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ヒラタケとツキヨダケ

さて、お情けで冒険者登録をさせて貰う事が出来た。

俺は案内をしてくれた【スティーブ・オルコット】氏に涙を流して拝礼する。

屑2人は羽振りの良さそうな冒険者グループに媚び諂って食事をねだっている。



「のじゃのじゃ♥」


「私、天王寺紫苑♥」



誰かコイツラ処分してくれないかなー。


まあいいや。

まずはカネ。

カネを工面しないと生き延びる事が出来ない。

大至急、カネの稼ぎ方を考えなくてはと思い、受付嬢に泣きつく。



『先程は登録受付ありがとうございました!

早速、仕事をしたいのですが何かありませんか!?』



受付嬢は困ったように眉を顰める。



「ゴメンなさいね。

貴方達は3人共レベル1でしょ?

紹介できるようなお仕事は無いの。」



そりゃあそうだろう。

俺が依頼者でも俺達みたいな雑魚に物を頼もうとは思わない。



『俺っ!

鑑定スキル持ってます!

何か鑑定依頼ありませんか!』



人生が詰んでいる恐怖と戦いながら、お姉さんに縋る。

涙のみならず鼻水まで垂れて来た。

向こうの席では屑2人が冒険者に冷淡に追い返されてる。

なあ市原、天王寺さんのルックスを盗んでおいて相手にされないってよっぽどだぞ。



「ごめんなさいね。

鑑定依頼が多いのは事実よ。

最低ランクのEでも人だかりが絶えないわ。

でも、貴方…

Fランクだったよね?

名前しか分からないのは…

ちょっと…」



『じゃあ!

名前を鑑定したい人とか居ますか!?』



「えーー?

見れば分かるし。」



『3分だけプレゼンさせて下さい!

例えば、あそこに掲げてある斧!

あれは【ウォーリア・アックス】ですよね?』



「え?

見ればわかるけど?」



『あそこの薬品棚の一番上!

【エクスポーション】ですよね!?』



「あ、うん。

ラベルに書いてるよね?」



『そしてお姉さんの名前は【レナ・ワトソン】さんですよね。』



「あ、ゴメン。

異性への無断鑑定はダメ(笑)(両人差し指でバッテン」



『うおっ!

スミマセン! スミマセン!』



「最近はセクハラとかパワハラとか厳しいから、カシー君も気を付けてね?

貰える仕事が貰えなくなっちゃうかもだよー?」



『反省します! 反省します!』



「ふふふ、分れば宜しい。

でも困ったわねえ。

一文なしで急いでるのかぁ…

まあいいわ。

まずはあそこの依頼ボードに貼ってある依頼を全部見てみなさい。

意外に請けれる依頼があるかもよ。」



俺はレナ嬢に礼を述べると急ぎ依頼ボードに走る。

横を見ると屑2人が気の弱そうな若旦那に粘着して食事プレートのパンを強奪していた。


「のじゃのじゃのじゃーーww」


「私、天王寺紫苑! 私、天王寺紫苑!」


なあ市原、オマエ天王寺さんの顔でそういう事すんなよ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



俺でも出来そうな依頼はないだろうか?

ボードに貼られている依頼を一つずつ確認していく。


【ゴブリン集落への襲撃隊募集】

【山賊要塞への潜入要員募集】

【ジャイアントベアーの巣穴駆除】


明らかに不可能な依頼ばかりである。

聞けばジャイアントベアーの体長は10メートルを越えているとのこと。

いや絶対死ぬだろ、その依頼。



あまりにも必死で気付くのが遅れてしまったのだが…

依頼書の文字の上に俺の鑑定結果が【】表示されている事にふと気づく。


【バグスター社の依頼書】

【西部農協の依頼書】

【ロッドマン牧場の依頼書】


という風に原則的には匿名である筈の依頼者名が浮かび上がっている。

…ひょっとして俺には依頼者の身元を確認する事が可能なのか。

改めて全ての依頼書を確認し直すが、全ての身元を確認出来る事が判明した。

やりようによってはカネになりそうな気もするが、今は思いつかない。

それでも一縷の望みを兼ねて念入りに依頼書を見返す。


確証はないが【ロッドマン】という家がこの近辺の地主っぽい。

ロッドマン牧場・ロッドマン農園・ロッドマン第二鉱山・ロッドマン養魚池と土地持ちでなくては不可能なほどに分社が多い。

無論、ロッドマン姓の多い土地柄なのかも知れないが頭の片隅に留めおく。



他には何かないか?

