街道と立札
『じゃあ、2人共。
当面は一緒に行動しよう。
まずは街を探す方針でいいな?』
「異議なしなのじゃ♪」
「うん、私も賛成だよっ♥」
『では開けている方向に歩こう。
進みながら、それぞれの自己紹介をするか。
俺の名前は香椎天。
30分前にこの世界にやって来た。
2人共宜しくな。』
「のじゃ♥」
「だよっ♥」
「次は妾の番じゃな。
妾の名は…
あ、あ、あ…
思い出した!
アルル!
妾の名はアルルじゃ!」
「最後は私ね♪
私の名前はいち… 天王子紫苑!
よろしくね♪」
俺は天王寺(偽)の正体について言及しようか悩む。
もしもコイツが表記の通り市原であるとすれば、共に行動していること自体がリスクである。
隙を見て確実に息の根を止めなければならない。
ただ、勝手の分からない異世界。
人手はあるに越した事はないんだよな。
…背に腹は代えられない。
市原表記に関しては見えてない事にしよう。
『なあ、アルル。』
「なんじゃ?」
『ここ、オマエの森だろ?
近所に集落とか無かった?』
「えっとえっと、見える景色が全然違うからわからないのじゃ。」
『?』
「だって龍と人間は視点の高さが違うのじゃ。」
…確かに、それもそうか。
大型トラックにしか乗った事がない人間がF1マシンを運転しているような状態だ。
見える景色は違うよな。
「っぷw
偉そうな喋り方をする割に何も知らないのね♪」
…市原よ、天王寺さんの顔でそういう品性に欠ける発言するなよな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
途中、微かに獣道っぽいものを見つける。
…いや、舗装の形跡があるな。
そう認識した瞬間に【】がポップアップした。
【王都街道・至帝国】
なるほど。
大雑把な表記ありがとうよ。
じゃあ、これは俺達が呼ばれた王国の首都と帝国という国を結んでいる街道だったのか。
どちらかに進めば帝国か王国に辿り着くな。
いや、それまでに中継都市が見つかるだろう。
『2人共!
この舗装跡に沿って進むぞ!』
「はーい♪」
「のじゃー♪」
参ったな。
あの2人は人生に緊張感を持ち込まないタイプ。
コンビニ前でダベる程度なら丁度いいが、命が懸かった状態で到底信用出来る相手ではない。
『何か人工物を見つけたら俺に教えてくれ!
いや変わった物があれば、報告して欲しい。』
「はーい♪」
「のじゃー♪」
異世界に来て40分は経っただろうか。
数学の授業がそろそろ終わるな。
その次の授業は…
あ、思い出した。
体育だ。
えっと今日はハードル走だったな。
あれ、しんどいから嫌なんだよな。
地球に戻るのは体育が終わってからにしよう。
「ねえ、香椎君♪
あの子がのじゃのじゃ言ってるよ。」
「のじゃのじゃのじゃのじゃのじゃ!」
『分かっている。
聞こえているよ、今行く!』
「はい、妾は何回 《のじゃ》と言ったでしょう。」
『5回。』
「ブブ―ww
心の中で後5回言ったから計10回ですーーーww
ブブブのブーですーーwww」
コイツ、最初逢った時は【全知全能】を自称していた癖に、脳味噌まで幼女化したよな。
まあいい。
『ふむ、あれは看板の跡なのか?』
アルルの指さす方向に歩いて行くと【】が浮かんでいるのが見えた。
更に近づくと、倒れた木の看板の上にポップアップしている。
【←副都(80キロ) 国境都市(5キロ)→】
『国境都市って聞いた事はあるか?』
2人を振り返ると天王寺(偽)が挙手する。
「帝国との戦争が休戦中だから、帝国沿いの街では商売が盛り上がってるって言ってた。
多分、それが国境都市なんじゃないかな?」
『…可能性は高いな。
よし、国境都市に向かうぞ。
5キロなら歩けるな?』
「歩けます♪」
「のじゃー♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
無論、幼女の足で5キロも歩ける訳がなく、1キロも歩かないうちに俺が背負う羽目になった。
「のじゃのじゃのじゃー♪」
色々言いたい事はあるが、心を殺して歩き続けた。
これならハードル走の方が遥かに良かった。
「あ♪ 香椎君、見えて来たね♪」
天王寺(偽)が嬉しそうに手を握って来る。
あーあ、コイツが本物の天王子さんだったら最高の気分なんだけどな。
【市原信子】
もう、この小一時間で確信している。
台詞や物腰が卑しい。
コイツは天王子さんの顔をした市原だ。
大方、変装スキルでも獲得したのだろう。
変装した状態で俺に接近して来たという事は、監視か泥棒かのどちらかが目的だろう。
油断せずに、得れる情報を確実に取得しておこう。
『よーし、2人共。
街が見えて来たぞー。』
「のじゃー♪」
「いえーい♪」
『じゃあ、後は別行動でいいな?』
「のじゃ?」
「え?」
『え?』
2人共ガッシリと腕を掴んでくる。
彼女達にとっては文字通り命綱なのだろう。
俺にとっては手枷以外の何物でもないが…
「え?身分証明書を持ってない!?
