しつこい男は
「殿下……!?なぜここに」
アーロン様が驚いた声を出し、私の手首を掴む力を弛めました。これ幸いと、私は彼から距離を取ります。
彼──リアム・レース・アルカーナ殿下は、この国の第三王子であらせられます。
切れ長の青い瞳に、少し暗い桃色の髪。
その髪色は、お母様に似たのでしょう。
左目の下には、一点のホクロ。
彼は、王子という立場ではありますが研究者としての顔も持っています。自身の研究が忙しく、なかなか王城からは出てこないと噂ですのに……なぜ、こんなところにいるのでしょう。
リアム殿下は、私を見て、アーロン様を見ました。
「話は聞こえてきた。彼女は、あなたと婚約解消を希望しているみたいだね」
「それは……!今は誤解があって……!」
「誤解?彼女の姉君と通じている、という話かな。それは誤解ではなさそうだけど」
そういえば、リアム殿下もまた、お姉様の魅力にやられたひとりでした。
アーロン様とお姉様が想い合っている、なんて話は彼からしたら不快に決まっています。わたしは居た堪れなくなりました。
「とにかく、淑女に乱暴を働くのは紳士のやることではない。それも、こんな連れ込み宿みたいな場所で」
「…………連れ込み宿?」
耳慣れない言葉に戸惑っていると、アーロン様は明らかに動揺を示しました。
「バッ!そんなわけないでしょう!!ここのどこが連れ込み……。いや、それより、なぜ殿下がこんなところにいらっしゃるのですか?殿下にいいひとがいるなんて、聞いてませんよ」
「あなたと同じにしてもらいたくは無いな。私は、ここで取引をしていたんだ。この店を使ったのは、相手の指定だよ」
ちら、とリアム殿下が自身の背後に目配せをしました。
すると、いつからそこにいたのでしょう。そこには、帽子を目深に被った男性と思わしきひとがいました。
アーロン様は彼を見て、気まずげに視線を逸らします。
「このことは、バーチェリー公爵に報告するが構わないね?」
「……困りますよ。殿下といえど、あなたは部外者だ。当事者間のことに口を出さないでいただきたい」
アーロン様の言葉に反論したのは、私でした。
リアム殿下が仲裁に入ってくれて、私はとても助かったのです。このまま彼が退室でもしたら、先程のように揉み合いになるのは目に見えています。
「私はもう、あなたとふたりきりで話すのなんてごめんです!頬を叩いてしまったのは申し訳ありませんでした。でも、ひとを引き留めるために手首を掴むのは良くないと思います。すごく、痛かったんですのよ!」
「あれはきみが話し合いを終わらせようとするから……!」
「もう、いいです!!」
思わず、私は叫んでいました。
私の大声に驚いて、アーロン様が虚を衝かれた顔になりました。
「お姉様とのこととか……そういうのはもう!私は決めました。あなたとは絶対に結婚しません。お姉様のことを抜きにしても、あなたみたいに威圧的で暴力的なひとと一緒になりたいとは思いま……思えません!」
チビで痩せっぽち。
子供みたいな体型。
決め手となったのは、彼のこのセリフでした。
彼に抱いていた淡い恋心のようなものは、既に砕け散っていました。
あんな言葉を投げかけられてなお、盲目的に彼に心酔することは、私にはできない。
「な──」
屈辱のためか、彼の顔が赤く染まります。
激昂する気配を感じとって身構えると、さっと私の前に腕が伸ばされました。
見れば、リアム殿下でした。
私を庇うように彼が私の前に左手を伸ばしています。
「というわけだから、諦めたらどうだ?しつこい男はみっともないぞ。アーロン・スペンダー」




