誰かの真似をしても、意味などなくて
「もう少し、背は高い方がいいね」
そう、あなたが言うから。
背を伸ばす努力をしました。
でも、牛乳をいくら飲んでも、体操をしても、これ以上伸びることはありませんでした。
牛乳の飲みすぎで体調を崩すことも多く、無意味に終わりました。
「もう少し、顔は華やかな方が好みだ」
そう、あなたが言うから。
お化粧を濃くしました。
でも、次に会った時あなたは、首を傾げて何か違う、といった様子だったから、ああ、これは失敗したのだな、と悟りました。
「もう少し、肉感的な方が好きだな」
そう、あなたが言うから。
だから私は、無理して食事を詰め込んで、体重を増やそうと頑張りました。
でも、もともとそんなに食べる方ではなかったので、苦しくて、吐き戻してしまうこともありました。
メイドが水を張った盥を持ってきて、手巾を濡らし、口元を拭ってくれた時。
ああ、私ってなんて惨めなんだろう?と、涙が滲みました。
私の毎日は、そうした日々でできていたのです。
☆
私には、ひとつ上の美しいお姉様がいます。
名を、アンリエッタ。
黒い髪をハーフアップにまとめ、すっきりとした首筋が魅惑的で、美しいのです。
お姉様は、社交界の薔薇とも言われ、お誘いのお手紙がひっきりなしで、途絶えません。
かたや私は、ぼやけた白い髪に、同じようにぼやけた青の瞳。どこかぼやっとした色合いのためか、酷く印象に残りにくいのです。
派手で美しく、華やかなお姉様の隣に立つと、私はまるでカカシのようになってしまいます。背景に、紛れてしまうのです。
それでも私は、お姉様が好きでした。
「アメリア。あなたは可愛らしいわよ。野に咲く、花という感じで」
「お姉様は、温室に咲く薔薇のようです」
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」
私は、お姉様が大好きだったのです。
あの会話を、聞くまでは。
「アンリエッタ。僕が愛しているのはきみだ。それなのに、どうしてあんな地味女を妻にしなければならないんだ?」
その日、婚約者のアーロン様がいらっしゃっている、と聞いた私はサロンへ向かっていました。
そして、サロンの扉を開けて──聞いてしまったのです。
「私もよ、アーロン。あなたみたいなひとに妹はもったいないわ。あんな、汚らしい色……一体誰に似たのかしら。ねえアーロン。どうにかしてあの子と婚約破棄をして、私と一緒になって?」
「僕もそうしたいんだけど、きみのお父君が許してくれない。それとなく、話はしているんだけどね」
「お父様はアメリアに甘いものね。あの子、甘やかされて育ったのよ。分不相応にもあなたという美しい婚約者が手に入ったから、手離したくないのでしょ」
……知りませんでした。
アーロン様と、お姉様が相思相愛だったなんて。
知りませんでした。
お姉様が、私をそんなふうに思っているなんて。
そのまま立ち尽くす私の耳には、ふたりの会話がさらに聞こえてきます。
「きみはほんとうに美しいね。どうして、妹のアメリアにはその美しさが継がれなかったのかな。あの子はあまりに地味すぎて……話していても退屈だし、淑女として失格じゃない?姉のきみの前で言うことでは無いけど」
「まあ。そんなことを言っては可哀想。アメリアはあなたが好きなのに。聞いて?この前あの子、無理をして濃い化粧なんてしていたのよ。似合わないったら!私、笑いをこらえるので大変だったの」
「ああ、あれね。僕も見たよ。ちぐはぐで、醜いったらない。あまりに酷くて、絶句してしまったよ。姉として、注意してやればいいのに」
「私の真似をしようとしているのだろうけど……ぜんぜんダメ。そもそもあの子は顔立ちが薄くてパッとしないの。無理をしたところで不気味になるだけ!それなのに、気付いてないのがまたおかしいったら」
くすくす、くすくす。
お姉様の笑い声が聞こえて、私は頭が真っ白になりました──。