依頼者の名前を知る事のアドバンテージは絶対にある筈だ。

観察しろ、念入りに観察しろ!



ふむ。

法人名での募集は大規模かつ難易度が高い傾向にあるな。

そりゃあそうか、会社組織を持ってるような奴は簡単なミッションは社員にやらせるものな。

逆に個人募集は難易度がそこまで高くはなさそうである。

ただ、個人が作成した依頼書である所為か、どれも抽象的な依頼文であり業務内容が分かりにくい。


【狩猟補助】とか【水中系全般】とか、本当に人を集める気があるのか疑わしい。

ただ依頼文章が法人に比べて圧倒的に拙いので、これは単に知的作業への慣れが乏しいだけかも知れない。


そんな中、【マーク・ウッドマン】なる者が【採集補助】の依頼を出しているのを見つける。

採集が楽だとまでは思わないが、熊とバトルするよりマシなので、この依頼をレナ嬢に問い合わせてみることにした。



『すみません。

この採集補助の案件なのですけど。

詳細は分かりますか?』



「ああ、コレ?

キノコ採取ね。

依頼者に同行してキノコを大量に獲って来るの。

ただ、豊富な山歩き経験が求められるわ。

長距離歩行に自信があるのならお勧めだけど。」



聞けば往復で50㌔以上歩くらしい。

どうりで報酬が高い訳だ。



『申し訳ないです。

普段、そこまで歩く事が無いのでお役に立てないかも。』



「そうね。

それなら無理に…」



レナ嬢が言い掛けて反対側を振り返る。

見ればさっき屑共にパンを奪われていた若旦那風の男がこちらの会話に聞き入っていた。

胸元には【マーク・ウッドマン】の表示。

なるほど、依頼者がギルド内に居る可能性もあるのか。

うっかり依頼への批判とか口にしない方が良さそうだな。



「何!?

キミ、僕の依頼に興味ある?

報酬弾むよ!」



『あ、いえ。』



恐らく歩行距離の所為で不人気依頼なのだろう。

若旦那は募集が集まらず焦っていたらしい。



「いや!

そんなに難しい依頼じゃないんだよ。

誰でも出来る簡単な仕事!

軽作業! 軽作業だから!

キミ、見た感じ若そうだから行けるでしょ♪

うちの従業員年寄りばっかりでさあ。」



肩をガシっと掴まれて捲し立てられる。

その必死さが怖い。

軽作業を強調して来たということは、重労働をさせられるのだろう。



「じゃあ、せめて案件内容だけでも説明させて!

人手を紹介してくれたら寸志出すから!」



『あ、はい。

まあ聞くだけでしたら。』



若旦那の勢いに押されてついつい彼のテーブルに連行されてしまう。

屑2匹は俺と若旦那が同席したのを見ると満面の笑みで若旦那が注文していたオードブルプレートをガツガツ食い始める。



「都会は女の子でも乞食になるんだねー。」



ゴミでも見るような目でそんな独り言を溢す若旦那。

口ぶりからすると田舎地主の息子らしい。



「要は僕の持ち山からキノコを大量に背負って、この街まで運んでほしいだけなんだ。

30キロ位なら持てるよね?

あ、キミ若いから50キロくらいは持てるんじゃない?」



如何にも田舎者特有の悪気ない図々しさである。



『50キロのキノコって。

レストランでも経営されてるんですか?』



「あー、違う違う。

この街の薬屋が兵役時代の同期でね。

製剤の材料となる毒キノコを探してるんだ。

週に5つもあれば十分なんだけどねえ。」



『いや、だったら50キロも背負う必要ないでしょ。

ウッドマンさんがこちらに来られるついでに5個だけ持って来ればいいんじゃないんですか?』



「最初は僕もそう思ったんだけどね。

ソイツが探している毒キノコが【ツキヨダケ】って言って【ヒラタケ】そっくりなんだよ!

