あなたに出会ってからの物語 ①
それから数年が経過した。
アメリアは、いつからか研究室を訪れなくなり。代わりに彼女の姉だという娘が顔を出すようになった、が。
そもそも、研究室は俺のテリトリーである。
俺の許しがなければ、入ることは許されない。
目上の立場である兄、父、母は別として。
そういったわけで、彼女の姉であるアンリエッタは門前払いで追い出しては、俺はアメリアがぴたりと訪れなくなってしまった理由を考えていた。
「よ、リアム。おー。相変わらずここは薬草の匂いがするな」
「……兄上。入る時はノックをしてくださいと再三申し上げておりますよね」
研究室に入ってきたのは、一番上の兄。
王太子であるロイドだった。
彼は、幼少時の俺を知っているからか、いつまでも俺を子供扱いする。
リックとの確執も、あれ以来なくなり、彼は歳の近い友人のような存在になった。
リックは、俺を嫌って悪意を向けているわけではなかった。ただ、俺を心配して、その心配が空回りしていただけだったのだ。
不器用な男だと思うが、兄の心遣いは有難く思う。
ロイドは、俺の言葉を無視して、木の椅子にどかりと腰掛けた。アメリアが、よく座っていた椅子だ。
「あなたが座ると、今にも壊れそうですね……」
「なんだ。アメリアちゃんに振られて傷心中か?」
「…………その、アメリアちゃん、というのやめてもらえますか」
「ふん。そんな独占欲持ってるくせに、なに手をこまねいているんだか。アメリアちゃんの相手だがな、あんまりよろしくねぇぞ。お前も知ってんだろ」
兄は、王太子だというのに粗野な言葉遣いをする。
これで、人前では完璧な貴公子を演じるのだから、このひとは食えない。
俺は、ため息を吐いた。
兄の言葉を無視して実験を再開しようとして──手が滑った。
試験管が机に落ちる。
苦労して抽出した液体が、机に広がる。
「…………」
「あの子の名前だけでそんなに動揺するくらいなら、何で動かない?」
「…………彼女は、あの男が好きなのだから私の出る幕ではないですよ」
そんな言葉を吐きながら、濡れ手巾を手に取った。この液体を抽出するためだけに、二日徹夜したというのに……。これも、ロイドが余計なことを言うからだ。
俺は、苛立たしげに彼を見た。
「何の用ですか、兄上。私をからかいに来たのなら帰ってください」
「おーおー、荒れてんな。だが、じゃあな、リアム。お前は、自分が出る幕が上がったらどうするんだよ?」
……兄は、そんな言葉を言い残して研究室を後にした。彼も暇な身ではない。
俺を気にして、時間を作ってくれたのだろう。
リックといい、ロイドといい、ひとの世話を焼くのが好きなやつらだ。
『お前は、自分が出る幕が上がったらどうするんだよ?』
「…………」
そんなのは、決まっている。
もし、もしも。
その舞台に俺が上がることが出来たなら。その時は──。
☆
アーロン・スペンダーは、叩けば叩くほどホコリが出る男だった。
違法賭博に、恐喝事件の揉み消し。
裏帳簿、脱税。摘発するのに困らないほどの罪状である。
これで良く、今まで手が後ろに回らなかったな、と逆に感心するほどだ。
アーロンのやり方は実にシンプルだ。
騎士団上層部や、文官管理職、財務大臣の秘書や側近など、立場のある人間を違法賭博に誘う→ディーラーと組んでイカサマを仕掛ける→相手が大負けする→相手の持ち金がなくなれば、大成功。
そして、彼は相手から金を巻き上げない代わりに、対価を貰う。
それは、彼自身の【願い】を聞いてもらうという、まあ、あくどいやり方だ。
金銭の対価のお願い、とやらが可愛いものなわけがない。そうして、アーロンは自分の犯罪を揉み消させていた、というわけだ。
俺はこの件をすぐに父に報告の上、判断を仰いだ。
父王は、「それが事実なら決して看過できない」といい、この件の全権を俺に委譲した。
兄たちもそれに異論はないようだった。