このご時世に!?
しかも3人共!?」
門番のオジサンが目を剥いて驚く。
『あの、歩いて来て疲れたんで、街に入れて貰う事は…』
「いや、今時身分証明書も持ってない人を街に入れれる訳ないじゃない。」
『ですよねー。』
「じゃあ、退去してくれるね?」
『え?』
「え?」
『そこを何とかなりませんか?』
「不審者に居座られるの怖いわぁ。
仕事だから我慢するけど。」
『あの!
物語とかじゃ冒険者ギルドに登録すれば身分証を貰えるって聞きました!』
「ああ、そういうシステムは普通にあるねえ。」
『あ!
じゃあ、登録したら街に入れてくれますか?』
「ゴメン。
冒険者ギルドの建物は街の中にあるから。」
『ですよねー。』
結局、この日は城壁の周辺で雨露を凌ぐことに決める。
2人に対して『自由行動を許可するよ♪』と提案してみるが、ニコニコしながら拒否された。
そうなんだよなあ。
俺1人なら勝算があるんだよな。
何せ、城門を通る人間の【名前】が全て見えている。
姓名の組み合わせ等を眺めていると街の法則が否が応でも理解出来る。
例えば、この街で一番権力を持ってるのがバーンシュタイン家だ。
立派な衣装を着て、使用人を引き連れている人物の胸元に【○○・バーシュタイン】と浮かんでいる。
次点で権力を持ってるのは【○○・ミュラー】かな。
面白いのは御者の多くが【○○・ヒューストン】だったことだ。
これはつまりこの街の馬車商売をヒューストン家が牛耳っている可能性を意味する。
うん、この能力は意外に汎用性が高いな。
足さえ引っ張られなければ、普通に勝てるアタリ能力だ。
「のじゃのじゃ♪」
「きゃっきゃ♪」
ハンデが重すぎるのが不安要素だな。
1時間ほど門前で座り込んで、冒険者ギルドの関係者に【○○・オルコット】が多い事を発見。
恐らくバックオフィス業務(運送・保管)を受託していると目星を付ける。
『オルコットさーーーん。』
【○○・オルコット】の中で一番人の好さそうな者が通る時に笑顔で会釈してみる。
「えっと、どこかで会ったかね?」
余程、人間が出来ているのだろう。
わざわざ帽子を取ってから俺に会釈してくれた。
『いえ、冒険者の方に人生相談したら、オルコットさんに泣きつけと言われまして。』
俺がそう言うと「ったくアイツらは」と苦笑した。
続いて油断なく俺達の様子を伺う。
善良だが決して馬鹿ではない。
そういう人物。
「で?
困りごとは?」
『身分証がないと街に入れないって門番さんに言われまして。』
「当たり前だろー(笑)
後で警備部にチップ払っとくわ(笑)」
『何とか助けて下さいよー。』
「何?
冒険者ギルドに入るから身分証寄越せってパターン?」
『あ、はい。
よくおわかりで。』
「1年に100人は居るわ、そんな奴(笑)」
『あはは、恐縮です。』
「で?
特技はあるのか?」
『…鑑定です!』
「出たー、自称鑑定士。
もう見飽きたわ。」
『す、すみません。』
「ん? どうした?
入らないのか?」
『え?』
「だから、登録申請の一環なら私の引率で入れるから。」
『あ、いいんですか?』
「良くはない。
原則的にはアウトだ。」
『な、なんかスミマセン。』
「だから、働きを見せてセーフに変えてみろ。」
『は、はい!!』
街に入る途中、色々話を聞かせて貰う。
この【スティーブ・オルコット】氏は冒険者ギルドで資材部の部長を務めているとのこと。
能力・人格共に素晴らしい人物だった。
「のじゃー♪
のじゃー♪」
「私、天王寺紫苑♪
私、天王寺紫苑♪」
なので、こんな屑共を連れている事に大きく引け目を感じた。
まあいいや。
明日から本気出す!!
『プロフィール』
【名前】
香椎天 (かしい てん)
【スキル】
「鑑定」 (Fランク)
万物の真名を知る能力
『香椎ノート』
【レオンハルト・フォン・ジギスムント】
殺す相手。
【処刑用魔方陣】
光り方が既に禍々しい。
【トマス・グーニー】
世話役っぽい中年の役人。
【ロングソード】
重かった。
【原初にして終焉の化身アルルバルギャギャン】
長い上に発音が難しい。
【アルル】
のじゃロリ。
【市原信子】
給食費紛失事件の最有力容疑者。
【国境都市】
帝国と王国の境にある街。
流れ者が多い為にやや民度が低い。