【ツキヨダケ】を採取したと思って持参しても、薬屋の装置で全部【ヒラタケ】判定されちゃうこともある。」



『ああ、なるほど。

どれが目的のキノコか分からないから、運べるだけ運んでしまうと。

全部【ヒラタケ】だったら大変ですね。』



「大変だよ。

2人で泣きながら【ヒラタケ雑炊】を食べる羽目になる。

美味しいけどね♪」



『そうですかぁ。

山のプロでも見分けがつかない程ですか。』



「まあね。

ほら、後ろのカゴ。

全部獲れたてキノコだよ。

アイツが寄合から戻って来たら持っていくつもり。」



何気なくウッドマンが掲げたキノコには【ヒラタケ】の文字が浮かんでいる。



『ウッドマンさん、それ【ヒラタケ】ですよ?』



「え!?

本当!?

キミ、キノコ知識あるんだ!?」



『ああ、いえいえ。

スキルが鑑定なんですよ。』



「うおおおお!!!

すげえ!!

いいなあ!!」



よほど率直な男なのだろう。

鑑定持ちである事を告げた瞬間に羨望し、Fランクであることを付け加えた途端に落胆して来た。



「そっかあ。

残念だったね。

D以上なら就活無双出来たのに。

鑑定はどこの職場もスキル手当奮発するからねぇ。

みんな20代で家を建てて、子供は私学に入れてるよ。」



『ええ、名前しか分からない奴は要らないって追放されたくらいですから。』



「まあねえ。

名前は見ればわかるからねえ。

で?

これが【ヒラタケ】なの?」



『はい、そう表示されてます。』



「本当?

他の鑑定師さんは全員手をかざして覗き込んで鑑定してるよ?」



『え?

そうなんですか?』



「いやあ、キミがいきなりその距離から鑑定って言うからさ。

別に疑ってる訳じゃないんだよ?

でも、食品って安全に関わる仕事だからね。

僕もいい加減な事は出来ないからさ。」



このウッドマンなる男、田舎者特有の生真面目さがあって好感が持てる。

隣の屑共に見習わせたいくらいだ。



『じゃあ、証明してみましょう。』



「?」



『おい、アルル。

それと市は… 天王寺さん。』



「ムシャムシャガツガツ!

のじゃ?」



「ムシャムシャガツガツ!

ん? 私、天王寺紫苑よ♥」



『腹が減ってるようだから、お裾分けだ。』



「わーい、キノコキノコ!」



「わーい、私、天王寺紫苑!」



「ちょ!

カシー君ヤバいって!

死人も出る猛毒キノコなんだよ!?」



『今食べさせたのは残念ながら【ヒラタケ】ですよ。

そのカゴ、見せて貰っていいですか?』



「あ、うん。」



どうやら他の鑑定師は至近距離で鑑定するらしいので、俺もそれっぽさを出してみる。

ひょっとして俺以外の鑑定師は最接近して凝視しないと鑑定結果がわからないのか?

もしそうなら、俺には大きなアドバンテージがあるな。



『えーっと。

この3つが【ツキヨダケ】と表示されてます。

その他は全部【ヒラタケ】ですね。』



「…それ、今から同期の店に確かめに行っていい?

いや! キミを疑ってる訳じゃないからね!」



そう言いつつもウッドマンの表情はどこか半信半疑だ。

まあなあ、鑑定と言っても所詮はFランクだからな。

俺だって安全に関わる仕事を任せようとは思わないもの。



どうせ他に糸口も無いのでウッドマンに同行し、【トム・ウェザー】なる男が経営する工房にお邪魔する。

来るな、と明言したにも関わらず屑2匹はニヤニヤと揉み手をしながらついて来た。



『初めましてウェザーさん。

ここに居る2人は盗癖があるので、貴重品を隠して下さい。

退店時は必ずボディチェックをすること!』



俺が睨みつけると2人は頭をかきながら「そんなことないっスよーw」と卑屈に笑い始めた。

入念にボディチェックを行ってから、店外に放り出す。


さて本題。



「いや、驚いた。

確かに【ツキヨダケ】はこの3つだけだ!

