63 Barubata
「俺には愛する女性が居た」
突然バルバタが語り始める。
「彼女は人としても女性としてもしっかりと芯があって、柔軟でしなやかだった」
「……恋人?」
「そうさ、恋人で家族で魂で繋がっているとさえ思えた。彼女と居るのが楽しくて穏やかで、この女性さえ側に居てくれたら、それだけで俺はいつも満たされていた」
フラットはバルバタのような大人を見たことが無かったので興味津々に身を乗り出した。バルバタの見た目もそうだがクラントロワの人達は情熱や愛というより生きるのに精一杯だ。恋愛をして結婚をして子供が産まれても慎ましく暮らし、小さな幸せを感じ始めているクラントロワの国民とは全く違う。異国を感じた。
「彼女もそうだった。俺と踊っている時が一番満たされると、一心同体だと言っていた」
(踊っている時……?)
真っ赤な薔薇より紫の菫が似合う、それでいて情熱的な女性なんだ、とバルバタは想いを馳せる様に遠くを見て話す。愛し合っていたんだなとフラットはうんうんと頷く。
「……しかしだな、何処かでズレが生じてしまった」
「……そんなに、想いあっていたのに?」
「ああ……俺の気持ちを彼女は疑ってしまった。初めは可愛いもんだったが、段々と苦しそうになっていく彼女は可哀想にも見えたよ」
「何か原因は?」
「……それがわからないんだ」
「……」
「ただ、愛が膨らみ過ぎたんだろう」
「……ふうん」
なんて気障で自信化な台詞だろうとフラットは相槌をうちながら思うが、バルバタの辛そうな、それでも愛しいというような複雑な表情に愛とは一体……と考え込む。
そんなフラットにバルバタは息を漏らして笑った。
「俺は彼女を何よりも大切で愛している。何を差し置いても一番だ。彼女が、凶器を持って向かってきてもそれは変わらない」
「……え?」
一体どういう状況を思い出しているんだろう。フラットは想像が追い付かず言葉が出てこなかった。
「愛ってなんだと思う?」
「え……愛……」
「俺は、満たされる事だと考えていた」
相手に対する満足感。喜ぶ顔が見れる事、幸せな時間を共有する事、側に居る事、したい事をさせてあげる事。
「彼女は俺を独占したがった。彼女がそれで満足するなら、俺は彼女がしたい事は全部叶えてあげたかった。また自信のある笑顔が見れるなら、俺は満足だ」
「……無償の愛?」
「……だけど最後に見た彼女の顔は、涙と血に濡れて歪んでいた」
「……」
彼女が満足するならと受け入れた事で、彼女を苦しめる事になってしまった。
「俺は選択を間違ったんだ」
バルバタの目尻に涙が滲む。フラットには刺激が強すぎる話でなんと声をかけたら良いのかわからない。すん、とバルバタは鼻を啜るとふっと息を吐いた。
「しんみりしちまったな、悪い」
「いや……かける言葉がわからなくて……」
「はは、少年に慰めてもらおうとは思ってねーよ。蝋燭を見てると話したくなっちまってな」
ゆらゆらと揺れる小さな炎は人を感傷的にさせるのだろうか。
「何が言いたかったのかっていうと、許すだけが愛じゃないって事かな」
「ゆるす?」
「受け入れるだけじゃ駄目だ」
「……うん」
「いう事を聞くだけならお人形サンで構わない」
「……」
「少年の周りにいる人達は君に話しかけている。君の声が聞きたいのさ」
「……俺の声……」
「なんでも分かった、やりますだけじゃ君の考えがわからない。同じ同志ならそれでいけるかもしれないが、それだけじゃ伝わらないことがあるんだ。違う事を考えてると思ったら言ったらいい」
「……はい」
「自分の気持ちに蓋ばっかりしてたら、自分でも何をしたいのかわからなくなっちまう。相手にも自分にも諦める事が最善じゃあない」
なんだか説教みたいになっちまったな……とバルバタは両手を広げて笑いをこぼした。
「少年はまだまだこれからだろう? 今十歳くらいかい?」
「! ……もう少しで十五」
「おっと……はっはっは……」
「……」
「……はっはっは!」
バルバタ笑いながら立ち上がると逃げるように立ち去ろうとした。フラットは立ち上がるとバルバタを呼び止めた。
「あの……ありがとう」
「ん?」
バルバタは額にかいた冷や汗を人さし指で飛ばしながら振り返った。
「バルバタの、恋人に対しての気持ちは俺にはまだ理解できないから、何も言えないけど……」
「いや、気にしなくていい」
「俺のいる国ではバルバタみたいな人はいないから。今、話ができて良かった」
「……ああ」
「バルバタの事も忘れないよ」
「……こちらこそ、ありがとう」
元気でな、と手をひらりと振るとバルバタは影達の中に紛れていった。
「バルバタは……熱いな……」
バルバタといい、参謀といい、フラットの周りには居ない大人達に戸惑いと憧れが混ざる。一体自分はどんな大人になれるんだろう、とフラットはため息を落とした。




