夏休み(地獄)スタート
世の中の学生は休みだってのに……なにが鬼殲滅小隊だ。
いや、そもそもおれたちだって学生のはずなんだが……この状況、どう見ても普通じゃない。世の中の高校生がクーラーの効いた部屋で宿題やらテレビゲームやらをしている間に、おれたちは命がけで鬼と戦わされるなんて、どんなブラック教育機関だよ。
と、おれは走りながら思った。
てかなんでおれたち走ってるんだ? 「現場に着けばわかる」と言われてカイトの背中を追っているわけだけど、もう一時間ぶっ続けで走ってるぞ。
「なあ、いつまで走ればいいんだ?」
思わず声を上げたが、前を走るカイトはまったく振り返らない。
「耳ついてんのかよ……」
おれは小さく呟くと、カイトは足を止めた。
げっ、聞こえていたか?
「足を使うのは基本だ、鬼殲滅小隊は足が速くなければならない。まずは貴様らの持久力と脚力を見せてもらった。おれに付いてこれるなら合格だ」
「なんで事前に言わないんだよ……」
カイトの言葉に、おれは息を切らしながら呆れたように言い返す。
「鬼は待ってくれないし、説明なんかする余裕もない」
カイトは冷たく一蹴した。その言葉に反論の余地がなく、おれはただ悔しさを噛みしめる。
「ここからは鬼殲滅小隊の仕事だ」
カイトがそう告げた先に広がるのは、荒廃した廃工場のような場所だった。崩れた壁や錆びついた鉄骨があちこちに転がり、明らかに普通の学生が足を踏み入れるような場所ではない。
「中級程度の鬼が数体潜んでいるとの情報が入った。お前たちに課された任務は、それらを仕留めることだ」
「ちょっと待った!」
おれは思わず声を荒げる。息を切らして走り続けた挙句に、いきなり鬼退治をしろって?
「待てだと? 日野陽助、その程度の覚悟で鬼狩りになる気か?」
「いや、どうして青春エネルギー関係ない場所に鬼がいるんだよ、鬼って自然発生する天災じゃなかったのか?」
「放置された鬼だ。そいつらをまた放置しておけば上級の鬼にまで到達するだろう。だから殺す」
「放置された鬼……」
おれは聞き慣れない言葉に眉をひそめる。鬼は自然発生すると教わっていた。突然現れて暴れる厄介者で、それを倒すのが鬼殲滅小隊の仕事だと。でも、放置された鬼ってなんだよ。
「そうだ。発生したばかりの鬼は、人間に危害を加える前に殲滅するのが理想だ。だが、全部を殺すことは不可能に近い。だからこうやって放置される鬼が現れ、時間が経つにつれて凶悪化していく。人が忘れた廃工場や廃墟には、そういう厄介者が潜むことが多い」
カイトの説明に、背筋がぞくりと寒くなる。目の前の廃工場はまさにその「忘れられた場所」だ。こんなところに鬼が潜んでいるなんて、まるでホラー映画の舞台じゃないか。
てか、鬼殲滅部隊なんだろ? 発生した鬼は全部倒しとけよ。
「おいおい、鬼殲滅部隊の名前が泣くぞ。お前らプロなんだろ? ちゃんと鬼くらい管理しとけよな」
思わず皮肉を漏らすと、カイトの鋭い視線が突き刺さった。
「言いたいことは分かるが、現実は甘くない。お前たちがこうして鬼殲滅小隊の一員として鍛えられている理由は、それだけ鬼の脅威が増えているからだ」
「それって、鬼が増えてるってこと?」
秋は疑問をぶつけると、カイトは無言でうなずいた。その一瞬だけ、彼の表情にかすかな疲労が浮かんだ気がした。
「人の悪意、怨念、欲望。鬼はそういった負の感情を栄養にして生まれる。そして、この世界にはそれが溢れ返っている。殲滅が追いつかないのも、放置された鬼が存在するのも、その結果だ」
つまり、鬼の存在は人間のせいだと言っているのか? それって解決なんてできるのかよ?
「考える暇はないぞ」
カイトが険しい表情でおれを現実に引き戻す。
「鬼はお前が皮肉を言っている間にも動いている。あの廃工場には中級鬼がいると言ったが、それ以上のものがいないとは限らない。早く動け」
まあ、そう言われたら仕方ないな。
「了解、カイト隊長」
おれは渋々ながら工場の入り口へ足を踏み出す。息を飲むような静寂が辺りを包み、錆びた鉄骨の軋む音が微かに響く。
この先に何が待っているのか分からない。でも、逃げられないことだけは分かっている。
おれは恐怖を押し殺し、比渡と秋と一緒に闇の中へと足を踏み入れた。