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浮気した女

 満夫さんと別れて1週間が過ぎた。

 私にとって、彼と一緒に暮らした半年は一生で忘れられない体験だった。


 満夫さんは寂しい私を救ってくれた。

 あれだけ私を想い、尽くしてくれた男性はこの先表れないだろう。


「…満夫さん」


 彼と過ごした愛の巣はもうない。

 また以前の空虚な生活に逆戻り。

 旦那と暮らしていた自宅で一人、虚しく溜め息を吐いた。


 今日もパートを休んでしまった。

 このままではクビになるかもしれないが、仕事に力が入らない。

 旦那が転勤する時に辞めたくないからと、一緒に行く事を拒んでまで残ったのに。


「…少し外に出るか」


 家に居ても悲しみは消えない。

 お別れをした時、携帯を彼に渡し連絡先は全て消されてしまった。


 やり取りしていたメールも、彼と一緒に撮った写真も、彼という存在が無かったのではないか?

 そう思えるくらい、徹底的に消去された。


泡沫(うたかた)の夢だったんだよ』


 悲しそうに彼は言った。


『もし君との出会いが妻より早かったら…』


 彼の言葉が忘れられない。

 最後の夜、1晩中愛してくれた彼の言葉が…


 もう彼はどこにも居ない。

 勤めていた不動産屋に彼の姿は無い、

 先週まで居たのは、店の外から確認できたのに…


「誰も居ない…当然よね」


 家を出て一時間。

 いつのまにか彼と暮らしていた部屋の前に立っていた。

 ガスや水道、電気も止められた抜け殻の…


「あら?」


「あ、どうも…」


 お隣の奥さんに見つかってしまった。

 引っ越しの時は挨拶もそこそこに別れてしまって以来の再会だ。


「全くよくやるわね」


「は?」


 どうしたんだ?

 以前と打って変わって冷淡な目を私に向けるなんて。


「まさか不倫していたなんて、よく恥ずかしげもなくここに来られたものね」


「…な」


 まさか、なんで知ってるの?


「どうしてって顔ね、3日前に探偵さんが来たのよ。

 貴女の写真を見せてね、

 この方が何処に行かれたか知りませんかって」


「…嘘」


 探偵って、誰が調べを?

 まさか旦那が私を?


「洗いざらい言ってやったわ」


「なんで!!」


「自分の胸に聞きなさい」


 そう言って奥さんは扉を閉めてしまった。


「待って!話を!」


「警察を呼びますよ!!」


 ドアを叩く私に奥さんは怒鳴る。

 慌ててその場を去るしかない。


「マズイ…どうして?」


 とにかく自宅へ帰るしかない。

 通りでタクシーを拾い、急いで自宅へ向かった。


「あれ?」


 ドアの鍵を回すが、手応えが無い。

 まさか鍵を締め忘れたの?


「どこに行ってたんだ?」


「え…ええ!?」


 玄関の奥から聞こえる声、まさかなんで?


「早く入れ」


「イヤヤア!!」


 なんで旦那が家に居るのよ!

 帰って来るなんて一言も聞いてないわ!!


「どこに行くのかしら?」


「退いて下さい!」


 逃げようとする私に女が立ちはだかった。


「逃げても無駄よ、川口史佳さん」


 どうして私の名前を?


「初めまして。

 私、前田紗央莉と申します」


「ま…前田」


 それって?まさか?なんで?


「貴女が楽しい新婚生活をしていた相手の男、前田満夫の妻です」


「アァァ!!」


 バレた。

 足に力が入らない、もう逃げられないんだ…

 観念した私は再び部屋に戻る。


 これからどうなるんだろう?


 いや、満夫さんに迷惑を掛けられない。

 なんとか切り抜けないと、終わってしまう。


「お待たせしました」


 満夫さんの妻がリビングの扉を開ける。

 なんでこの人はここの室内を知っているんだ?


「どうして、なんで満夫さんが?」


 リビングに置かれたテーブルを挟んで座る旦那の前に、項垂れて正座をする満夫さんの姿があった。


「さて、揃いましたね」


「貴方は?」


 旦那の隣に居た初老の男性。

 この方は一体?


「私、弁護士の岩崎と申します」


「弁護士?」


 なんで弁護士がここに居るの?


