言った言葉すら忘れてしまうのですか
「──!」
カッと、お姉様の顔が赤く染まりました。
「いい加減にしなさいよ、私を馬鹿にして……!」
「馬鹿になんてしていません。悲しんでいます」
だってそれは、きっと、酷く虚しい人生だから。
お姉様の顔が、これ以上ないほどに赤く染まります。
「何ですって!?」
「お姉様は、妹に囚われすぎだと思います。早く、そこから解放されて、自分の人生を歩んだ方がいいですわ」
「偉そうに……!」
お姉様が私に飛び掛ろうとして、それをリアム殿下に押えられる。
お姉様が、零れ落ちそうなほど、その青の瞳を見開きました。
「はなして!!」
「離したら、あなたはアメリアに危害を与えるだろう」
「当たり前でしょ!だってこの子が、この子が悪いのよ……!」
両手を背後に回され、手首を押えられた様子のお姉様の前に、私は膝をつきました。
「お姉様──いえ、アンリエッタ様。あなたの人生から、私を取ったら。何が残るのですか?」
私の質問に、お姉様は愕然とした様子でした。
どうして、私にそこまで固執するのかは分かりません。
だって、私はずっと──。
いいえ、私は酷く鈍いようですから、もしかしたら節々でお姉様の憎悪を買うようなことをしていたのかもしれません。
だけど、お姉様の悪意はやりすぎだと、思うのです。
私が嫌いだから、私の婚約者を奪う。
私の悪口を吹き込んで、私を孤立させる。
それでも、一番許せなかったのは──
お母様譲りの容姿を、馬鹿にされたこと。
「……そこまで。アンリエッタ、すまなかったね」
お父様の言葉に、私たちはハッとそちらを見ました。
見れば、お父様が手を組んだ上に顎を置き、深く考え込んでいました。
「私は、良かれと思ってお前を公爵家に受け入れたが、結果として、それは良くなかったらしい」
「な……」
「お前は、母親によく似ている」
お姉様の、お母様。
公爵邸を訪れて、金銭を要求した方だと聞いております。
お父様は、彼女のことを今まで一切話したことがありません。
なにか、深い事情でもあるのでは……と思っていたのですが。
「明日、領地の修道院に発ちなさい。こちらで手配はしておく」
「お父様……!!」
「きみ、アンリエッタを部屋に。この後の話に、彼女は必要ないからね」
お父様に声をかけられ、控えていた従僕がふたりがかりでお姉様をサロンから連れ出します。お姉様は抵抗していましたが、そのままサロンから出ていきました。
彼女がいなくなり、サロンには静けさが戻ってきます。
なんだか、たいへんなことを口走ってしまったような。
それでも、私は自分の言った言葉が誤りだとは思っていません。
ただ、少し言い過ぎた……ような気はしますが。
着席すると、お父様がふー、とため息を吐きました。そして、彼はアーロン様を見て、本題を切り出します。
「スペンダー卿。お見苦しいところを見せてすまなかったね」
「いいえ、バーチェリー公。お気遣いなく。それと、言っておきますがアンリエッタの言うことは全て偽りです。あれは、妄想癖があるのです」
「私は、確かに聞きましたけどね。お姉様と愛を語らう、アーロン様の姿を、この目で見ました」
まさかこの期に及んで誤魔化すとは思いませんでした。
ないとは思いましたが、万が一これを信じて婚約解消がなされなかったら、と思うと口走っていました。
アーロン様が私を見るので、私は彼が何か言うより先に、手のひらを彼に向けました。
「言い訳は結構です。チビで貧しい体つきをした子供体型で申し訳ありませんでした。ですが、どんなド変態の紳士であろうと、あなたと結婚するよりはずっとマシです。ていうか、あんなことを言っておいてまだ私と結婚するつもりでいるんですか?」
すらすらと言葉が零れ落ちました。
気づきませんでしたが、私はよっぼど鬱憤が溜まっていたのでしょう。
彼に想いを募らせていた時ならまだしも、あの騒ぎでは流石に……千年の恋も冷めるというものです。
これでふたたび私が彼に夢中になると思われているなら、とんでもない屈辱ですわ……。
私の冷たい言葉に、アーロン様は見るからに慌てました。
「いやそこまではいってな……」
「信じられないな、スペンダー卿。私の娘に、そんなことを言ったのかい」
「いや、だから誤解です……」
「誤解ではありませんよ。私も、聞いていましたから」
リアム殿下の言葉に、アーロン様の顔色が悪くなりました。もう一押しです。
私は、止めをさすためにさらに言葉を重ねました。
「一方的な希望を押し付けるのは、やめてくださいませ。私があなたを想う気持ちを人質にとって思い通りにさせようとするなんて下衆の考え方ですわ」
「…………」
アーロン様は完全に黙り込んでしまいました。
お父様の手前、反論しない方が賢明だと考えたのかもしれません。
「では、スペンダー卿。娘との婚約は破談。それで良いね?」
「ですが……そうなるとアメリアの名誉に傷が……」
どの口が言ってるんですか。
思わず、そう反論したくなりました。
だけど私が口を開くより先に、誰かが言いました。
「それなら、私が貰い受けよう」
「…………へっ??」
言ったのは、リアム殿下でした。
頭の中に疑問符が踊ります。
その時の私は、きっと、とんでもなく妙な顔をしていたのでしょう。
目が合って、彼が笑みを浮かべました。