それからの二人
「人生どう転ぶかなんて、誰も分からない」
日曜日の朝。
寝室を出た私はリビングの安楽椅子に腰を掛け、ふと思う。
自分の決断に後悔しないよう、精一杯努力を重ねて来たつもりだ。
しかし前回の結婚に於いて、私は努力をしただろうか?
世間体を気にして、相手をよく知らないまま結婚したのが、失敗に繋がった気が未だにしている。
結婚を薦めた両親は行き遅れの娘が心配、親として当然。
仲人は、仲人七嘘という言葉があるくらいだから、相手の情報を鵜呑みにした私も悪い。
でも本性をもう少し調べて欲しかったと思う。
前夫は離婚に抵抗した。
どれだけ事実を突き付けようと、先方の両親が説得しても嫌がった。
その理由は金が欲しかったからだ。
私の貯蓄、そして私の両親が保有する資産、それが目当て。
勤めていた会社は職権を乱用し、客の主婦に手を付けたのがバレてクビになった。
無職で実家からも縁を切られそうになり、必死だったのだ。
こちらは慰謝料を50万と破格の安さにしてやったのに、どうして私の独身時代の貯蓄や、私の両親の金まで相続の権利まであると思ったんだろう?
最終的に私も折れて離婚は成立した。
慰謝料無し。
財産分与も結婚生活が短かったので、無し。
泣き寝入りに近い結果。
なにしろ早く籍を抜きたかった。
元夫のその後は知らない、親族全てから縁切りされたのもあるが、興味ない。
きっと次の女を探しているだろう、口だけは上手かったし。
そういえば、最後に見た時、随分と顔が変形していた。
一年前、離婚届にサインした時の前夫は顔が腫れていた。
声にならない呼吸音をヒューヒュー鳴らしていたが、不快な声を聞かなくて良かった。
対する前夫の不倫相手、史佳の離婚は直ぐケリがついた。
浮気相手の本性を知ったのもある。
そして、いかに自分が犯した罪が愚かで、配偶者の尊厳を踏みにじっていたのかを理解したのが大きい。
史佳は離婚後も、政志さ…旦那に反省と謝罪、そして再構築して欲しいと繰り返していた。
だが元に戻る事はないと覚ったのだろう、3ヶ月程でようやく諦めてくれた。
私からの慰謝料無し。
夫婦の結婚生活が短かったので、財産分与も無し。
私の方と同じ決着だった。
離婚後の史佳は実家で暮らしていたが、1年前に男からストーカー被害を受けたらしい。
幸い、遠くの親戚が暮らす街へ逃げられたみたいで良かった。
二度も被害にあわなくて、本当に良かった。
前夫の親族が一族の恥と、直ぐに動き、徹底的にストーカー男を排除したお陰かな?
[すっかり憑き物が取れた気がします]
先日史佳から送られて来た手紙にはそう書いてあった。
あの男は悪霊の類だったという事か。
[本当にお世話になりました。
政志さんとお幸せに]
そう手紙は締めくくられていた。
「言われなくても幸せよ」
別にお世話なんかしたつもりはない。
私から史佳に慰謝料を請求しなかったのは、同じ男から被害を受けたから。
そして、最初のセックスは酒で潰され、半ば無理矢理だったと知ったのもある。
だからといって、史佳が夫を裏切った事実は変わらない。
ましてや隠れて新婚ゴッコをしていたなんて、言い訳の出来ない事実だ。
『…あの半年間は夢なんかじゃなく、悪夢だったんです』
離婚の際、史佳はそう言って項垂れていた、本当にラリは怖い。
元夫は本当に悪霊だったのかもしれない。
満夫が史佳から騙し取った200万は一旦返却され、そのまま夫からの慰謝料として精算された。
史佳はそれでは支払った事になりませんと言っていたが、夫…政志さんは、
『君との関係を終わりにしたいんだ、全てを精算して、これからの人生をやり直したい』
そう言った。
私も隣に居たから間違いない。
あの時、史佳は全てを察したみたいだが、後ろめたさは無かった、これも運命ね。
私は半年前に、元居た都会を離れ、政志さんが新たに転勤して来た街にいる。
勤めていた会社も辞めて、自分で会社を起こした。
離婚は加害者だけでなく、被害者にもマイナスになってしまう。
原因はどうあれ、事情を知らない周りの人間から、
『旦那が女を作り捨てられた』
『女房が男を作って出ていった』
そんなイメージで見られてしまう。
否定するのも煩わしい。
以前の会社と円満退社だったので、顧客も紹介して貰え順調な滑り出しが出来た。
収入は少し減ったが、そんなのは気にならない。
お金は大切だが、自分が幸せじゃないと、政志さんも幸せにならない。
夫婦は共に築き上げて行く関係。
信頼によって関係が積み重なって行くもの。
だから私は絶対に政志さんの傍を離れたりしない。
政志さんも同じ気持ちで半年前に籍を入れた。
私達の関係を共依存だと人は言うかもしれないが否定しない。
お互いの配偶者が浮気した事による出会いなんて、そう見えるだろう。
あの時、政志さんに運命を感じたのだって、
『貴女が弱っていたからよ』
そう家族に言われた。
しかし今回、私には覚悟がある。
運命に従い、政志さんと共に人生を歩む覚悟が。
「…だからね」
自分のお腹に手を当てる。
「運命ってあるの、覚悟は大事」
お腹の赤ちゃんにそっと呟く。
リビングから悪戦苦闘しながら朝食を作る政志さんが見えた。
おしまい!