浮気された女
リハビリ第二弾。
軽く行きます。
一年前から単身赴任している旦那の様子がおかしいと聞いたのは2ヶ月前の事。
旦那と同じ会社に勤めている、大学時代の友人からタレコミだった。
『本社の同僚が出張で夜に訪ねたら不在でね、部屋も生活してる感じが無かったらしいわ』
直ぐ旦那に確認の連絡をしようと思ったが、止めた。
なぜなら、この半年間旦那からの連絡は殆ど無い事に気づいたからだった。
「…やっぱりか」
興信所に旦那の身辺調査の依頼を出し、上がって来た報告書。
そこには旦那の浮気が書かれていた。
一通りを読み終え、最初に抱いた感想はそれだけだった。
夫婦仲は悪くなかったと思う。ベタベタするのは苦手だが、旦那が嫌いだった訳じゃなかった。
まあ今回の事で大嫌いになったのだが。
「それよりも」
浮気をされた事実に思った程のショックを受けていない。
当然だが怒りはある。
しかし旦那が単身赴任で、現在生活を共にしてない事が大きいのだろう。
好きの反対は憎悪ではなく無関心と言うが、私もそうなのだろうか?
ひょっとしたら、私は最初から旦那をそれほど愛して無かったかもしれない。
そう思うと、今の気持ちが不思議なくらい腑に落ちる。
旦那とは見合い結婚だった。
お互い28歳で、数年前から恋人の居ない私を心配して両親が知り合いの伝手で来た話だ。
最初に見合い写真を見た印象だって特に何も感じ無かった。
初めて顔合わせした時すら、顔はそこそこ、だがタイプでは無いな、位だった。
話す内容も軽薄とまではいかないが、どこかチグハグしていた。
だから、あまり乗り気にはなれなかった。
次の約束を断るつもりだったが、相手が私を気に入ったらしく、結局は周りの人達に押し切られる形で結婚となった。
「やっぱり止めときゃ良かった」
結婚願望が無かった訳じゃない。
過去には恋人も居たが、仕事が忙しくすれ違いが原因で別れただけ…
「本当は運命の人を探していたんだけどね」
20代も後半になると、友人が次々と結婚して焦っていた。
運命の人なんて実在しないと分かっていた。
愚かだった。
相手の本性をよく理解していたら、こんな事態を招く事は無かったろう。
旦那と付き合っていた頃に受けた熱烈アピールに私の目が曇ってしまったんだ。
これで良いと。
「…ダブル不倫か」
旦那の浮気相手の女、川口史佳26歳、既婚。
お互いの配偶者を裏切っての不貞行為。
バレた時のリスクを考えたら、被害は倍以上になるのに。
「まあ、そこまで考えないか」
不倫をする人間に理性を求めるだけ無駄だ。
バレて迎える結末を考えられる位なら、先に離婚をするだろう。
隠れて行っている背徳感に溺れ、眼の前が見えてない。
「…さて」
再び報告書のファイルに目を落とす。
離婚?それとも再構築か?
答えは迷わず離婚一択。
結婚2年で、浮気をするバカに未練は無い。
私は30歳、再出発するのなら早いに越した事はない。
子供が居なかったのは本当に幸いだ。
もし居たら、離婚を思い留まるよう周りから言われただろうし。
「先ずは離婚に向けて協議書の作成、それから財産分与の計算、後は慰謝料の請求でしょ…」
私は金融機関のファイナンシャルプランナーをしているので、離婚に際し人並みの知識はある。
仕事上、弁護士と付き合いもあるので、離婚問題に強い事務所を紹介して貰おう。
こう言う時、培ってきた人脈が役に立つ。
「それより、両親にどう説明したものか」
ありのままを伝えれば良いのは分かっているが、結婚を急かしたのは私の両親。
きっと責任を感じるだろう。
私は一人娘だから、口にしないが孫も期待していただろうし。
義両親には特に何も感じ無い。
普通に交流していただけ。
特別大切にされた事も無ければ、嫌な目にあった記憶もない。
印象が薄いのは、所詮は他人だからか。
離婚すれば、二度と会う事も無いだろう。
女の家族はどうしてやろうか?
浮気相手を気遣うつもりは毛頭無い。
これから起こる事を考えたら、女の関係者が少し気の毒になる。
徹底的な制裁を加えるつもりは無い。
別に大金が欲しい訳じゃないが、相場の慰謝料請求だけはさせて貰う。
それが罪を償うって事だし。
「こんなのが旦那…いやアイツの好みか」
写真の女は全く私と違うタイプ。
私はどちらかといえば、冷たい印象を持たれる事が多い。
だが浮気女は愛嬌があり、庇護欲とでもいうのか、男からは守ってやりたくなるタイプなのだろう。
配偶者を裏切り、浮気をするズルくあざとい女なのに。
興信所が隠し撮りした浮気の現場写真は数枚ある。
男女が腕を組み、仲良く部屋を出る様子も撮影されていた。
そこはラブホテルでなく、普通のマンションだ。
「悪質ね」
調査内容によれば、クソ野郎は会社が借りた単身用のマンションとは別に、この女と暮らす為に別のマンションを借りて、近所の人には夫婦だと言ったらしい。
偽りの夫婦ゴッコしたけりゃ、離婚してから存分にすれば良いのにバカが。
「…女の旦那は2年前から単身赴任中か」
女の旦那さんは妻の浮気に気づいてないのだろうか?
いや、気づいていたなら直ぐに行動するはずだ。
「この人も被害者……」
報告書によれば、女はパートで、子供はいない。
家は賃貸、誰も暮らして無いとも知らず、女の為に生活費をせっせと稼いでいるに違いない。
「なんだか気の毒だ」
女の旦那さんの事も興信所で調べて貰ったので、連絡先は知っている。
「ここは協力するか」
こちらには確たる証拠がある。
なんだったら無償で提供しても構わない。
向こうも速やかに離婚出来るよう、力を貸してあげよう。
「もしもし、突然のお電話申し訳ございません、私前田と申します。
実は奥様の事で…」
私は電話をする。
奥さんの浮気を伝え、後日弁護士事務所で会う約束をした。
「初めまして、川口政志と申します。
この度は妻の事で…」
男性はそう言って頭を下げた。
「あ…はい、河合紗央莉と申します」
「河合…前田様では?」
しまった!旧姓を名乗ってしまうなんて。
仕事は旧姓で通しているから。
「はい、まだ…そうでしたね」
必死で繕うがダメ。
いつもの私では無いのは自覚している。
なぜから、一目で感じてしまった。
彼こそが運命の人だったのだと。