今までありがとうございました
「私が、彼女を貰い受ける。それなら何の問題もないんじゃないか?」
「へ、へぇぁああ……!?」
大声を出したのは、私でした。
あまりに驚きすぎたもので、素っ頓狂な声になりました。
咄嗟に、口を両手で覆います。
(誰が、誰を、貰う……って言いました?)
唖然としていると、リアム殿下が首を傾げました。
「何か問題が?」
「問題が……って、あり過ぎますよ!だいたいリアム殿下は……」
お姉様が好きだったはずじゃ──。
そう言いたかったのですが、さすがにこの場でそんなことは言えません。
逡巡した私は、ハッと気が付きました。
リアム殿下はきっと、この場を収めるためにそう言ってくれているのでしょう。
このまま、アーロン様を引き下がらせるために。
アーロン様との婚約を解消しても、次の婚約がすぐに決まると彼に思わせれば、彼の苦しい弁論も通用しなくなります。
そう思って、私はそろそろと上げかけた声を引き下げることにしました。
「いいえ。あの……そういうわけなので。アーロン様、婚約は解消の方向でよろしいですか?」
私が水を向けると、アーロン様は顔を真っ赤にしていました。
「なるほど、きみはそういうやつだったんだな。つまり、肩書きで男を判断する女ってことだ!」
いいえ、違います。
それならそもそもアーロン様ではなく、リアム殿下と婚約していました。
反論しようとしたところで、やっぱりリアム殿下が私の声を遮りました。
「あなたはつくづく愚かな人間だな。口を開けば開くほど、その品性が失われていくのが分からないのか?」
「────っ」
「こちらとしては婚約が解消されるならそれでいい。だが、アーロン・スペンダー。見当違いの怒りを彼女に向けるのはやめておいた方がいい。今の立場を失いたくないならね」
「……?それはどういう……」
私が首を傾げると、お父様が私の疑問に答えてくださいました。
「スペンダー卿。ほんとうに残念だよ。貴殿は、我が家の入婿になることが既に決まったかのように振る舞い、さらには爵位を賭けに使おうとしたね?」
「え、何ですか、それ。お父様──」
呼びかけると、お父様はギラリとアーロン様を睨みつけました。
社交界でも温厚だと有名なお父様です。
その公爵から睥睨され、アーロン様は息もできないようでした。
「アーロン・スペンダーは、ギャンブル好きのどうしようもない人間、ということだよ。もっとも、お前と婚約するまではそれで身を滅ぼすような賭け方はしなかったが──アメリアとの婚約が決まり、気が大きくなったのかな。どんどん賭け額が大きくなり、しまいには借金まで。人間が転がり落ちる時は、一瞬だね。スペンダー卿?」
「…………」
アーロン様は顔を蒼白にし、動揺のあまりガクガクと震えているようでした。
目を見開き、言葉も出ないようです。
それにしても──。
アーロン様が、借金。
それも、担保に我が公爵家の爵位まで使おうとした。
そのことに、頭が真っ白になりました。
馬鹿にしているにも、程があります。
「……私は今、こころから反省しております」
「アメリア?」
お父様に呼びかけられ、私は顔を上げました。
とにかく、私はひとを見る目がないのでしょう。
だからお姉様の本質も見抜けず、アーロン様の裏の顔にも気付かなかった。
公爵家の娘として、爵位を継承するものとして、あまりにお粗末です。
それに、まさか──私が信じたひとが。
私が好きになったひとが、私を利用しようとしていたなんて、思ってもみませんでした。
それが、甘いのでしょう。
今回のことで、私は骨身に沁みました。
「アーロン様。私は、あなたを軽蔑します」
「アメリア……」
彼が、すがるように私を見てきました。
先程のように怒りを見せないのは、もうこれまでだと彼も理解しているからでしょう。
家門まで賭け事に使おうとするなんて、とんでもないことです。これを知った以上、婚約の継続はありえません。
それは私も、そしてお父様も同じはずです。
「あなたを好きになったこと。決して、否定したくはありません。ですが、こうなった以上、思わざるを得ません。私は、ひとを見る目がない」
「そんなことは。僕はきみを愛してるよ……」
アーロン様の言葉は空々しく聞こえました。
私は彼の言葉を聞いて、にこり、微笑みます。
「馬鹿にしてます?それで、私が『わあい!やっぱり好き好き!』なんて、なるとでも?もしそうなら、あなたは私をとんでもない馬鹿女だと思っているのでしょうね」
「そういうわけじゃなくて」
「そういうわけでもどういうわけでも、とにかく。あなたとは本日をもって縁を切らせていただきます。今まで、ありがとうございました」