意味深、すぎませんか
「……大丈夫か?」
アーロン様が帰宅した後、私は庭園に出ていました。
ずっとサロンにいたので、外の空気を吸いたかった、というのも理由のひとつですが──。
私は、隣に立つリアム殿下を見上げました。
彼は、庭園を彩る植物たちに視線を向けた後、私を見ました。
「大丈夫……とは、言い難いですね。自身の至らなさを、突きつけられたと言いますか」
信頼していたひとに、裏切られる。
まさに最大の敵は身内にあり、状態だ。
それに、今回の件で私の立ち位置がどれほど重要であるかも理解しました。
私かお姉様、どちらかが婿を取って爵位を継承していくのだろうとはずっと思っていました。
お父様の良きようにしていただければ、と思っていたのです。つまり、私には公爵家の娘としての自覚が欠如していたのです。
「自分の未熟さをとことん、痛感しました……」
蹲ったまま、俯きました。
冬の庭園は寒々しいですが、椿などが美しく彩っています。冬であっても咲くようにと品種改良された冬薔薇も、公爵家自慢の植物のひとつです。
「私は、あなたはあなたのままでいいと思うけどね」
衣擦れの音がして、そちらを見るとリアム殿下が私の隣に同じようにしゃがみこんでいます。
ふたりして、花壇を覗いているような、そんな格好です。
「……馬鹿のままでいた方がいいってことですか?」
「その卑屈な性格は直した方がいいと思う」
「そうですね……。失礼しました」
だめだ。
今の私は、何を言われても悪い方向に受け取ってしまいます。私はダメダメな人間なので。
だって、あまりにも馬鹿すぎるもの……。
お姉様の言葉を、その本質に気がつくことなく。
彼女の手のひらの上で転がされていた、ということでしょう?
お姉様の手のひらの上で、アーロン様と転がされる想像をして、私はため息を吐きました。
ちらり、花壇を覗きます。
庭師が毎日丹精込めて手入れをしている庭です。
さすが、雑草一本生えていません。
もし生えていたら、引き抜きたい気持ちでした。
つまるところ、私はやさぐれているのです。
「あああ……穴があったら入りたい。うううう」
妙な声も、出るというものです。
自省、猛省、反省!
おまけに酷い失恋。初恋、無惨も、散る!
頭の中でそんなフレーズが浮かんで、ため息が止まりません。
冬の寒空の下、私は傷心でした。
しかし、いつまでもやさぐれているわけにはいきません。ここには、私しかいないわけではないので。
私は気持ちを切り替えるようにため息を吐くと、そのまま立ち上がりました。
「それはそうと、さっきはありがとうございました」
「さっき?」
リアム殿下も、立ち上がりました。
昔は、私とそんなに身長は離れていなかったのに、今は見上げるほどです。
……チビと言われたことを思い出してまた泣きたくなりました。
チビだの貧乳だの体が貧しいだの、他人の容姿にあれこれ注文をつけるなんて、ちょっとどうかと思うんですよね、私。
「さっき、アーロン様の前で求婚?してくださいましたでしょう?」
「ああ」
そう言うと、彼も思い当たったようでした。
私は、リアム殿下に向き直るときっちり頭を下げました。
「アーロン様の手前、仰ってくださったのでしょう?ありがとうございます。おかげで話がスムーズに進みました」
「…………」
しかし、リアム殿下からの応えはありません。
あれ?聞こえなかった??
気になって顔を上げると。
「…………どうしたんです?変な顔をされてます」
リアム殿下は困惑したような、戸惑っているような。そんな変な顔をしていました。
あれです。紅茶だと思って口にしたら、麦酒だった、みたいなそんな顔です。
「リアム殿下?」
呼びかけると、彼は大仰にため息を吐きました。
そして、じろ、と私を睨みつけ。
「な、何ですか?」
責められているように感じ、思わず一歩後ずさります。
リアム殿下は、まだ何か言いたげでしたが、急に真面目な顔をして私を見ました。
なにか大事な話でもあるのかと、私も身構えます。
そして、彼が言ったのは。
「あれは、その場しのぎの言葉じゃない」
「…………へえっ!?」
へ?と、え?が混ざり、妙な声が出ました。
慌てて口を抑えるより早く、リアム殿下が言います。
「この後、あなたはどうするんだ?」
「えっ?え、えーと、そ、うですね」
話題の切り替えが急すぎて、追いつきません。
それでも慌てて思考を回していると、リアム殿下が言いました。
「私の研究室を手伝う気になった?」
「え!?あ、いや、それはですね……」
ど、どうしよう。
さっき、リアム殿下が変なこと?を言ったから、上手く言葉が出てこない。
しどろもどろになる私を見て、彼が満足そうに私を見ました。
なんだか、とても恥ずかしく感じます。
気まずい、とはまた違うような。
「春までに、考えておいてくれ。あなたの答えを待っている」
待つ。それは、研究室の件を言っているのですよね?そうですよね??
さっきの今です。
あのお姉様を見て、千年の恋も冷めてしまった、というのなら理解できますが……。私も、そうなので。
(だけど、それにしたって切り替えが早すぎませんか!?)
それに、リアム殿下はお姉様のことでショックを受けた様子もありません。いえ、ショックを受けていた方がいいとか、そういう話ではないのですが。
(うーん……?元々、殿下はお姉様が好きではなかったのかしら?)
いえ、そんなはずないわ。
だって、お姉様はあれだけ殿下とのお話をしていたのだから。
だけど、もしも、もしもよ?
リアム殿下は別にお姉様のことが好きとかそういうのではなくて。
(実はアメリアのことが昔から気になっていた──)
……とか?
(いやいやいや)
少し考えて、即、私は否定しました。
(ないですわね!)
そんな物語のようなこと、ありえません。
一瞬とはいえ、夢見がちなことを考えてしまいました……。
アーロン様との件で、懲りたはずなのに。
恋愛は、しばらく懲り懲りです。痛い目を見たばかりですし。
そう思いながら、私は顔を上げました。
そして、リアム殿下に尋ねます。
「僭越ながらお聞きますが。リアム殿下は、お姉様のことが──」
好きだったのでは?
そう思って尋ねようとしたところで、遠くからひとの声が聞こえてきました。
「リアム殿下、どちらにいらっしゃいますか?」
「ここだ、マイケル」
リアム殿下がそのひとに応えると、黒髪の青年が現れました。彼は、リアム殿下の側近を務めているマイケルです。
マイケルはリアム殿下を見、私を見、頭を下げました。
「ご歓談中、申し訳ありません。王宮から連絡がありまして……」
彼がそう言うと、リアム殿下は軽く頷きました。
リアム殿下は忙しい方です。
今日、公爵家に立ち寄るのは完全に予定外だったはず。スケジュールが押しているのかもしれません。
そう思うと、これ以上彼を拘束していることもできず、私は彼に言いました。
「今日はありがとうございました。このお礼はまた。父と相談し、改めてご連絡いたしますね」
言うと、リアム殿下が私を見ました。
そして、何か言いかけて──苦笑します。
「ああ。今日、あの場に立ち会えてよかった。それじゃあ、アメリア。またね」
そう言ってリアム殿下はその場を後にしました。
【また】
ということは、次がある?
それなら、その【次】は一体いつなのでしょう。
(結局、婚約発言の意図、聞き損ねてしまいました……)
とはいえ、殿下が私を、とか、やっぱり有り得ないと思うのです。
何せ、もう数年、殿下とはお会いしていなかったのですから。
うーん……と、私は寒空の下、侍女が探しに来るまでの間ずっと、彼のことを考えていたのでした。
【一章 完】