「とにかく座れ」


「あ…分かりました」


 急いで旦那の隣に……


「あら、間違ってますよ」


「何がです?」


 腰を下ろそうとする私に奥様が言った。


「貴女の隣はソコの男が相応しい。

 汚い情欲に(まみ)れた、盗っ人にね」


「なんで貴女にそんな事を言われないといけないの!」


「黙りなさい。

 人の旦那を…いいえ、それより夫婦の共有資産から黙って金を抜き出したでしょ、これを泥棒と言わないのかしら?」


 どうしてそんな事を知ってるの?


「史佳。お前本当なんだな?」


「ち…違」


「奥様、お認めになった方が良いですよ。

 この先の為にも」


 弁護士が私の言葉を遮る。


「…お金を彼に貸しました」


「おい!!」


 満夫さんは叫ぶが、仕方ないでしょ、もうこう言うしか。


「それはなぜ?」


「頼まれたんです、必要だと」


「どうして必要と?」


「全てを整理する為に、みんなに迷惑を掛けたく無かった」


 私の言葉を弁護士は書類に纏めて行く。

 そのキーボードを叩く音だけが部屋に響いた。


「クソが。金を払ったら言わねえ約束だろ」


 満夫さんが吐き捨てた。

 こんな乱暴な言葉を使う人だったの?

 それよりも…


「約束って?」


「お前の浮気についてだ。

 ちゃんとケジメをつけたら、示談するって」


「ちゃんと守ったじゃねえか!

 金を払ったら嫁には黙っててやるって言ったのに、受け取るだけ受け取って、よくも騙しやがったな!!」


 満夫さんは身を乗り出しテーブルを叩いた。


「言いましたよね、()()()()でって。

 示談書にも書きましたよ、虚偽があれば無効だと」


「そんなところまで見てねえよ」


「それは貴方の勝手です」


「詐欺だ!!」


 二人が罵りあう。

 いや怒鳴っているのは満夫さんだけ、旦那はそれを淡々と返していた。


「貴女もよく200万なんて出したわね」


「部屋の整理に必要だからって」


 確かにそう言ったんだ。


「バカね、そんなのに200万も掛かる筈無いでしょ」


「でもたしかに…」


「貴女はラリっていただけ、悲劇のヒロイン気分ね。

 今なら冷静に分かるでしょ?

 素敵な政…旦那さんを裏切って、薄汚ない男に股を開いたって事に」


「う………」


「コイツが欲しかったのは、単にセックスの相手をしてくれる女。

 貴女は体よく身体を弄ばれて、金を巻き上げられたの。

 ついでに教えてあげる、この男は自分の貯金から一円も出さなかったのよ」


 奥さんの言葉が突き刺さる。

 満夫さんが何かを言おうとしているみたいだが、もう顔を見る気がしない。

 あれだけ好きだったのに…


「政志さんいつから知ってたの?」


 私は旦那に聞く。

 もう全部バレてると知りつつ。


「何を?」


「私の浮気に…」


「だいたい1ヶ月前かな」


「そっか、そんな前から知ってたんだ」


 別れた1週間より、ずっと前に分かっていたんだ。

 お金を取られるより前に…


「止めて欲しかったな」


「史佳…」


 もう終わりなら、最後に言わせて貰おう。

 もしかしたらって期待もある。


「だって新婚1年目に転勤しちゃうから。

 ずっと一緒に居たかったのに」


「それは…」


 どう?

 私の気持ちが分かったかな?


「ちょっと良いかしら?」


 奥様が手を上げた。

 どうして邪魔するの?


「あなた、いい加減覚悟を決めなさい」


 イヤだ、悪くない!

 覚悟なんか出来るもんか!!


「離婚しよう」


「なんでよ!!」


「もちろん私もね」


「そんな紗央莉!!

 お前がついてきてくれてたら、こんな事にならなかったんだ」


「ここまでコケにしといて、戻れる訳無いでしょ!

 なにがついて来たらだ、一回でも私に言った?

 お前は遊びたかっただけだろ!」


 奥さんの言葉が激しく胸に響く。

 そうよ、今からでも一緒に行けば良いんだ。


「ごめんね政志、これからは一緒だよ」


「なんの話だ?」


「最初からそうすれば良かったんだ、もう大丈夫だね」


「お前…何を」


 え、なんでそんな顔をするの?

 変な事言ってないよね。

 なんだか楽しくなってきたわ。


「ハハハ!!」


 楽しい!

 もう何も考えない、これで良かったんだ!




 …気づけば1ヶ月が過ぎ、私は実家に居た。

 独身になって、慰謝料の借金だけ残されていた。

次ラスト

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