機材は使ってないんだよね?」



『あ、はい。

まだスキルを覚えたてなのですが、特別な道具は必要なさそうです。』



「そっかー。

僕も家業が製薬だから、鑑定欲しかったんだけどねえ。」



『やっぱりそういうものなんですね。』



「鑑定持ちは製薬業界でも出世早いよ。

製薬業の独立って難しいんだけど、鑑定持ちは30代までに独立して自分の会社起ち上げちゃう。

今の製薬ギルド理事も、確かそのコースだったわ。」



『へー。

鑑定って基本的にアタリなんですね。』



「そりゃあ就活無双だもん。

みんな大学在学中に大手やら官庁の内定貰ってるし。」



ウェザー曰く、鑑定持ちは総合大学の生徒に1人居るか居ないかの比率。

偏差値の低い大学には絶無だが、トップ大学なら学年に3人鑑定持ちが固まる奇跡の年度もあり得るらしい。



「ねえ、カシー君はフリーの冒険者なんだよね?」



『あ、はい。

本日登録したてです。』



「もし明日空いていたら僕とウッドマンと3人で採取に行かない?

山に慣れているウッドマン。

その場で簡易調合が出来る僕。

そして鑑定持ちのキミ。

相乗効果はあると思うんだ!」



『あ! 

いいっすねえ!

是非お供させて下さい。』



「勿論、採集場までは馬車で行くから安心してくれていいよ。」



『おお、歩かされるかと思って不安でした。』



「コイツ田舎モンだからすぐ長距離歩行して若者に嫌われるんだよー。」



「いやいや! カシー君の前でそんなこと言うなよー!」



一同 「「「あっはっはっはっは!!!!」」」



こうして俺は無事に仕事にありつく事に成功した!

感動したウッドマンが高級宿の回数チケットを3枚もプレゼントしてくれたので寝床も万全だぜ!!

さあ、明日から頑張るぞー!!!!



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「…のじゃー。」



「…ワタシテンノウジシオン。」



『えっと、ここは俺の部屋なんだけど。

勝手について来るのやめて貰える?』



「主様!!

妾を見捨てるのか!!」



「ナカマー! ナカマー!

同じパーティーの仲間じゃない!」



『えー?

同じ職場の奴と宿まで一緒になりたくないなあ。

散々構ってやったんだからプライベートくらいは解放してくれない?』



「泊まるところ無いのいじゃー!」



『いや、オマエってドラゴンじゃん。

今日の今日までずっと森で野宿してたじゃん。』



「それはドラゴン形態の話なのじゃ!

今の妾は人間形態!

人間の宿でしか眠れないのじゃー!!」



その後、屑共がホテルの扉前で号泣してゴネられる。

2分後くらいに支配人がやって来て、同室扱いするよう因果を含められた。

結局、残り2枚の宿泊チケットはこの屑共に消費されてしまう。



「主様。

そう怒らないで欲しいのじゃ。

これはハーレム!

ハーレム状態ではないか!」



『いずれハーレムを作る願望はあった。』



「おお!

流石主様!」



『ただ、そこに君の席が用意されているとは思わない事だ。』



「どしえーー!!!

眷属! 眷属!

妾は忠実な眷属!!」



『忠実かなー?』



「しもべー♪ しもべー♪」



媚び方が妙に小慣れていたので、コイツへの警戒心を更にもう一段階引き上げる。



「香椎君酷いよ!

私達、パーティーメンバーじゃない!」



自称天王寺が見え透いた嘘泣きで抗議して来る。



『…俺、ウッドマンパーティーのメンバーだから。

何か用事あるなら(株)ウッドマン林業を通してくれ。』



「ギャオ――――ン!!!

ワタシテンノウジシオン!!!

ワタシテンノウジシオン!!!」



このスキルの素晴らしさは偽天王寺が何を言った所で、胸元の【市原信子】が決して消えない点である。

こちらも油断せずに済む。

『プロフィール』



【名前】


香椎天 (かしい てん)



【スキル】


「鑑定」 (Fランク)


万物の真名を知る能力





『香椎ノート』



【レオンハルト・フォン・ジギスムント】


殺す相手。



【処刑用魔方陣】


光り方が既に禍々しい。



【トマス・グーニー】


世話役っぽい中年の役人。



【ロングソード】


重かった。



【原初にして終焉の化身アルルバルギャギャン】


長い上に発音が難しい。



【アルル】


のじゃロリ。



【市原信子】


給食費紛失事件の最有力容疑者。



【国境都市】


帝国と王国の境にある街。

流れ者が多い為にやや民度が低い。



【ツキヨダケ】


毒キノコ。

異世界では製薬に用いられるとのこと。



【ヒラタケ】


炒め物におススメ♪

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