72 life
「そっちはどう?」
「うん、いい感じ」
「上に掛けるの?」
「そうそう、それで乾けば……」
程良く焦げ目のついたふわふわのパンの上に、とろりとトウカの蜜をかける。薄く広がるトウカの蜜は乾くとぱりぱりに固まるはず。パンのふわふわとトウカの優しい甘みが一度に楽しめるはず! 王様も喜んでくれるはず!
「そういえば、戴冠式ってみんな見れるのかな?」
涎を垂らすエリダとメリーの横でフォンテが煤だらけの少年に声をかけた。ぎくりと背中を揺らして声をかけられた少年、フラットは言葉を漏らす。
「……フォンテはみれるだろ?」
「うん、メリーもエリダも一緒に行きたいと思って」
きゃいきゃいとパンを突いたりしている二人には聞こえないように、少し小声で話すフラットにフォンテは溜息を吐いた。
「二人とも知ってるんだから、もう隠す必要はないんじゃない? 髪だってわざわざ汚して来なくても」
「これはただ綺麗にするのが手間だから」
「そんな事でどうするんだよ……まあ、これからは畑仕事なんてしなくなるか」
「……」
ぱっぱっ、とフラットの髪を軽く払うとフォンテは首を傾げた。
「何か悩んでる?」
「……うん」
フラットはちらりとフォントを見るとこくりと頷いた。
フォンテはフラットの不安げな様子に気が付いていた。
流行り病が落ち着き休校していた学校も再開してから四日後の事。フラットも流行り病にかかり休んでいたのだが久しぶりに四人揃って登校できた日。フラットは何か緊張しているようだったが、久しぶりの学校に緊張しているのかと考えていたのだが、その日の放課後衝撃的な事実を聞かされた。フラットが、皆が尊敬し憧れを持っている、あの麗しの王様の、弟! メリーとエリダは大興奮、もちろんフォンテも驚いたのだが、もしかしたらと思う事が何度かあった。大声を出しそうな二人を宥めてフラットの話を聞いた。これまでの経緯は詳しく聞かなかったが、今度戴冠式が行われる事になり、そこでフラットは正式に王弟として城に戻ることになったそうだ。兄の近くで、一番の味方でいたいとフラットは心を決めたようだ。しかし、心此処に非ずという事が日に日に増えていくようだった。
「俺は、ずっと兄さんの言う通りに隠れて、甘えてたんだ。だからずっとポポタリで生きてくつもりだった。兄さんが息抜きしたくなったら、今までみたいにこっそり会いに来れる場所に居れば、少しは役にも立ってるかなって」
「でも城に戻る事に決めたんだろう?」
「それは決めた! それはもうちゃんと考えて決めたんだけど……」
「? 畑が心配なの?」
「いや、まあ、それもあるけど、畑は見に行くし」
どうやらフラットは畑を続けるらしい。
「じゃなくて、城に行ったからって、俺にできる事、あるかな? て……」
「え? 色々あるだろ」
例えば、外交を手伝うとか、視察に行くとか、政務だってこれから覚えて行けばいい。
「もちろん、頑張るよ。覚えてなんとか出来ることはなんとかする。そうじゃなくて……俺は……」
ぼそぼそと何かを言っている。聞き取れなくて近付くとフラットの顔が真っ赤だった。消えそうな声でやっと聞こえた言葉は意外な物だった。
「人見知りだから……」
「……」
ぶふっと噴き出す声が聞こえた。きっとエリダがこっそり聞いていたのだろう。それは知らなかった、とフォンテは頷いた。
「気負い過ぎてもどうにもならないよ。なるようになるさ!」
「そうだよー、フラット王子様ーきゃはは」
「メリー……」
メリーの茶化すような笑い声にフラットはがっくりと頭を落とす。フォンテは嗜めるようにメリーの名前を呼んだが、この平穏な空気に苦笑した。
フラットの悩みは本人にしかわからない。でも、前を向いていれば道は開かれる筈だから。フォンテは心の中でフラットに頑張れとエールを送った。




