65 KING
隠れて生きてきた。友人は居るし村での生活も上手くいっている。居なくても良いのは王弟としての自分だった。しかし、兄はどうにかしてフラットを王族に戻そうとしてきた。
「それは……今更、兄さんの作ってきた国に俺の存在が必要だろうか」
眉を顰めて苦しそうな、泣き出しそうなあの時と同じ顔をするフラットを王は横目で見やる。
「必要ないであろう」
「!」
フラットの瞳からぼろりと涙が落ちた。やっと涙が落ちたかと王は安堵した。
「しかし、不要でもないであろう」
「……え?」
「要か不要か考える必要があるのであろうか。家族なのだから側にいれば良いのではないか」
首を傾げる王にフラットはぽかんと口を開けたまま固まった。
「? ……我は人間が短い物語を精一杯生きるのを見るのが楽しい。しかし、人間の考えは未だわからぬ。考えが多すぎるようにしか見えぬのだ」
例えば、と王は言う。
畑に食物があった。腹が減ってるなら食べれば良い。しかし、人間は勝手に食べていいのかと考える。ならば作った者に聞けば良い。しかし、聞いても貰えないと考えて盗む。盗み食いをして腹は満たされたがどうして盗んでしまったのかと悩む。後ろめたい気持ちを抱えて暗い思考に落ち込んでいく。
「これは、一人で思考した結果であろう? 隣人が居るなら初めから話せば解決したのではないかと思う。しかし、人間はその様に単純ではない。富を得ようとし、立場を奪い、他人と比べようとする」
確かに、そういう人間は沢山いると思う。しかしフラットは王の話を黙って聞いた。
「その一方では人に譲り、隣人を大切にし、見返りを求めない人間も居る。しかし影では本人がひもじい思いをしていたりもする。半分にする事は難しいのであろうか」
はてさて、と王は首を傾げる。家族や隣人や周りを気にし過ぎて考えすぎているのではないか、しかし、その中で幸せを見つけ出す者もいるのだ。人間とは難しい者だ、と。
「考えすぎると心が弱る。心が弱ると体も弱る。何かの大事が起きた時に動けなくなる。フラット、お前は命を狙われていた」
「……え? だ、誰に……まさか」
「ふむ」
やはり、言ってはいけなかったか、干渉し過ぎだろうかという考えが王の頭を一瞬かすめるがまあいいかと続ける。
「生きていると、存在を知っている者が近くにいる。あの争いの残党であろう」
「……そんな」
「我は、物語の登場人物を助けたかった」
「……あ」
「ただ、それだけで危険とわかってはいたのだがこの世へ連れてきてしまった」
これが、人間の世では許されないのであろう、とため息混じりに付け足した。
フラットはまさか自分の正体を知り命を狙う者がクラントロワにいるだなんて思いもしなかったので驚いた。いや、戦争が起きたのだから敵は居たのだし、城に居た頃に関わった使用人だって居たのだから有り得ない事では無かった。どれほど周りが見えていなかったのかとショックを受けた。
「王様……」
「……ふむ」
膝の上で組んだ白い陶器のような手がもじもじと動いているのを横目で見ているとフラットはなんだか落ち着いてきた。命を狙われているなんて怖い事を聞いてしまった。けれど、助けてくれた人が居た事に、それが人間では無いことにも不思議な気持ちになる。わかった、気を付けるといつもの自分なら言っていただろう。それでおしまい。けれど、つい先ほど言われた言葉を思い出していた。自分の意見を言っていいんだと。フラットはどうしても王様に言いたいことがあった。
「助けてくれて、ありがとう」
「ふむ……」
「その、俺の意見だから、見当違いかもしれないけど」
「?」
王はもじもじするのを辞めてフラットの方へ顔を向けた。
「王様は、人間がわからないって言うけど、人間も周りの人の事わかる訳じゃないんだ」
「……なぬ?」
王はフラットの言葉に驚いた。
「さっきの例え話でも、腹が減ってたから食べる人もいるし、人の物を取っても平気な人もいる。周りの人を考え過ぎる人が居るのも確かだし、正直者が馬鹿を見るって事もある」
「……ふむ」
「でも、だから争いは起きるし戦争も起きる。人間がみんな同じ考えを持っていたら、きっと嬉しいも楽しいも、物語もない」
「ふむ」
「でも違う事を考えるのってなんでだろうってなった時に、それは多分性格なんだと思う」
「性格……」
「環境とか時代とかも関係あるけど、その時どうするかはそれまでに蓄えてきた知識とそれをどうやって使うか、そこに性格がでてくるんだと思う」
「性格とは?」
「うーん……なんていうんだろう、難しいな。あ、本質……?」
「本質……」
「何が一番大切なのか、何を優先するのか、それがみんな違うから考えも違う、と思う」
「……なるほど」
「俺の意見だから、正しいかはわからないけど」
フラットはひらひらと顔の前で手を降って断りを入れた。そうしながら、これも性格だろうか、と自分で思う。
「王様は、人間がわからないって言うけど、それって知りたいっていう好奇心が強いんじゃないかなって」
「!」
王は前に影に言われたコウキシンという言葉にはっとした。
「それは多分王様の本質の一つで、なんで知りたいのかって言ったら、さっきの話だと俺を助けてくれたから、もしかしたら分かる事で何かしてあげたいって気持ちが強い性格なのかなって」
「……それは、つまり?」
「王様は好奇心旺盛で優しい性格って事だと思いました」
王はがんと頭を殴られたような、角を撫で回されているかのようなショックなのか世界が拓けたのか分からない気持ちになった。
「人間の気持ちを考える王様って、人間と同じ所があると思います」
「我が……人間と同じ……」




