愛人の子
「話はわかりました。……アメリア」
「は、はい!」
お父様に呼びかけられて、私は背筋を伸ばしました。
お父様の執務室。
今ここには、お父様、お母様、そして、先程の出来事を目の当たりにしていたリアム殿下、私の四名が揃っています。
お父様は手を組み、その手に顎を置くと私に言った。
「辛い思いをさせた。……すまなかったな」
「い、いいえ。お姉様が素敵なのは事実ですし……。言われた言葉は……辛かったですけど」
「……公爵。この罪は重いですよ」
なぜか、リアム殿下がそんなことを言う。
言葉の意味がわからずリアム殿下に視線を向けるが、彼はお父様を見つめていて、視線は交わりません。
「……そうですな。返す言葉もない」
「こうなることは分かりきっていたことでしょう。それなのになぜ、手癖の悪い娘をそばに置いたのですか」
「手癖の悪い……」
「アメリアちゃん。アンリエッタはね、あなたが憎くてたまらないのよ。あの子は愛人の子、あなたは正妻の子……。妬ましかったのではないかしら」
お母様──私の、産みの母のメイドであった彼女が、今の公爵夫人です。
彼女は気遣わしげに私を見ました。
幼い頃は、私のことをアメリア様、と呼んでいたようなのですが、それに距離を感じた幼い私が、彼女に言ったらしいのです。
アメリアと呼んで欲しい、と。
だけど、さすがに呼び捨てはできないとのことで、今の形に落ち着いたのだと聞きました。
私は、彼女を第二の母のように思っています。
彼女も私を大切にしてくれていると、知っております。
彼女にとって、私の産みの母は仕える主である以上に、とても大切なひとだったそうです。尊敬するひとだった、と彼女は以前、私に教えてくれました。
結果として、彼女は父の妻となりましたが、それは私のお母様の時とはまた、違う形なのだとか。
詳しく聞いたことはありません。
今、お父様とお母様が幸せなら、それでいいと思うからです。
お母様の言葉に、私は戸惑いました。
「そんな、愛人だなんて」
そんなこと、思ったことはありません。
戸惑う私に、お母様は首を横に振りました。
「コンプレックスなのよ。だから、いたずらにあなたを傷つける」
「お姉様は、私にそんなこと……」
「あなたは優しいから……気付かないだけ。よくよく注意してみてごらんなさい。笑っているようで、あの子は全く笑っていない。あなたを蹴落とすことしか考えて──」
「サラサ。その辺で。アメリアはひとの悪意に鈍感なんだ。この子は、そんなものがあるとは思わずに生きている。優しい子なんだよ」
「…………」
優しい、優しいと言われますけど。
きっと、違うと思うのです……。
私はきっと、鈍感なんだわ……。
さんざん、アーロン様に言われましたもの。
鈍臭い、にぶい、のろい、って。
お父様もお母様も、良いふうに言ってくれているだけなんだわ……。
私は、自身の鈍さに絶望しました。
そんなにわかりやすく、私はお姉さまに意地悪をされていたのでしょうか。
それなのに私は気づかず、お姉様を慕っていた?
な、なんて……。
(なんてばかなの……?)
おバカな子、一号出来上がり!状態じゃないの……。
私は悲しくなりました。
なんて私は呑気で、能天気で、何も考えずに生きてきたのだろう、と。
自分の馬鹿さ加減に衝撃を受けている間にも、話は進んでいたようです。
「では、今すぐスペンダー伯の息子を呼ぼうじゃないか」
お父様の声です。
ハッとして顔を上げると、お父様は私を見てにっこりと笑いました。
「愛妻の忘れ形見をこんなにも貶め、貶し、傷つけてくれたんだ。相応の対処をしようじゃないか」
「お父様……。アーロン様との婚約は解消してくださるのですか?」
「もちろんだ。お前を傷つけ、あろうことかアンリエッタと関係を持った。こちらを愚弄するにも程がある。お前がなんと言おうと、この婚約は解消させるよ」
その言葉に、私はほっとしました。
アーロン様は、私と必ず結婚する、みたいなことを言っていたから……。
私は、彼と結婚する以外ないのかと、そう思ってしまいました。
不安だったのです。
だけどお父様の力強い言葉に、私は胸を撫で下ろしました。
「だけどアーロン様はどうして、私と婚約解消したくないなんて仰ったのでしょうか。やっぱり、私から言われて腹が立ったのかしら……」
首を傾げると、お父様が意味深に笑って私を見ました。
「お父様……?」
「それはね──ああ、そうか。お前は知らなかったね」
そして、お父様は私に教えたのです。
公爵位の継承権。
それは、嫡女である私のみが持つ権利。
私と結婚すれば、その権利は夫へと引き継がれます。
アーロン様は公爵位の爵位を欲して、私と結婚したがっているのだろう。
お父様はそう語りました。