自由になれる可能性だってある。だが一度でも役目を果たすということは、今後も求められるということだ。祈は一生、覚醒者としての道を歩まないといけない。それは分かっているのか?」
「うん!」
私だって覚醒者の端くれだ。
モンスターの脅威は実感している。あのモンスターが地上に溢れかえり、もしも家族にその牙を剥いたらと思うと、私は強くなりたいと思える。
「ダンロボか。父さんは昔ラジコン小僧として通っていた」
「うん……うん?」
「その血を引いている祈なら、上手くやれるだろう」
「え……うん」
待って、温度差が凄い。
風邪ひきそう。
「初めて父親に買ってもらったラジコンは、今も俺の部屋に飾ってある。
祈──大切にしろよ」
「うんっ!!」
そうして私は今日、両親から700万の借金をしてダンロボを買った。
美談……なのかな?
初めまして、エイゲツです。
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