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鬼殲滅小隊への配属

 七月の中旬――夏が本格的に始まる頃だというのに、学園では目立ったイベントも無く、平穏すぎる日々が続いている。唯一の大きな行事だったドッグランウェイも、すっかり過去の話だ。


 学園生活を舞台に、己の目標である「青春王」への道を歩むはずのおれにとって、静かな日々は不安の種だ。刺激や挑戦が無ければ、成長の機会も無いのではないかと、そんな考えが頭をよぎる。


「なあ、比渡」


「なにかしら?」


「犬学って夏休みあるのか?」


「中等部まではあったわよ。けど、高等部からは分からないわ」


 そっか、とおれは秋と実凪へ視線を向けた。


「え? あっ、わたしも分からないんだー。夏休みなんて高校一年の時は訓練ばかりだったし」


「ぼくも詳しくは分からないけど、噂では鬼殲滅小隊に参加させられるとか」


 鬼殲滅小隊って、確かカイトがいる部隊だよな? そういえばカイトっていくつなんだ? てか鬼殲滅小隊って高校卒業から入らなくちゃならない部隊なのか?


「鬼殲滅小隊って、高校卒業してから入るもんなんじゃないのか?」


 おれは疑問を口にした。学園の中でもその名前を聞いたことはあるが、どこか遠い世界の話のように思えていた。


「んー、基本的にはね。でも、中等部や高等部の中でも特に能力が高い生徒は例外的に参加させられることもあるらしいよ」


 秋は首を傾げながら答える。


「特に能力が高い生徒か……じゃあ、縁忠とかか」


「縁忠君は中等部の頃から参加させられているよ」


「やっぱそうなのか」


 あれだけ強ければそうなるよな。


「鬼殲滅小隊は命がけの戦いをするエリート集団だよ。だから例外がなければ選ばれることはないから安心していいよ」と実凪。


 ま、そんなところにおれみたいな陰キャが放り込まれたら、瞬殺されるのがオチだろうな。入隊の洗礼的なのがあるかもしれないし。


「そっか、なら安心だ」


「ほら、席につけ野郎ども女郎ども」


 東雲先生が教室に入ってくるなり、いつもの調子で一喝した。その声は教室中に響き渡り、一瞬でざわついていた空気を引き締める。 


「今日の連絡事項は特に――ってわけにはいかない。お前ら、しばらく気楽に過ごしてたようだが、そろそろ動き出すぞ」


 東雲先生の言葉に、生徒たちの間に緊張が走る。おれも含めて、全員が何を言われるのか耳をそばだてた。


「早速だが――夏休みからは鬼殲滅小隊に全員参加してもらう」


『はぁー!?』教室中に驚きの声が響き渡った。


 これまで何かと自由だったFクラスに、この突然の通達は衝撃的だった。


「鬼殲滅小隊に全員参加って、どういうことだよ!」


 男子の一人が思わず声を上げる。


 まじか……。とおれも内心反抗したい気持ちだ。


「夏休みといえば青春の巣窟だ。だが、それと同時に鬼の発生率もクリスマス並みに跳ね上がる」


 おいおい……冗談じゃないぞ。おれたちが普通の学生じゃないって言っても、そんな命がけの仕事に放り込まれるなんてあり得ないだろ。


 てかクリスマスって青春エネルギー駄々漏れなの? どちらかというと大人の欲望駄々漏れで青臭くっていうより生臭そうなんだけど。


「つまり、今年はお前ら全員に手伝ってもらうことにした。猫の手ならぬ犬の手も借りたいってやつだな」


 教室中がざわつき始めた。

 

 突然の発表に、誰もが戸惑いと不安を隠せない。おれもその一人だ。鬼殲滅小隊なんて聞いただけで恐ろしい。訓練じゃなくて、本物の鬼を相手にするってことだろ? しかも中級の鬼とかと普通に戦うことになるんだろ? 嫌よ嫌よもう退学したいよ!


「今回はわたしたち教師陣が班分けをした。今から名前呼ぶから、呼ばれた奴は一緒になった班の奴の近くに座って待っとけ。じゃあ呼ぶぞ――」




「第五班――日野陽助、比渡ヒトリ、三島秋、以上だ」


 どうやら今回実凪は違う班に割り振られたようだ。


「では最後に――生きてまた会おう!」


 教室中に静まり返った緊張感が漂う。東雲先生が残した「生きてまた会おう」の一言が、あまりにも現実味を帯びすぎていて笑えない。冗談のつもりで言ったのかもしれないが、この場の誰もがそれを真顔で受け止めている。おれも例外ではない。


 東雲先生は教室を出て行き、代わりという感じで五人が入ってきた。


「貴様ら雑種にはおれたちの下についてもらう」


 と言って最後に入ってきたのは見覚えのある顔――カイトだった。


「鬼殲滅小隊の基本、そしてこの夏の任務内容をざっと教えてやる」


 鋭い目つきで教室を見回しながら、カイトが淡々と言い放つ。その姿はまさに戦場を生き抜いてきた者の風格そのものだった。


「鬼殲滅小隊――その名の通り、鬼を殲滅することが基本任務だ。お前たちは夏季休暇の間だけ指導員の下につて鬼狩りをしてもらう。上級の鬼が出た時だけサポートしてやるが、中級くらいは一人で何とかしてもらう。民間人の避難は他の雑種に任せておけ。ここまでで質問は……」


 おれたちの間に、誰もが聞きたいことを飲み込むような空気が漂う。いや、質問したいことなんて山ほどあるのに、そもそもこの状況に飲み込まれてしまって声が出せないだけだ。


「質問は無いようだな。それでいい。余計なことを考える暇があれば、せめて少しでも長く生き延びる方法を模索しろ」


 その場の空気が一層張り詰める中、カイトは手元のタブレットを操作し、スライドを表示した。


「鬼殲滅小隊の基本行動は三つだ。一つ目――戦う。お前たちの役目はシンプルだ、発生した鬼を殲滅する。それ以上でも以下でもない」


 スライドには、鬼に立ち向かう隊員たちの姿が映し出されていた。


「二つ目――守る。戦いながら周囲の安全を確保しろ。学生だからといって、お前たちに許される失敗は少ない」


 その言葉に、教室中が重苦しい沈黙に包まれる。失敗が許されない、つまりは……命を落とす可能性があるということだ。


「三つ目――学ぶ。この夏、お前たちは死の淵に立たされるだろう。その中で学んだことだけが、お前たちの生存率を少しでも上げる。それを肝に銘じろ」


 そう言い切ると、カイトはタブレットを閉じた。


「ということでお前ら出来損ないの雑種には、おれの小隊の副隊長をつけてやるが、第五班はおれが直々に指導してやる。光栄に思え、日野陽助」


 嫌よ嫌よ! こんな野蛮な奴がおれの上司になるなんて嫌よ!


「不満がある奴はかかってこい、相手をしてやる」


 自信に満ちた表情と、どこか無慈悲な雰囲気を漂わせるカイトが、教室中の注目を一身に集めている。おれたちFクラス全員が、この瞬間、これから始まる地獄の夏を悟ったようだった。


「それでは二十二日朝六時、学園の外に集合だ」


 言葉を残し、カイトと彼の仲間たちは教室を後にした。その後ろ姿が消えるまで、誰一人として動くことができなかった。


 青春って、もっとこう楽しいもんじゃないのかよ。


 おれのうちは誰にも届かないだろうが、この場の全員が同じ思いを抱えているに違いない。


 こうして、おれたちの夏休みは「鬼退治」という前代未聞の形で幕を開けることになった。

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