あなたに出会うまでの物語 ③
少女は、名をアメリアと言った。
アメリア・バーチェリーといえば、バーチェリー公爵家の娘だろう。
そういえば、今日はバーチェリー公爵の謁見が入っていたな、と思い出す。
「リザを知りませんか?とっても可愛くて、優しい侍女なのです」
「……知らない」
抽象的な情報を得たところでそんなんじゃ見つかるはずもない。
彼女は、俺のことを知らないのだろう。
困ったように首を傾げると、言った。
「では、見つかるまでの間一緒にいてくれませんか?私、王城にきたの初めてなのです。あ!決して邪魔はしませんから!」
既に邪魔だ。
そう思ったがバッサリ切り捨てて泣かれると厄介だ。
黙り込んだ俺を見て、彼女がずいと距離を縮め、言った。
「この先には何があるのですか?」
ぐいぐい来るな……。
冷たくされても、アメリアはめげなかった。
スルースキルが高いのだろう。
結局、根負けした俺は、彼女を研究室へと招き入れた。
従僕に、バーチェリー公爵への伝言を持たせるが、彼は謁見中だ。
謁見が終わるまではアメリアを迎えに来ることは出来ないだろう。
「ねえ、それは何をしているんですか?」
アメリアは、俺の手元を覗き込んではそんなことを聞いてくる。
「言っても分からないと思うよ。あと、騒がしくするなら出ていって」
「分かるかもしれないじゃないですか!……私、うるさいですか?」
「ちょこまかされると、邪魔」
「じゃあここにいます!これならいいでしょうか?」
アメリアは、どんなに俺にすげなくされてもやはりめげなかった。
研究室に備え付けられた木の椅子にちょこんと腰をかけると、楽しそうに俺の研究を見ていた。
あまりにもニコニコとしていて楽しそうだったので──あと、椅子に座ったことで邪魔でもなくなったので。
ひとまず、このままにしておいてもいいか、という気持ちになった。
どうせ、公爵が迎えに来るまでの短い間だ。
そうして、俺とアメリアは出会った。
公爵が迎えに来るまでの間、アメリアは意外なことに静かに過ごしていた。
そして、彼が迎えにくると彼女は驚くことを言った。
『明日も来ていいですか?』
俺の身分を知っている公爵が戸惑いを見せたが、それを抑え、俺は答えた。
『あなたが来たければ来るといい』
アメリアとの時間は、思ったより悪くなかった。
他人がいて、こんなに居心地が悪くなかったのは初めてのことだ。
アメリアはそれから、俺の研究室に度々顔を覗かせるようになった。
そして、ある日。
事ある毎に俺に絡んでは嫌味を言う兄リックが、アメリアのいる時に研究室を訪れた。
「お前は未だ、そんなつまらないことをしてるのか?」
あからさまな嫌味だ。
相手をする方が無駄だと分かっているため、俺は黙々と手を動かしていた。
そんな俺に、兄はさらに気分を害したようだった。
「お前というやつは、立場を理解しているのか?そんな手遊びにかまけて、残念なやつだ。お前は知らないのか。世の中は、お前のことを変人だ、と言っているんだぞ」
「父上の許可はいただいています」
「だからなんだと言うのだ?僕は嘆かわしい。実の弟が、そんな妙なことにハマっているだなんて。今からでもお前は僕と一緒に公務に……」
そう、リックが言った時だった。
いつもは木の椅子に座り、興味津々にこちらを見ているだけのアメリアが、なんと彼に反論した。
「リアム様は、とても素晴らしいことをしていらっしゃいます!手遊びでもなければ、残念なことでもありません。あなたには、見る目がないと思います!」
「アメリア!?」
思わず彼女の名を呼んでいた。
彼女は未だ、俺の立場も、そしてリックが第二王子であることも知らない。
突然会話に割り込んできた第三者にリックは眉尻を釣り上げた。
「なんだお前は」
「いつもリアム様の研究を見させていただいているものです。リアム様の研究は、素晴らしいんですよ!あなたも知るべきだと思います」
そう言って、アメリアは有無を言わさずリックの腕を掴むと、俺の前に引き連れてきた。
そして、彼女はたどたどしく説明を始めた。
「まず、リアム様が今手がけている研究ですが、麦の品種改良というものをしているのです。従来の麦は、寒冷地では発芽しません。ですから、発芽するように様々な実験を行っているのです。こちらは、大陸で用いられるララオツブムギです。乾燥地帯に強くて……」
アメリアの怒涛の説明に、リックは最初面食らっていたようだが、だんだん彼女の説明にのめり込み始めた。
何度か質問を繰り返し、その度に彼女から回答を貰い。やがて、数分後には納得が言った様子で頷いていた。
「ふぅん。お前がしているのはそんな研究なのか」
「そうです。だから、決して残念とか言わないで」
「だが、それが成功するかどうかはわからない。成功しなければ無駄と言わざるを得ないな」
「成功は、失敗の数々から生まれるのです!いきなり、成功する人なんていません!!」
アメリアが、そんな大声を出したのを、俺は初めて聞いた。
そして、彼女の言葉はリックの納得のいくものだったらしく、彼は最終的に「確かにな」と頷いていた。
そして、それから気まずそうに俺を見て──
「その……悪かったな。お前が社交を嫌っているのは知っているが、それから逃げるためにここを造らせたのだと思っていた。ようは、研究なんて建前だと思ったんだ。まさかその、ちゃんとやっているとは……」
「失礼ですよ!知らないで批判するなんて。一方的すぎます。もっと知るべきです!」
アメリアは、リックが第二王子だと知らないからそう言えるのだ。
先に教えておくべきだったか、なんて考えが頭をよぎったが、アメリアはきっと、リックの立場を知ってもそういうような気がした。
俺は、リックを見た。
いつも因縁をつけてくる兄王子は、気まずげな様子で、そこからはいつもの刺々しい雰囲気はない。
「お前が引きこもりになるのは良くないと思ったんだ。俺は、お前の兄だし……」
「ありがとうございます、兄上。私も、詳しい話をしておらず申し訳ありませんでした」
思えば、兄の小言をうるさいと思って聞き流していた自分にも非があるのだ。
それから、俺はさらに言葉を続けた。
「それと、彼女は私たちが何者かを知りません。非礼はお許しください」
「何者か……って」
アメリアが目を丸くする。
それを見て、俺はさらりと答えた。
「私とリックは、アルカーナの王子だよ」
そう言った時の、アメリアの顔は。
口がOの字に開き、目はこぼれ落ちんばかりに見開かれ。
そして、彼女は絶叫した。
「嘘ーーーーー!!!!」
俺の立場を知ったら彼女が変わってしまうのではないか、という恐れから、知らせずにいたのが良くなかった。
もっと早くに言うべきだった。そう思ったが、言いたくなかったのだから仕方ない。
アメリアの絶叫に、リックが苦笑していた。